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    kusare_meganeki

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    kusare_meganeki

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    暗い話してる中身のないナタンポSS

    ナタンポその頬を、涙が伝うことを珍しいなどと思ってしまった。人間なのだから、泣く時は泣くだろう。
    だが、確かにサンポ・コースキという男が涙を流す姿を、今までナターシャは想像出来ずにいた。
    診療所の物置の中でその答えが、目の前にいる。
    「まだ、止まりそうにないかしら?」
    「そうですね、すいません」
    しゃくり声も上げず、ただ鼻を鳴らしながら涙を流し続けるサンポは手に持つタオルで目元を拭った。とめどなく溢れるそれに、身体中の水分が出て枯れ果ててしまうのでは、なんてナターシャは思う。
    ふと、涙がテーマの童話があった気がする。昔の本で、読んだような。
    「泣き真似なんてするからよ。身体の機能を変に使うから、脳が異常反応を引き起こしたんだわ」
    「はは。そうですね。しかしまぁ、長年泣き真似、泣き落としは使ってきましたが涙腺が壊れるのは初めてですよ」
    スンスンと鼻を鳴らして、呆気からんと言うサンポの瞳はずっと潤んだままだ。
    まるで水に沈めた様に、エメラルドグリーンの目は揺らいでいる。それを、綺麗だと思うのは間違っているのだろうか。
    「君を見つけたのが私で良かったわ。ゼーレかフックなら、今頃大騒ぎだろうから」
    「ああ……そうですね」
    診療所ではなく、少し離れた路地裏でうずくまっているサンポをナターシャが見つけた。俯き、顔を見せない彼が鼻を鳴らして地面を濡らしているものだから、どこか怪我をしていると思ったが‪──‬理由を聞いて、心底呆れた。
    他の人が見れば勘違いすると人目につかない道を使って遠回りしながら、彼を診療所に連れ帰ったのだった。
    「喉乾かない?水、持ってくるけど」
    「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
    ‪──‬本当に?
    そう聞き返そうとして、ナターシャは口を閉じた。今の断り方は、話しかけて欲しくない時の態度だと察し、ただサンポの様子を見ることに徹する。
    黙ったまま、頬を濡らすサンポの横顔を見つめている。
    さっき思い出した童話、内容はなんだっただろうか。涙がテーマと思ったが、違うかもしれない。ただ、誰かが泣いていたのは強く印象に残っていた。
    何故、泣いていたんだったか。
    「……そんなに、穴が空くほど見つめないで下さい。そんなに僕が泣いていることが珍しいですか?」
    「ええ、珍しいわ」
    間髪入れず、ナターシャの返答が返ってきたことに驚いたのかサンポは目を丸くして彼女を見た。
    「泣く様な、殊勝な心はないと思ってるから」
    「はは、それは酷い言い様ですね」
    手の甲で目を擦るサンポを嗜める。
    「なら、聞くけど。君、私が死んだとして泣く様な人かしら?」
    「……あー。それは、どうでしょうね」
    鼻を鳴らして、サンポは考える。人の死をどう捉えるか思案する余地がある時点で、それは悲しいという気持ちからはかけ離れているのではないかとナターシャは感じた。だが、それは自分の主観であって、彼の考えではない。
    だが、きっと泣かないのだろうと確信がそこにあった。
    「すいませんが、泣かないと思います」
    「でしょうね」
    「……でも、悲しいという気持ちはありますよ」
    今度は、ナターシャが驚く番だった。
    「なんです、僕は確かに情抜きの商売を信条にしていますが……そんなに驚かなくても」
    「ああ、いえ。ごめんなさい。その、意外だったから」
    「あのねぇ……」
    タオルで目元を拭きながら、サンポはため息を吐いた。
    「ここまでの付き合いですよ?流石に、僕にも悲しむという一定の感情はあります。……特に、貴女にはお世話になりっぱなしですから、尚更」
    「そう思ってくれるのね、嬉しいわ」
    「死んだ後に悲しむかどうかで嬉しいって言うのも変でしょ」
    「ふふ、そうね……」
    そう呟いて、ナターシャは童話の内容を思い出した。
    ‪──‬隣の家同士、顔を見たこともない幼馴染の話だ。どちらの不治の病を患っていて、それが理由で誰にも会えない中で窓が隣同士だから会話だけを何年も積み重ねてきた男女の話。
    「葬式には出てくれる?」
    「出ませんね。僕が行ったら台無しでしょうし」
    サンポはそう言って息を吐いた。唾液を飲み込む音がして、だけどと彼は言葉を続ける。
    「墓前に花を添えるぐらいはしますよ。何が良いですか?」
    「君が思う、私に似合う花が良いわ」
    「難しいですね。全部似合うから」
    ‪──‬その男女は、どちらが死ぬかを毎日話していた。男が言った、僕は最近咳が酷いから僕の方が早く死ぬと。死んだら、その窓から花を一輪投げてくれと女に頼む。
    「ナターシャは、僕が死んだら悲しいですか?」
    「そうね、悲しいと思う心はあるわ」
    「はは、ならいいや」
    未だにサンポの頬を濡らす涙は止まらない。時折鼻を鳴らして、サンポは笑って言った。
    「僕が死んだら、花はいらないです。その代わり、白紙のノートか……原稿用紙をください」
    「どうして?」
    「死後の僕が、自伝を書いて儲けられるように」
    「何それ」
    ‪──‬女は言った。私の方が早く死ぬ。だから、その前に貴方に覚えていてもらえるよう書いている日記を渡すわ。
    (ああ、涙がテーマじゃなかったわ。あの童話は)
    そこまで内容を思い出して、真のテーマを思い出す。あれは、他者の死についてだ。
    結局、大人になっての二人は生きていた。だが、家の外には出ない。ある日、意を決して男は窓を開けて外を見た。隣に建っていた筈の家は、何処にもない。見下ろした窓際に、朽ちた日記が一冊落ちていた。
    彼は、残された女の記憶と会話していたのだ。あまりにも突拍子のない展開だと笑った記憶がある。しかし、それは彼女が願う覚えていて欲しいという気持ちの具現なんだと思った。そして男は知っていた。彼女がもう他界したことを。知っていて、現実を見れずに窓を開けることは出来なかった。不治の病は、女の方だったのだ。
    男は結局、身体が弱いだけの健常者だった。窓を開けてようやく、男は現実を受け入れ女の記憶を抱き締めることが出来た。
    他者の死を、受け入れられた。
    「……なんて、話してますけど。本当に死んだ時、どう思うんでしょうね。受け入れる、拒絶する、絶望する、もしくは歓喜?これは誰が死ぬかによりますが……」
    ナターシャから視線を逸らし、ぼうっと倉庫の天井を見つめるサンポは呟く。
    「最初は、虚しい気持ちになるんでしょうね」
    大きく鼻を啜って、タオルで顔を隠したサンポはそれきり何も言わなくなった。
    医者として、多くの人の命に触れ救い、時に取りこぼして来たナターシャはその気持ちに内心で頷く。
    助けられなかった悔しさや悲しみよりも先に、心に穴が空く。あれは、虚しさだ。その穴に、感情が流れ込んでようやく現実を受け入れられる。
    童話の男も、そうだったのかもしれない。
    「サンポ、いいかしら」
    「……?」
    顔を僅かに上げたサンポを、ナターシャは抱き寄せた。驚きのあまり、声も出ない彼はなすがままその腕の中に収まっている。
    「……何、してるんですか」
    「なんとなくよ」
    「なんとなくで男女がひっつくのは、どうかと思いますがね……?」
    疑問を口にしながら、サンポは抵抗せずにナターシャの胸に頭を預けている。彼の目から溢れる涙が、その腕を濡らしていた。
    「……サンポ、君がどこで死のうが私が葬式を挙げてあげるわ」
    「ええ、何ですかそれ。結婚式の方にしてください」
    「私と結婚したいの?お断りだけど」
    「雑に振られたなぁ……冗談ですけど。なんで、葬式を挙げるんですか?」
    「その質問が答えよ。誰も、君も、葬式なんてやろうって考えないでしょうから」
    ナターシャの言葉に、サンポは笑った。
    「葬式を挙げたら、貴女の中の気持ちは埋まりますか?」
    「区切りは着く」
    「なら良いですよ。でも、参列者は貴女一人だけです。約束してくださいね」
    それに頷いて、ナターシャは強くサンポの頭を抱きしめた。流石にそれには抵抗を示して、彼はナターシャの腕から脱出する。涙で濡れた頬が、少し赤い。
    「これぐらいで照れなくても」
    「それとこれは話が別です」
    そう言って、サンポは自身の目に触れた。
    「涙、止まりました」
    「あら、良かったわね」
    「散々暗い話してたのに、僕の脳は薄情ですねぇ」
    ため息を吐いて、サンポはふらふらと立ち上がった。顔を洗いに行くのだろうと分かる。ナターシャも立ち上がって、自身より頭一つ身長の高いサンポの顔を見た。目も頬も赤い。きっと、事情も知らない人が見たら驚くだろう。
    「桶に水を張ってきてあげるわ、待ってて」
    「良いですよ、重いですし」
    「君の顔、酷いわよ」
    ナターシャに言われ、サンポは言葉を詰まらせた。自覚はあるらしい。待っててと倉庫を後にする彼女の背中を見送って、サンポは一人、再び座り込んだ。
    死んだら悲しむかなんて質問を、彼女からされるとは思ってもいなかった。
    「……そりゃあ、悲しいでしょうよ。悲しいことに、僕も人間なんですから」
    誰もいない空間に一人、呟く。喉奥がきゅうっと詰まって、熱くなった。
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