陽光のもとに並んで立てるようになった二人が、それぞれ何を思って何を語らうのか それは初恋の憧れに似ていた。
手の届かない遠い存在という意味か、遠い昔の燦爛とした断片的な記憶のせいか、その強い「憧れ」が根底にあるから黒死牟とは意気投合したのかもしれない。
自分たちにとって太陽とは最も忌むべき存在であり、その反面、強く憧れ、恋い焦がれた存在であった。
今でも朝日を見ると、今際の際を思い出し身構える。しかし、その光を浴びても肌が焼け落ちることはなく、朝が来た、と当たり前の出来事だと思い出すのだ。
「今日も雲ひとつない晴天ですね」
黒死牟が車のドアを開けると、その隙間から日の光が一気に差し込む。こんな時、黒死牟のサングラスが羨ましいと思うのだが、まさかサングラスをしたまま街頭に立ち、演説をするわけにはいかないので日焼け止めクリームを丹念に塗り込む程度の抵抗しか出来ない。
「日に焼ける」
舌打ちし憎々しげに太陽を睨む無惨を見て黒死牟は笑う。
「雨より良いと思いますよ。ほら、今日も無惨様を見に、多くの聴衆が集まっています」
晴れの方が良い、こいつも変わったなと無惨はふと考える。
あれほど太陽を恐れ、太陽から逃げていた自分たちが、人の身となれば、晴天を味方とし演説日和と思うようになる。
きっと、それが当たり前のことであり、自分たちには当たり前がなかった、それだけのことだったのだろう。
「さぁ、無惨様、こちらに」
笑顔で無惨の手を取りエスコートする。今生の黒死牟はよく笑う。彼の心を蝕んだ唯一無二の太陽である「継国縁壱」が、ゆかりのある人間として転生しなかった。ただ、無惨は時折考える。世継ぎ問題も、鬼も、刀も、呼吸も、そういったものが何もない今生で再び双子として産まれたとして、黒死牟は「黒死牟」となっただろうか、と。個々が尊重される今生では、縁壱に怯えることもなく、案外良い兄弟として育ったのではないかと何度も思った。
縁壱が唯一無二の太陽であったとすれば、黒死牟は無惨にとって唯一無二の月であった。十二鬼月という直属の配下を編成した時、黒死牟だけが唯一、上弦の壱であり続けた。欠けることのない自分の月。生前、その言葉を掛けてやることは一度もなかったが、黒死牟はこうして今生でも自分の傍で働き、公私ともに自分を支えてくれている。
あの時と何も変わらない。変わったのは自分たちにとっての太陽の在り方だけだ。
自分たちにとって太陽のように強い光と力を放つものは「憧れ」でもあり、「死」を強く意識させるものであった。実際、日の光を浴びると肌は焼け、肉体が崩れた。
しかし、今、太陽は自分たちの命を奪うことはない。だが、それとは引き換えに、鬼のように不老長寿ではなくなった。確実に自分は死ぬのだ。故に死は今でも忌諱するものであり、己の肉体が日々老いて、着実に死へと向かっていることは嫌でも解っている。
昨日と同じ今日は来ない、明日には今日より老化した自分がいる。
今生では自然の摂理に逆らうことは出来ず、こうして、一秒一秒を精一杯生きているのだ。
「どうかなさいましたか?」
「何が?」
「いえ、何か考えておいでのようでしたので」
相変わらず勘の良い男だ。あの時のように脳内で会話を交わすことはないというのに、自分の思っていることを一番察してくれるのは相も変わらず黒死牟である。そして、黒死牟の考えていることも大抵解るので、無惨にとって一番居心地の良い相手であった。
「今日の太陽はやけに眩しいと思ってな」
演説場所に向かう時に空を仰ぐと、黒死牟も同じように空を見上げる。
「私にとっては演説をしている時の無惨様は太陽よりも眩しいですけどね」
「……随分と言うようになったな」
「緊張しておいでのようでしたので、ちょっとしたジョークを」
無惨は鼻で笑い、白い手袋をしてマイクを受け取った。
緊張している、黒死牟の目にそう映ったのなら、恐らくそうなのだろう。政治家となり、人前で演説することは慣れるようで慣れない。誰もが自分を支持しているわけではない。前世ではあれほど汚い言葉で鬼狩りに追われ続けたが、あの時は何も感じなかったが、今では僅かに心が痛み、人前に立つ時に一瞬、足が竦む時がある。
その時、空を見上げると、不思議と心が軽くなった。あの鬱屈とした千年に比べたら、この程度、何ともないのだ。そう思うと、自分の言葉で話せた。
自分の一挙手一投足に人々の視線が釘付けになる。
黒死牟の言う通り、太陽は味方だ。雨の日にわざわざ出かけて、足を止めてまで自分の話を聞く人間はいないだろう。
こうして晴天の下、人々の暮らしを、この国の未来を語れば、実現が難しいことであっても人々は不思議と希望を見出せるのだ。
当たり前を手に入れた自分には何も恐れるものはない。
太陽の下を歩き、死に向かう日々の中で一瞬一瞬に最高の瞬間を作り出している。
拍手と歓声の包まれる中、無惨は隣に立つ黒死牟と向かい合い、小さく笑った。
それは初恋の憧れに似ていた。
つまり、ただの記憶の美化であった。
「なんだ、太陽など、この程度のものか」
燦々と降り注ぐ日の光に目を細め、無惨は滲む涙を指先で拭った。