お花見に行けないむざこく 桜の開花時期と紅葉が色づく時期が年々予測しづらくなっている。それでも事務所全員で花見に行きたいという無惨の願望を叶える為に、年度末の最終の土曜日、そんな忙しい日に終日オフを勝ち取ったのだ。それは偏に秘書である黒死牟のスケジュール調整能力と、スタッフ全員のポテンシャルの高さから勝ち得た休日である。
しかし、無惨の願望と皆の努力を嘲笑うかのように木曜から雲行きが怪しくなり、前日夜から場所取りをしようと思っていた轆轤と釜鵺はビニルシートを抱え事務所で待機し、病葉は現地で待機するという気合の入れようだったが、土曜日は朝から土砂降りで止む気配はなく、この調子だと咲いた花が一気に散るだろうと言われていた。
皆、無惨の顔色を見て八つ当たりされるとビクビクしていたが、意外に落ち着いており、「ご苦労だった」と労いの言葉と共に、今日は全員オフで好きにしろと日当分に少々上乗せした臨時ボーナスを渡すよう黒死牟に命じていた。
皆大喜びでボーナスを受け取ると事務所を出て行き、事務所に残ったのは無惨と黒死牟のふたりだけであった。
「忌々しい雨だ」
「本当に……」
憂鬱そうに窓の外を見る無惨を見ながら、黒死牟の頭の中は馴染みの料亭で手配した大量の花見弁当をどうするか、あぁ、花見団子も用意していたな、注文した酒類は日持ちするから良いだろう等、今日の為に用意した食料の処分方法で頭がいっぱいだった。
しかし、そんな現実的な悩みは窓を眺める無惨の横顔を見ると一気に吹っ飛んでしまう。周囲が思っている以上に花見を楽しみにしていたし、何より今の事務所の面々に対し好意的であり、皆で花見をしたかったのが本心なのだろう。
ふたりだけでの花見なら、桜の見えるレストランや宿を取れば済んだのに、こんな手間のかかることをさせられたのだ。弁当の処理までさせられてはたまらない。弁当を皆に持たせて帰るかと思い、一斉に連絡しようとすると勢い良く事務所のドアが開いた。
「いたいたー!」
元気良く零余子が入ってくる。
「どうせ無惨様と黒死牟様ふたりで美味しいの食べるつもりなんでしょ!? 私にも分けてくださいよ! はい、お花です」
そう言って近くの花屋で買ってきた大量の桜の枝を花瓶に挿した。
「煩い、帰れ」
「そんなこと言わないでくださいよー!」
無惨に冷たくあしらわれるが零余子はソファにちょこんと座る。すると轆轤、病葉、釜鵺も入ってきた。
「取り敢えずビールで良いですか?」
24本入りのビールケースを3人それぞれ担ぎ、いつものメンバーが事務所に揃った。無惨は複雑そうに眉間に皺を寄せるが、恐らく不快ではないのだろう。いつもより表情が柔らかい。
「ほら、お前たち。そろそろ弁当が届くから準備をするぞ」
「御意!」
賑やかに宴会の用意をする黒死牟たちを見ながら、無惨は指先で桜の枝を揺らした。