ねないこだれだ とたとたとた
とたとたとた
サギョウの部屋の中を、ゴビーが忙しく走り回っています。
「サギョウ、ゴビーは何故こんなにも部屋の中を走っている?」
「それが、ストレス発散の為の虫ハントに行かせたら狩猟本能が目覚めちゃったみたいで興奮してるんです」
「そうか。しかし、そろそろ俺たちは寝る時間なのだが…」
吸血鬼を相手に昼夜逆転する吸隊職員の仕事は睡眠が重要です。仕事中眠くて吸血鬼の催眠にかかり、人前で性癖をさらす羽目になるのはとても恥ずかしい事です。
「ゴビー。もう寝るよ」
サギョウが言ってもゴビーは『イヤイヤ』と体を横に振ります。
「もう! ゴビー!!」
サギョウだって大好きなゴビーの事を、声を荒げて怒りたくなんかありません。ですがサギョウは今日に限って物凄く眠たかったのです。
三大欲求は人を豹変させます。
「サギョウ。そうゴビーを責めるな」
「だってぇ…」
「よし、ゴビー。よく眠れるように、お話をしてやる! こっちへ来い」
『ギィー?』
「桃太郎の話をしてやろう」
『Peach?』
桃と聞こえ、ゴビーが半田を指差します。それから腕を組んで、呆れ顔。
『ギィィー』
「ゴビーは何と?」
ゴビーの言葉が分からない半田は、サギョウに通訳を頼みます。
「えっと、『自慢話もノロケ話も聞かないぜ』って言ってます。違うよ、ゴビー。桃太郎は昔話だよ」
『ギィー?』
ゴビーは桃太郎の話を知らなかったので、勘違いをしたようでした。
「子供の頃、眠れない時はお母さんがお話をしてくれたのだ。しかも、この話は特別だぞ」
『ギィ?』
「主役はゴビー。【ゴビ太郎】だ」
『ギィィー!!』
自分が主役と聞いてゴビーは二人のいるベッドへ上がり、更に二人の間に潜り込みます。お話を聞く準備は万全です。
「ではまず、桃太郎にはおじいさんとおばあさんが出るのだが、その役は誰にする?」
「ああ。そう言う話なんですね」
ゴビ太郎のお話は、ゴビーの知っている人をお話に登場させるようです。
『ギッ、ギィー』
ゴビーはまず半田を指差し。次にサギョウを指差しました。
「先輩がおじいさんで、僕がおばあさんなの?」
『ギィー』
ゴビーの答えを聞いて、サギョウがクスクス笑います。
「よし。では話していくぞ」
───あるところに、俺とサギョウが仲良く暮らしていた。ある日俺は憎きロナルドへセロリ攻撃をするためのセロリを育てに畑へ。試作品の対ロナルドトラップにひっかかりセロリ汁を浴びたサギョウは川へ洗濯に向かった。
「オリジナル要素バリバリですね」
「サギョウが川へ洗濯に行くと、川上から何かが流れて来るのだが、何が流れて来ると思う?」
『DANGOMUTU!』
「ふふっ!」
元のお話を知っているサギョウは吹き出しました。
「よし。では続けるぞ」
───サギョウが洗濯をしていると、大きなダンゴムツ…に乗っかったゴビーが流れてきた。サギョウはゴビーを川から拾い上げ、家へ連れて帰った。ゴビーはとても賢く気が利いていて英語も話せて…。
「後は何だ?」
『ギィー!!』
「『ダンゴムツを取るのが上手』だそうです」
───ダンゴムツを取るのが上手な凄い吸血ゴボウだった。ところでここから離れた都では、悪い鬼が暴れて人々が困っていた。凄い吸血ゴボウのゴビーは人々を助けるために鬼退治に向かう事にしたのだった。
「悪い鬼役は誰にする?」
『ギッ、ギッ、ギィィー!!』
ゴビーはちょっと怒りながら鬼役にする人の名前を言いました。ですが、あれれ? すかさず翻訳してくれるサギョウは何も言いません。
「サギョウ、ゴビーは何と言っている?」
サギョウは閉じていた目を少し開けて、
「あ、えっと…。ゴビー、誰…?」
『ギッ、ギッ、ギィィー!!』
「ドラルクさん、とカンタロウさん?」
少しふにゃふにゃになった声で答えました。
「けんちん汁の具にされた事と、要らないものを寄越された恨みは深いのだな」
ゴビーが意外に執念深い事を知りお話は続きます。
───悪いドラルクと悪いカンタロウを退治するため、ゴビーは都へ向う事にした。
「味方を三人連れていけるが、誰を連れて行こうか?」
ゴビーは少し考えて、
『ギッ、ギッ、ギィー!!』
ニコニコと答えました。きっと心強い味方なのでしょう。
「…サギョウ?」
「うぁ…。『僕』と、『先輩』と…」
数秒待ってみましたが、サギョウは目を閉じたままです。
『Monoeye friend!』
「メビヤツか」
ゴビーが英語で答えると半田は納得しました。
「ヒヨシ隊長やヒナイチ副隊長も主戦力になると思うのだが?」
『ギー』
ゴビーは『イヤイヤ』と体を横に揺らします。どうしても、半田とサギョウを連れて行きたいようです。
「俺とサギョウは一人二役か。それは面白い」
吸対の二ッ匹は不滅のようです。
「桃太郎は味方を連れて行くのにキビダンゴと言う食べ物を渡すのだが、ゴビーは俺達に何を渡す?」
ゴビーは少し考えてから、
『O,MO,TE,NA,SHI!』
一文字一文字を区切って伝えました。
「ほう。サギョウと初めて会った時のおもてなしを俺にもしてくれるのか」
紅茶にダンゴムツを添え、アフタヌーンティースタンドには様々なケーキが輝きを放ちます。
「さて、ゴビーにおもてなしをされ鋭気を養った俺達だが…」
ゴビーはワクワクと半田がお話してくれるのを待ちます。が、
「サギョウ?」
『ギィー?』
半田とゴビーが小さく声をかけます。ですが、サギョウの目蓋は完全に閉じていて、安らかな寝息だけが返ってきました。
「ふむ。サギョウはもう、寝てしまったようだな」
『ギィー!!』
これから一番の盛り上りをみせるお話の続きを一緒に聞こうと、ゴビーはサギョウの肩を揺すって目を覚まさせようとします。それを、半田の手が止めました。
「ゴビー。このお話の続きはな、夢で見るんだ」
『Dream?』
「サギョウはどうやら話の続きを見に夢の中へ行った様だぞ」
『ギッ!!』
何と言う事でしょう。こうしては居られません。早く目を瞑って、お話の続きを夢で見なければ。
「朝まで夢を覚えていたら、結末を聞かせてくれ。三人三様の違った結末になるかも知れないぞ」
『ギィー!!』
ゴビーは早くお話の続きが知りたくて、大きな一つ目をピッタリ閉じました。
眠る前に、ゴビーは強く願いました。ゴビーが主役なのですから、何時も守られているゴビーではなく、半田とサギョウを守ってあげられる程ゴビーが活躍出来ます様に、と。
最後まで残っていた半田は、大きな欠伸を一つするとベッドサイドの灯りをパチンと消しました。
その日、ゴビーの見た夢は───。