番犬幼い頃の事を思い出した。まだ何も知らぬ子供の頃、両親が家に居ない分兄上が俺の面倒をよくみてくれていた。ナベリウス家の事も魔界の事も兄上が教えてくれた。兄上は何でも出来て、色んな事を知っていて、優しくて、いつも正しい道を歩んでいる。
俺の前に引かれた道はいつも綺麗に整えられていて、そこを歩くための力は自分で身に付けようと努力を重ねてきた。
初めて俺の前の道が荒らされたのは悪魔学校に入ってからだ。シチロウに出会って、オペラ先輩とも出会って。今までの俺の道がどれだけ恵まれていたものか、どれだけお膳立てられてきていたものなのかを知った。
汚い世界も、魔界の隠されてきた裏の部分も、抜け出せなくなる程の深く暗い部分も兄上から教わらなかった事を知った。
そして魔獣や魔神の中にも気の良い者も居れば、荒っぽいながらも友好的な者も居ることを知った。
悪魔学校の番犬としてやるべき事も、その場に入ってみて初めて体感した。
俺の道を誇りに生きる。兄上から言われた言葉の通りその経験全てを俺自身の糧として生きてきた。
そして今。兄上の言葉を聞いて見た俺の足元は見えない闇のようだった。
信念がぐらつき、何を信じたら良いのか、何のために立っているのか。その全てが曖昧になっている。
魔関署が何を考えているかは知らない。だが、悪魔学校は生徒達の成長を促すための機関の一つ。私達教師は生徒と言う名の宝を守る事が至上。守るためなら何だってする。
そんな中に危険悪魔を必要だからと送り込んだ兄上の選択が正しいとは思えなかった。
幼い頃の俺ならばきっと俺を信頼してくれた事に単純に喜んだであろう。
けれどこれは信頼だから許せと言われて許せる話ではない。実際に生徒は怪我をした。命の危険すらあった。俺の目の前で奪われかけた。
足元がガラガラと音をかけて崩れていく。
俺に触れた兄上の手は昔と変わらず優しい手で、家族である俺を無条件に愛してくれている手だ。でもそこが酷く重たく苦しい。
兄上は今もきっと昔と変わらず俺の前の道を綺麗に整えようとしているのだろう。そうしなければ歩けない赤子のように扱い、追いかけることしか出来ない弟の俺を振り返り、酷く汚れた道を綺麗にしようとまた先を進む。
届かない背を追えばきっとまた兄上は俺を振り返り、その手で俺を宥め先を見据えるだろう。
けれどそれが俺の望んでいる未来とは限らない。兄上の望む未来への道を歩けと言われているだけの事。それに気付けない程純粋な俺はもう居ない。
真っ暗で先の見えない道の先。細く整えられた道がある。その先には敬愛する兄上の背が見えている。
俺以外がその道を共に歩く事を許されない綺麗な道だ。
教師として私がすべき事は、兄上の求めるものとは違う。その整えられた道を進むことは出来ない。したくない。
押し付けられた道など知ったことではない。俺は俺のやるべき事を。教師としてやるべき事をしたい。生徒を守り、成長を見守り、その背を蹴落としてでも強くさせたい。
俺は――
追いたいその背中をもう追うことは出来ない。
兄上はそれを許さないだろう。長い年月をかけ整えてくれていた道を無視して、暗い不安定な足元を進む俺の事を。どんな罰を与えられても構わなかった。俺は俺の道を誇っているのだから。
私は悪魔学校の番犬
ナベリウス・カルエゴである