無惨様が拗ねた時、黒死牟はどう行動するか 大人気ないのは今に始まったことではないのだが、こうも露骨に機嫌の悪さを出されると呆れて何も言えなくなる。
遡ること数時間前。昨夜は「そういう気分」ではなかったので、しつこく誘ってくる無惨を無視して寝たふりをしていたのだが、あまりにもしつこい。そのしつこさを鬱陶しいと思ってしまい、思わず大きな溜息を吐いてしまった。
「なんだ、その態度は」
流石の無惨も、黒死牟の態度が気に入らなかったようで、ぴたりと手を止めた。
黒死牟も素直に謝れば良かったのだが、元はと言えば盛りのついたオス猿のように、しつこく絡んでくる無惨が悪いと思っていたので、相手をせず、ぷいっと背中を向けたまま寝たふりをした。すると無惨は枕とブランケットを持って寝室を出て行ってしまった。
珍しいな、と思ったが、いつもの構ってくれという意思表示だろうと思い、無視して、そのまま眠ってしまった。
翌朝、黒死牟が目覚めてリビングに行くと無惨の姿はなく、一人で勝手に事務所に行ったようだ。これは本気で怒っているな、と思ったが、この程度のことで大人気ないと、つい思ってしまったのだ。
そして、今。絶好調に不機嫌で拗ねた態度の無惨は、黒死牟が何を話しかけても完全に無視している。ただ、態度の使い分けが面倒臭いのか誰が話しかけても無視なので、有難いことに疎外感を抱かずに済んでいた。
周囲も無惨が不機嫌なことなど日常茶飯事なので「喧嘩したんですか?」と平然と尋ねてくる。しかし、夜の誘いを断ったら拗ねたなど言えるわけがないので「まぁ……」と微妙な返事をしていた。
十中八九、無惨が悪いと皆が思い込んでいる為、逆に無惨を除いて仕事は進む。ちょっと可哀想だなと思うが悪いのは本人なので放置していると、無惨の苛立ちは頂点に達したようで、その夜、二人で暮らすマンションに帰ってこなかった。
無断外泊など別に珍しくもなく浮気も容認していたが、あまりにもタイミングが悪すぎる。しかし、ここでこちらから折れるのは気分が悪いし、かといって放置すると、どうもまずい気がする。
余計な真似をしやがって……と流石の黒死牟も内心、口汚く罵りたい気分だったが、相手は雇用主である。破格の待遇で採用されているので舌打ちくらいで我慢してやるかと思い、大きな舌打ちをしてから無惨に電話を掛けた。ブチッと切られたが、何度も鳴らし続けると、無惨は渋々電話に出た。
「無惨様、今、どちらですか? お迎えにあがります」
「良い。お前の顔は見たくない」
こいつ……と聞こえないように舌打ちした。
「私が悪かったので、どうか戻ってきてくれませんか?」
「心にもないことを言うな。お前の魂胆は解っている」
面倒臭いな……と思うが、ぐっと我慢して埒のあかないやり取りを繰り返す。
「そもそも、お前が私を無下にするから悪いのだろう」
「大袈裟な……私にも、そういう気分ではない時があるので、そういう時に無理矢理迫ってくるの、やめてくれません?」
「だったら言葉にして言えば良いだろう? あんな風に拒否するな」
あ、ちょっと可愛いな、と思ってしまったので、もう自分の負けにしてやろうと黒死牟は諦めた。というか本当に面倒臭かった。
「じゃあ、今夜はお詫びも兼ねて、たっぷりと奉仕しますので、早く帰ってきてくれませんか?」
そう言うと、電話は切れ、すぐに無惨は帰ってきた。なんだよ、近くにいたのかよ。
もう出勤時間ギリギリなので黒死牟はスーツを用意し、着替えるように促そうとしたが、無惨は黒死牟の腕を引いて寝室へ向かう。
「無惨様、早く出勤しないと」
「無理だ。我慢できない」
「え!?」
面と向かって迫られると拒否できない。少々遅刻しても支障はないだろうし、どうせ仲直りしたのだろうと皆、解ってくれるだろうと思い、黒死牟はそのまま身を任せた。