初夜でプライドがなんか折れちゃう黒死牟 運転席に戻ると、無惨も助手席に移動した。
「うちでいいか?」
「はい……」
照れながら返事し、シフトレバーをパーキングからドライブへと動かした。シフトレバーを握る自分の手にそっと無惨の指が添えられる。やや冷たい指先が火照った肌を冷やしてくれるので、とても気持ち良い。それに、無惨がいつになく嬉しそうにニコニコしているので、なんだか、こちらも落ち着かない。
何より、横に座られるとキラキラした輝きが直にやってくるので運転に集中出来ない。いつも嗅いでいるはずの香水の匂いですら興奮してしまい、必死に運転に意識を向けた。
無惨が議員宿舎とは別にこっそり借りているマンションに行き、二人はソファに並んで座った。
「では、改めて……」
無惨は黒死牟の手を握る。
「私はお前のことが好きで、一生側にいて欲しいと思っている。これから、公私ともに私を支えて欲しい」
憧れの鬼舞辻無惨からの告白。
真剣な眼差しに「先生! 今日もお顔が国宝です!」と拍手喝采で、首をぶんぶんと縦に振りたかったが、年上の無惨に合わせて、落ち着いた対応をしようと心に誓った。
「謹んでお受け致します」
にっこりと微笑むと、緊張した無惨の表情が穏やかになる。
これから、こんな表情を独り占め出来るのかと思うと、拡声器を持って、町内を叫んで走りたい気分だ。
「……いきなりで申し訳ないのだが……」
「はい」
「お前を抱きたい……」
熱を帯びて、潤んだ瞳に迫られ、黒死牟は心臓が破裂するかと思った。
「あの……その……」
「ただ、私は男としたことがない。お前はどうだ?」
ここはどう答えるべきか。
男はやはり処女の方が嬉しいのか、それとも経験者だと正直に言って、主導権を握った方が良いのか……黒死牟は悩んだ末、こう答えた。
「あります」
そっと無惨の手を自分の手で包み、経験者としての余裕の笑みを見せる。
「それは、その……」
「女性側の役割です。それで大丈夫ですか?」
黒死牟が尋ねると、無惨はこくんと頷く。その仕草が幼く見えて非常に愛らしい。
「別に女性を抱くのと何ら変わらないと思います。まぁ、抱き心地は良くないかもしれませんが……」
少々色気のある眼差しを向けるが、無惨は安堵の表情を見せ、思ったほど黒死牟のペースに乗ってこない。
「そうか! なら、なんとかなるかな……」
自分のペースではないものの、心細い表情をした無惨は可愛いということを、この数日、たっぷりと味わったので、無惨の初体験をこちらのリードで頂いておこうと思ったのだ。
「では、先生。準備がございますので、先生は先にシャワーを浴びて寝室にいて下さい。私は後程参ります」
「あぁ」
そう言うと、無惨はチュッと黒死牟の頬にキスをする。
「逃げるなよ」
こちらを嘲笑うような低く冷たい声で囁かれ、背筋が震えた。
何だろう……こちらがリードするはずなのに、既に男としての色気で押し負けている。
男とはしたことがないだけで、女相手なら百戦錬磨の手練れである。
そうだ、相手は新兵ではなく、歴戦を生き抜いた老兵だ、大戦の帰還兵レベルだ。
多くの勲章をぶら下げた男の中のプロを相手にするのだ……と黒死牟は改めて気を引き締めた。
一通りの準備を済ませ、これで万事恙無く進むだろう。
腰にバスタオルを巻き、静かに無惨の寝室に行くと、無惨はベッドで寝息を立てて眠っていた。
「えっ!?」
黒死牟が驚いて小さく声をあげると、無惨は黒死牟の腕を引っ張ってベッドに引きずり込んだ。
「驚いたか?」
「……人が悪い……」
拗ねた顔をすると、無惨は楽しそうに笑って黒死牟にキスをする。
あ、ヤバい……と、黒死牟は一瞬冷静になるが、この冒頭からペースを乱され、もう「経験者としての余裕」など完全に消え去ってしまった。
キスをして、首筋に吸い付かれただけで体を震わせて腰を浮かせている。
背中に腕を回して、下腹からこみ上げてくるゾクゾクした感覚に、頭が真っ白になった。
あぁ、ちくしょう……やっぱり、この人には勝てないのか。
朝日が眩しくて目が覚めた。
重い瞼を開けると、隣には無惨の寝顔がある。
長い睫毛を見つめ、本当に美しい顔だな……と改めて思いながら、この夜の出来事が夢ではなかったのだと再確認する。
が、同時に物凄い気分の落ち込みが黒死牟を襲う。
初めてとは思えないほど恙無く挿入にまで至り、気持ち良すぎて意識が飛んだのだ。
恋人になったとは言え、相手は雇用主。
ガクガクと腰を震わせ、自分でも引くくらい盛大に喘いで、「イクイク」と騒ぎながら気を失う。
こんな淫乱だなんて無惨も思っていなかっただろう。
こんな醜態を見せない為に、自分がリードして、無惨の恋人に相応しい落ち着いた色気を見せたかった。
落ち込んで枕に顔を埋めていると、無惨の手が黒死牟の髪を撫でる。
「……おはよう」
返事もせず、黒死牟が黙り込んでいると、無惨はそっと黒死牟の肩にキスをする。
「おはようございます……」
消えそうなくらい小さな声で答える黒死牟に苦笑いし、長い髪を指に絡めて遊んでいる。そして、肩や背中にキスをしてくるので、徐々に気持ちが昂ってくる。
「先生……もう朝ですので……」
「言っただろう、一晩では足りないって」
無惨の手が黒死牟の腰回りを撫でてくるので、必死に枕を握り締め、声が出ないように堪えた。
「先生、どうか……」
「名前で呼べ」
「名前……ですか?」
昨夜もずっと「先生」と呼び続けていたので、無惨曰く「非人道的なことをしている気分になる」とのこと。
「無惨……様……」
どう呼んで良いか解らず、何と無く様付けで呼ぶと、妙にしっくり来た。
無惨も驚いていたが、違和感は無いようで、嬉しそうに黒死牟の額にキスをした。
「もっと呼んでくれ」
そうねだられ、何度も無惨の名を呼んだ。ぎゅっと抱き合い、恋人同士の甘い朝が始まる。
「本当は私がリードしようと思っていたのに……お恥ずかしいです」
並んで朝食の用意をしている時に黒死牟が溜息混じりに呟くと、無惨は黒死牟の腰に手を回して笑った。
「終始お前のペースだったぞ」
「まさか」
大人の気遣いをされた気がして黒死牟が拗ねていると、頬にキスされた。
「お前があまりにも可愛いから、我慢出来なくて、ついついがっついてしまった。あんなの初めてだ」
また、そんなこと言って……黒死牟は赤くなり、この人にはやっぱり敵わない、そう痛感した。