高校生デートしたい潔さんの話(加筆)キーンコーンカーンコーン
俺が通う高校生と同じチャイムが聞こえてから、いそいそとスマホを取り出す。
『校門、来て』
このラインを見て、いま凛はどんな反応をしているんだろう。目をまん丸くし、慌てて帰る支度をするんだろうか。それとも、イタズラだと思って無視するかな。既読はついたけれど、返事は来ない。
門柱に寄りかかり、凛が通るのを待つ。凛と同じ制服を身に纏ったたくさんの生徒達が目の前を過ぎていくのを、ただ眺める。時折、異分子である俺を目に止め、「潔選手!ブルーロック見ていました!」とか、「糸師くんを待っているんですか?まだ片付けしていたので、しばらく来ないと思いますよ」と声をかけてくれる。俺はそれらに軽く応えながら、愛しいあの子の姿が現れるのをひたすら待った。
「潔、お前、本当に来てたのか。学校はどうした?」
マフラーで口元を覆い、暖かそうなコートを着込んだ凛が、驚いた様子で数歩離れた場所で立ち止まっていた。
「凛!」
俺は嬉しさのあまり凛に駆け寄り、抱きしめる。教室がポカポカだったのかもしれない。凛のほっぺはリンゴのように赤く染まっている。
「進路決まってる高三はさ、午後授業なかったんだよ。お前今日練習休みだろ?いきなり来て、驚かせようと思って!びっくりした?」
大成功!と言って凛の鼻先でピースをする。そんな俺を無視して、凛は自分のマフラーを外す。やっぱり暑いのかなと見ていると、俺のピースを払い除け、自分が巻いていたマフラーを俺に巻きなおした。
「なんでそんな薄着で来てんだよ」
フッと軽く息を吐いて笑ったあと、俺を置いてスタスタと歩き出してしまった。
「り、りん、怒った?」
「なぁ」
振り返った凛は、年に見合わぬ色気をまとっている。見返り美人ならぬ、みかえ凛美人、いや違くて。
「何して遊んでくれるんだ?先輩?」
この生き物が俺のものでいてくれることに、胸が一杯になった。
「ってことがあったじゃん?」
「ねぇよ」
凛がレタスを口に運びながら、目線も上げずに否定する。
「でも、高校生のとき!凛の高校に行って」
「高校の頃、二人で遊ぶような関係じゃなかっただろ。そもそもお前、うちの学校来たこと一度もねぇし」
「いや、実は、それはほんとにある。凛には会えなかったけど」
と答えれば凛がやっと俺のことを見た。胡乱な目で。
「嫌がらせにでも来たのか?ストーカー野郎」
「ぐううう」
言い返せなくて悔しい。俺たちが付き合い始めたのは、大人になって、二人とも日本に拠点を戻してからだ。つまり数年前。当然、高校生の時は付き合っていない。
「長々とお前の妄想を聞かせやがって。それで、何が目的だ。理由があってそんな話を始めたんだろ」
「そう!それを聞いてほしくて!」
「箸で人を指すな。行儀悪いだろ」
人の箸を叩き落とすのはお行儀悪くないのだろうか。
「もし、高校生の時に俺が告白して、付き合ってたら、どんな関係だったかなって思うんだよ」
「お前、高校の頃、好きな奴がいるって話してなかったか?」
「うーん、まぁ、そうね。そうなんだけど」
その頃の恋愛の話は、正直曖昧にしておきたい。
「こないだ玲王とな、恋バナしたんだよ」
「おい、まじでなんの話だ」
数日前、玲王と対談という形でインタビューを受ける仕事があった。俺たちは少し早く待ち合わせして一緒にランチをすることにした。
「玲王と凪はさ、高校生の時、どういうデートしてた?」
「俺たち、付き合い始めたの大人になってからだけど」
「え?あの距離感で?付き合ってなかったの?本当に?」
「よく言われる。あの頃、凪を思う気持ちを恋愛とは結びつけていなかったからな」
当時から好きだったけど、と玲王は目を細めて笑う。凪の名前を出す時、玲王はとても優しい顔をする。
「高校生のとき、凪と付き合ってたら楽しかっただろうけど、すごい束縛しちゃったかも。よかったんだよ、おれたちは大人になってからで。分別ついてから付きあうのが正解だったんだ。なによりの証拠に、今うまくいってるしな。まぁ、青春の甘い関係を想像したりはするけど」
「俺も、想像する。高校生から付き合ってたら、どんな関係だったかなって。マックでただおしゃべりしたり、プリクラ撮ったり」
「あ、そういえば、したわ。こないだ凪と高校生みたいなデート」
たまにはお金を使わないで遊ぼう、と凪が言い出したそうだ。
「上限一万で1日過ごしたんだよ。カラオケとゲーセン行って、ファミレスでご飯食べて帰ってきた」
「どうだった?」
「すっごく、楽しかった。お前たちもやってみたら?おすすめ」
そのあとのインタビューで玲王は、9割凪の話、1割俺の話をした。俺はずっと聞き役だった。対談の相手、ぜったい俺じゃなくてもよかっただろって思った。
「っていうことがあってね」
「回想も長ぇんだよ」
でもちゃんと凛は黙って聞いていてくれた。ニッコリしてしまう。
「しようぜ!高校生デート」
「は?」
「使えるおこづかい5千円ずつデート」
「……やらねぇよ」
ちょっと考えた!?押したらいけるかもしれない。俺は少し身を乗り出して、凛のパジャマの袖をちょっとだけつまむ。上目遣い。意図的に少し目を潤ませる。
「ダメ?ぜったい楽しいと思うんだけどな」
玲王が羨ましくなってしまったのもある。大人になってから付き合いだし、おおっぴらにバレるわけにも行かない俺たちは、あまりデートらしいデートをしないのだ。俺も、映画とかカラオケとか、王道のデートコースをこなしてみたい。
「平日なら。あとお前が全部決めるなら、いい」
やったー!俺は大げさに喜ぶ。わざとらしい俺のはしゃぎ方に凛は呆れていたけれど、しばらくしたら優しく息を吐いて、また食事を再開した。
きっと凛にはわからないだろう。俺のこの企画に、俺にとってどんだけ大きな意味があるかということを。高校生の時の俺が何度も夢に見た、ただ凛と過ごすだけの時間。
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「待ち合わせは、しなくてよかったのか?」
しゃがんで靴紐を結んでいる凛が、鏡の反射越しに聞いてくる。俺はその姿見で、全身のおかしなところがないかチェックしている。というのも、普段とは少し違うファッションをしているからだ。俺も凛も。高校生にこだわりたいから、服装も縛りを入れさせて欲しいと凛にお願いしたのだ。つまりは、当時のお小遣いで買える程度の金額、ノーハイブランド。結果的に、全身ほぼユニクロになった。だがしかし天下のユニクロ、安いものを選んでもそれなりに見えるから流石である。話がそれた。
「それは、今度でいいや。せっかくの平日休み、1秒も凛と離れたくないし」
「二度目はねぇよ」
と言いつつ、凛もちょっとご機嫌な気がする。今のところ俺の指示に従ってくれているし。
「池袋行くんだろ?あんまり馴染みないな。ちゃんと下調べて済んでるんだろうな」
「俺は若い時よく遊んでた場所だから大丈夫。埼玉県民、一番出やすい都心の街は池袋だからね。西武線でも埼京線でも一本」
とはいえ、最近はかなり開発が進んでいるようで、思い出の場所は無くなっているし、新しい施設もたくさん増えているようだから俺も楽しみだ。
「玲王に相談したら、原宿はどうだ?って言われたんだよね。あの二人、高校の時原宿で遊んでたんだって。シティーボーイって感じ。でも原宿だと流石に顔さされちゃうかなって」
「いいだろ、池袋で。渋谷も新宿も人が多いし」
凛がさっさと外に出ていってしまったので慌てて靴を履いて、凛に続く。忘れ物がないか確認を入れてから、ドアに鍵をかける凛。それを見て、待ち合わせもいいけどやっぱり、一緒に家を出る、は最高だなと幸せを噛み締めた。
池袋駅東口を出てから、人通りの少ない方に進む。
「これ、どこに向かってるんだ?」
「まず、うどんを食べます」
「うどん。なんかさっきから脇におしゃれな店いっぱいあるけど、そういうとこじゃなくていいのか?お前最近好きだろ。こういう、女子が好きそうな店」
「値段、結構するんだよ。こういう所は混んでるし。今度行こう」
凛の手を引っ張って、南池袋の路地をずんずん進んでいく。昼時ということもあり、この辺りの雑居ビルに入っている会社や学校からワラワラと人が出てきている。
「あ、ここだ。このうどん屋さん、おいしいらしい」
「普通の食堂だな」
「うどんしかないんだって。こんにちはー」
中は盛況で、ほぼ満席だった。外国訛りの女性が切り盛りしている。席が狭いため、隣のお客さんが俺たちを知っていたらどうしようとドキドキしたが、チラッと一瞥くれただけで、すぐに自分たちの会話に戻ってしまった。よかった。うどんは種類がたくさんあった。
「あ、おいしい!」
「ちょっと硬い。具がいっぱいで、いい」
周りのお客さんたちを眺めながら、考える。
「なー。なぁ俺たち、サッカーしてなかったら、どんな人生送ってたんだろうな。サッカーなしでも、大学入れたかな。サッカーしてなかったら、もっと頭良くなってたかな」
「お前は、ホストじゃないか?人誑かすのがうまいから」
「そんな風に思ってたの!?俺のこと」
「まぁ何にしても、サッカーしてなかったらお前に出会わずにすんだだろうな」
「……」
「……」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「悪い」
その後はモソモソと黙って二人でうどんをすすった。お会計の時お店の女性に、今度来る時は自分と同郷のチームメイトを連れてきてほしい、と言われた。ちゃんとバレていた。
「次はこの公園です」
うどん屋さんから徒歩数分の、新しめの公園に足を踏み入れる。若い子や、親子連れで賑わっている。この公園の見どころはなんて言ったって、
「芝生すげ」
「な!」
一面きれいに芝生は敷かれているのだ。それほど大きい敷地ではないが、大都会の真ん中とは思えないほど、視界いっぱいの緑だ。
「ここで昼寝します」
「は?」
「大丈夫、ビニールシート持ってきたから。ほらこんなに大きい」
「今日荷物多いと思ったらそんなもの持ってやがったのか。じゃなくて、昼寝なんかしねぇよ」
「いや、するんだよ。ほらあそこの男の人、ほぼ裸で寝て灼いてる。あっちのカップルはゴロゴロしてるし」
凛が顔をしかめている。まずい。
「なぁ、本気で寝るわけじゃないって。ほら、気持ちいい。寝よ」
「でも」
「俺の言う事、聞いてくれねぇの?」
寝っ転がって、さながらベッドに誘う時のように裾を引っ張れば、観念したように凛も横にゴロンと寝転んだ。
「いいこ」と言って頭をなでたら、不機嫌そうに手を払われた。凛の顔は真っ赤で、こんなにチョロくて大丈夫かな、と心配にもなった。
しばらくすると、俺たちの存在に気づいた人がざわつきはじめたので、大人しく公園を後にした。名残惜しいけれど。
「次は雑司ヶ谷に向かいます」
「!?墓地か!」
「違うけど。まぁ、お墓も行ってもいいか」
しばらく歩いて、旧宣教師館なる建物にやってきた。
「いい家だな」
「しかもここ、無料です」
「でかした」
木造のかわいらしい家の中を探索させてもらう。小さいから、すぐ一周してしまった。
「引退したらこういう家住みたいな」
「郊外がいいな。人が少ない場所がいい」
「凛、引退しても俺と一緒にいてくれる?それなら、俺が家買ってあげる」
「自分で買うからいい」
と言ってデコピンされた。はぐらかされてしまった。ふざけているふりをして、言質を取りたかったのだけれど。
「お前が大人しくしているなら、俺の家で飼ってやってもいい」
なぜか勝ち誇った顔をしている凛。
「うーん?じゃあ、お願いしようかな」
ま、いいか。将来一緒にいる、約束ができるなら。よろしくね、と言っておいた。
その後、暗くなりつつある墓地を散歩した。凛はかつて見たことがないほど、終始テンションが高かった。
そうこうしているうちに大分暗くなってしまった。駅の方につく頃には、街はギラギラとネオンで輝き出していた。
「お金あと少し残ってるから、ファミレスでも行く?家帰って作ってもいいけど」
凛は、少し考え込む素振りをしてから、「西口」と呟いた。
「え、西口?どこか行きたいとこあるの?」
「休憩」
「もう一回お茶する?西口渡るの面倒くさいから、こっちで探そうよ」
スマホを出して検索、しようとしたら片手で制された。
「泊まっていってもいい」
「え?あ、なに、ラブホ!?」
ばか声がおおきい!と背中をはたかれた。理不尽。
「お金が足りないよ」
「カードがある」
「行きたいのは山々だけど、明日仕事だよー」
しょんぼりする凛の頭を、少し背伸びして撫でる。
「な、帰ってのんびりしよ?」
凛は黙って頷いた。帰り道、一緒に電車乗って、一緒に歩いていく。同じ家に向かって。
「高校生気分は味わえたか?」
満足したか?と聞かれる。
「楽しかったけど、普通に楽しいデートだったかな」
高校生の頃の自分に、伝えたい。お前の恋も夢も、ちゃんと叶うから頑張れよって。あの日凛に会えなかった自分に。車窓に並んで映る俺たちを見つめながら、そんなことを思ったのだった。
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『潔選手ですか?ブルーロックの』
『あ、俺、怪しいよね!すみません!あの、えっとー』
『私、糸師くんと同じクラスなんです。糸師くんを待っているんですか?当番なんで、しばらく来ないと思います。声掛けてきましょうか?潔さんが待ってるよって』
『いや』
俺は、一目凛を見たかっただけなんだ。早く学校が終わったから。でも俺はきっと凛に嫌われている。連絡先だって、知らないし。
『うん、もう用事は済んだんだ。ありがと』
『いいえ……』
俺は小走りで駅へと向かった。
『どうした?不審者でもいたか?』
『あ、糸師くん。いまね、潔さんが来てたよ』
『潔が?』
『私が声かけたから、ビックリさせてしまったみたい。糸師くんに話したいことがあったんじゃないかな。ごめんね』
『いや、お前が謝ることはない』
『これから、いくらでもチャンスはあるだろうから』