あい あの瞳は案外雄弁なのだということを、こはくは知っている。翡翠の深い輝きを湛えた彼の瞳は、その奥に様々なものを孕んでいて、こはくは何度その目の奥に答えを求めたか知れない。
出会ったばかりの頃、彼と視線を合わせることがこはくは少しばかり苦手であった。斑がこちらをじっと見つめてくるときは、こはくとの間に明確な線を引きたいということを意味していた。
威嚇、あるいは威圧。もしくはその両方でもって、斑はこはくを遠ざけようとした。彼自身の事情に踏み入ることのないように、緑眼は鋭くこちらを射抜いてきたものだった。
おそらく、こはくだけに対してそうしてきたわけではあるまい。その方法が効果的だと知っているからこそ、斑は視線を上手に使ったのだ。こはくは、それが面白くなかった。
同時に、斑の視線が自分を睨めつけるとき、言いようのない高揚感を覚えた。幸か不幸か、長らくこの世に存在してはならない者とされてきたこはくにとって、自分自身だけに注がれる視線というものは、それがどのような意味を持つものであれ新鮮に感じられたのであった。
斑にとっては予想外だっただろう。こはくがその視線を、逸らすことなく見つめ続けてきたことは。
なぜこんなことを思い出しているかというと、今こはくが見ている朝のニュース番組の内容が関係している。
『野生の猫ちゃんが目を合わせるときは相手を威嚇したりですとか、こう、シャーッという鳴き声と一緒に』
今日は仕事は午後からなので、まだまだ家を出るまでには余裕がある。昨日夜ふかしをしてしまったから眠気がなかなか覚めなくて、こはくは着替えだけなんとか済ませたあとリビングの机に顎をつけてだらしなくテレビを見ていた。
コーヒーの良い香りがする。早くブラックで飲めるようになってみたい。コーヒーの美味しさというやつは、どうすれば分かるようになるのだろう。
『……ですが、ご家庭で飼われている猫ちゃんになると全然別の意味になるようで』
明るいキャスターの声に、ふと興味をひかれた。
『おうちで飼われている猫ちゃんが、たとえばゆっくりまばたきをしながら喉を鳴らしてこっちを見てたりだとか。そういうのは愛情表現なんです』
かわいいですよね、と彼女が言うと、コメンテーターたちも次々と同意の言葉を並べている。
そんな画面をぼんやりと見つめるこはくの横に、ことんとマグカップがひとつ。
「おはよう、ねぼすけさん」
「……はよ」
「ふふ、昨日は遅かったみたいだなあ」
自分のカップにはブラックコーヒーを、そしてこはくのマグカップにはミルクと砂糖をたっぷり入れたものを。朝、時間が合うと彼はこうして色々とこちらの世話を焼いてくる。こういう関係になるまであまり想像できなかったが、彼は意外と世話好きだったし、こはくよりもうんと生活力が高いのだ。
のろのろと身体を起こしたこはくは、小さくお礼を言ってマグカップに指をかける。そんなこはくの様子を、対面に腰掛けた斑はじっと見つめていた。
「……なんじゃ」
「ん?」
「なんかわしの顔についてる?」
「いやあ、特には?」
そう言って、のんびりと斑はカップに口をつけた。彼も急いでいる様子はない。今日の予定はどんなものだっただろうか。
不意に、斑が喉の奥で低く笑った。
「だから、なに」
「いや、別に。なんだろうなあ、こういう朝も悪くないなあと思って」
いたずらっぽく細められた緑の瞳が、朝の光に穏やかにきらめいている。
「……なるほど。三毛猫ちゃん、ね」
きょとんと小首を傾げる男に、こはくは軽くため息をついた。
「うちとこのリーダーも、変に鋭いんよなぁっちゅう話や」
真っ直ぐ緑眼を見つめて、こはくは小さく口角を上げる。