忘年会とコスプレえっち(コスプレえっちマイナス版)「卯木、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「なんの件?」
「いや、なんのってわけでもないんだが、今ちょっと時間あるか?」
「何分ぐらい?」
「カフェスペ行って飲んで帰ってくるぐらい」
「なくはない」
また合コンの誘いか? と思いつつ、しかしそれならばここで言うだろう。微妙な歯切れの悪さを見るに、何かややこしいことにでもなっているのか? と腰を上げた。
「卯木はなんにする?」
「え? 自分で買うよ」
「いや、まあまあ」
「……じゃあコーヒー」
「ブラックだよな。ホット?」
「いや、アイス」
「お」
ボタンを押すやけに太い指先を見ながら、この様子では面倒そうだと千景は内心溜め息をついた。
ガコン、という音が二回あって、十二月の自販機に冷えたコーヒーが二つ落ちている。茅ヶ崎がここにいたら信じられないという顔をするだろう。
両手で一本ずつとりあげて、右手で無糖の黒い缶を寄越してきたので、ありがとうと受け取った。スポーツで鍛えられカサついた太い指にはしっかりとした黒い毛が生えていて、オレは色んなものを守ることができる、とでも言っているように見える。非常に鬱陶しい。が、彼の本命になる女はそれなりに幸せだろう。今のところ溢れ出るホルモンに身を任せ、遊び続けているようではあるけれど。
「あのさ、卯木」
「うん」
「あーえーと」
言い澱みながらきょろりと周囲を確認していて様子がおかしい。なに? と続きを促すと、ふうと息を吐いて目を合わせてきた。
「お前さ、もしかして茅ヶ崎と付き合ってる?」
油断していた。
別に隠そうとしたわけでもないが、想定外の人物からの言葉に一瞬言葉に詰まる。
「いや、違うならすまん」
コンマ数秒逡巡して、まあいいか、と思う。
「そうだよ」
缶のタブを上げて、戻して、一口啜った。
「あーまじか。やっぱり。あのさ、茅ヶ崎って誰にも懐かないので有名だっただろ」
「そうだね」
「でもお前にははじめから懐いてたじゃん」
「そうかな?」
「そうだろ。俺、もともと勝手にお前らはゲイなのかなと思ってたんだよな。だから、前に合コンの誘いに乗ってきた時、逆にあれ? 違ったのか? と思ったんだよ」
「……へえ」
そんなに前からそんなふうに思われていたのかともう一度驚いた。自らそう思わせるような行動をとっている部分もあるけれど、彼にそう思われているのは意外だった。
「あ、別にお前らが付き合ってるとかじゃなくてさ。だって二人ともその顔で女の噂聞かないもん」
「その発想は単細胞すぎるよ」
デリカシーの問題、であるかのように返答をしたが、正直なところ余計な否定に少しムッとしただけだった。
「これは色々省略して言ってるよさすがに。コーヒー飲んで戻る時間に合わせてスリム化してる」
「ああそう」
「だって茅ヶ崎って絶対お前のこと好きだっただろ? ずっと」
「――――」
肯定も否定もせず、缶に口をつけた。事実はどうあれその思い込みは悪くない。心の中で一人、掌を返す。
「そんなことお前本人がいちばんよーくわかってんだろうけど。あの時流れでセッティングした合コン、結構楽しそうだったし、まあよかったのか? ってことにしてたんだよ。でも最近になってお前らのこと時々見るたび、やっぱむしろ違ってなかったというか、あれはやらかしだったんじゃないかって気がしてきて、そうだとしたら茅ヶ崎に謝った方がいいのかな……と思ってさ」
「謝るって何を?」
「そりゃお前、好きな男を合コンに連れて行こうとするなんてさ」
「え? あれは茅ヶ崎が行きたがってたからだっただろ」
「バッカお前、そんなの口実だろどう考えても。ちょっとでもお前と一緒にいたかったとかだろ多分。それに女の子にも悪かったな。まああの子たちは俺たちと飲めただけでも喜んでただろうからまあ許されるか?」
図々しい男だな、と思う。それにしてもちょっとでも一緒にいたいとはなんだ? と不思議に思ったが、そういえば同室で暮らしていることはさすがに知られていないのだった。実際のところ、口実どころかもっと馬鹿馬鹿しい理由だったのに、その張本人に謝ろうとするなんて間抜けな話だ。このゴリラには俺たちと一緒に合コンができただけでよかったと思ってもらうしかないな、とさまざまな方向に目を瞑ることにした。
「だから謝っといて欲しい。もしよかったら詫びに飯でも奢らせてくれ」
「三人で飯?」
「いやならいいんだ。単にオレの気持ちの問題」
「でも今月は忘年会二十回ぐらいあるだろ?」
「十八回だよ」
「滅茶苦茶だな」
「卯木だってそんなもんだろ?」
「十二回」
「えー?! 絞ったな?」
「外せないやつだけ仕方なくね」
「うーん、スマート」
「世間的には十分バカの回数だよ」
「そうかも。じゃあ新年会にするか」
「新年会は何回?」
「今のとこ十二回。余裕あり」
「忘年会の取りこぼしでまだ増えるだろ。でもそうだな、茅ヶ崎にも聞いておくよ」
口先だけの社交辞令にしてもいいけれど、なんとなくたまにはいいかとも思ってしまう。
「おう! 頼んだ!」
このいかにも喜ばしそうな声色の切り替わりは人好きがするだろう。本当に元気がいい。非常に鬱陶しい。
「はいはい」
「あともう一個話があってさ」
「なんだ。次が本題か」
「明後日の忘年会は卯木も来るよな?」
「嫌だけど行くよ」
「十二月六日ってなんの日か知ってるか?」
「何? 聖ニコラウスの日とでも答えておけばいい?」
「すごいなお前。さすがに話が速い」
「まさか余興とか言わないよな」
「言います」
「はあ」
「ため息ついてるけどさ、お前に関係あると思ったから言ったんだよ」
「今年うちの課で余興の話なんて聞いてないけど。そもそも若い子も結構来るだろ?」
「うん、まあまさにその話。若手は課なんて関係ないからな」
「で?」
「女装でダンスさせられるらしいよ。坂系の」
「へえ。かわいそうに」
「お前は変則社員だから回避してきただけで俺は去年までやってたからな」
「お前は今年も何かやるらしいじゃないか」
「まあそれはそれ」
「はあ。で、それと俺になんの関係が?」
「取引先のジジイが、例の会社紹介見て茅ヶ崎くんって子もくるんだろうって言ってきたらしいんだよ。まあこうなると少なくとも出席は強制だからな」
「……」
「ほらな、必要な情報だったろ?」
得意げにそう言った彼の肉厚の手の中に、まだ開いていない缶コーヒーが埋もれている。
「あいつもその坂系ってやつ、させられるの?」
「そりゃあこのままだとセンターだろうな」
「回避させてやれってこと?」
「いやお前が嫌なんじゃないかと思っただけだよ。俺は全然見たいよ。茅ヶ崎センターの丸の内坂フォーティーシックス」
「……」
まだ半分残っていたコーヒーを飲み切って、カコン、と分別ゴミ箱に缶を捨てた。「ごちそうさま」と言うと、「いただきます」と返ってきて、やっと今頃缶を開けていた。
「だからさ、聖ニコラウスと西洋なまはげに扮装してクリスマスソングでも歌って、最後にプレゼントですーって粗品配る係やらないか? 合コン仲間のよしみでさ」
「さっきその件は謝るとか言ってなかったか?」
「謝るし、だから回避方法も考えたって話だよ」
「はあ……。で、西洋なまはげってクランプス?」
「それそれ。俺とお前でなまはげやって、茅ヶ崎がミニスカ聖ニコラウス」
ふざけるのはいい加減にしろ、という想いを込めて目を動かした。
「怖いって。ミニスカは冗談だよ」
「わかったよ」
「卯木の人間味あるとこ見られて嬉しいなあ。なるほどなるほど」
「バカなこと言ってないで戻るぞ」
コーヒーを飲んで戻るまでの時間は予定の倍以上かかってしまった。
この頃面倒なことになってばかりだなと呆れながら仕方なしに仕事をまとめ、ついでにその衣装を検索する羽目に陥った。
「せんぱい……」
「おかえり。やけに疲れてるね」
部屋に帰ってくるなり、至は千景の座る椅子の足元にへたり込んだ。綺麗な顔をこれでもかと歪めている。
「ただいまです……。絶望。絶望。この世の終わり。弊社今すぐ爆発しろ」
「何」
「きいてくれます?」
「くれない」
「あのですね、もうほんと絶望なんですよ」
「……」
千景が知らんふりをしていると、至は目をしばたかせて断りもなしに千景の膝に両手を置いた。愚痴を聞いてくださいのポーズ、といつも本人が言っている。
「俺、アイドルグループに加入することになりそうです。もう無理まだギリ決定してないけど回避できる見込みゼロ」
「へえ、そりゃおめでとう」
「めでたいわけあるか」
瞬時にキッと睨むような視線を寄越すのも面白い、と千景は思う。
「ご乱心だな」
「そりゃそうでしょ、ただでさえダンスは苦手なのに……」
「たしかに」
「そうです。これ以上なく確かなことですよ。てかもはやダンスがどうとかそういう問題じゃない。ないんです。俺が加入しかかってるのは丸の内坂ふぉーてーしっくすなんですよ!! 先輩知ってますか?! 坂◯系グループってやつを!!」
「知るか」
「でしょうね?!」
「いちいちうるさいな」
「えーん、えーんえ~~~~~~ん」
千景は至にどこまでこの茶番を続けさせようか考えて、もうしばらく泳がせておくことにする。
「で? なにするの?」
「◯道系グループっていうのはですね? 清楚ギャルゲの制服みたいな衣装着たきれいな女の子たちが大挙して歌って踊るアイドルなんですよ」
「へえ。茅ヶ崎って女の子だったんだ」
「んなわけありますか!」
「それはわからないだろ」
「ええ?! いや、それはそう! そうですね!? でも俺に関してはもう先輩はわかっててくれてもよくないですかっていうね?!」
百面相を見るのは楽しい。
「で?」
「先輩もご存知の通り、本来いつも新入社員とその一個上ぐらいの子たちと一部の浮かれポンチがやるやつなんですよ」
「へえ」
「それを、おま、おま……取引先の◯◯社のおぢが……おぢが俺を指名してきやがって……はあ、終わった。終わり。この世、終わり。むしろ終われ」
「で、それを俺に言ってどうしたいの?」
「エ? まってまって先輩さすがにひどくないですか? せめて笑ってくれるとか、こう、いつもみたいに揶揄ったりとかして、どーにか面白いテンションになるようになんかこう? ないんですか? 変えられない未来でもせめてこう、なんか、ほら! あるでしょうよ」
人の膝を握ったり叩いたりしていた両手を離し、よくわからない動きでこう、こう、と必死に空中を捏ねている。
「なんだ。回避させてくれってお願いしてくるのかと思った」
「――――え?」
「ん?」
「それ、もしかしてお願いしたら回避させてくれるやつですか?」
至は急に立ち上がり、椅子にもたれる千景をまっすぐに見下ろした。その必死の視線を受け止めながら、千景はもったいぶるように両手の指を絡めてみせた。
「まあできなくはないかな。貸しイチ、としてひとつぐらいお願いはきいてもらいたいけど?」
「もちろんですなんでもしますお願いします神様サンタ様千景様」
至は再び床にへたり込んで、祈るように指を組んでいる。今度は瞬きもせずに一心に目を見つめて。
「なんでもするんだ?」
「しますしますなんでもする。しますよ。ゲーム時間減らしてまで下手なダンス練習して女装を世間に晒すぐらいなら先輩のお願い聞く方がまし」
「お前俺のこと舐めてるだろ」
「そんなことはございませんっ!」
いつからこうなったのかと呆れていると、至はまた千景の腿に両手を置いた。完全に舐められている。
案外悪くない。
「実は指毛ゴリラがね」
「指毛ゴリラ」
「覚えてるだろ、合コンしたあいつ」
「あー……指毛ゴリラだ」
「ただの悪口」
「それどっちかというと俺が言うやつじゃないですか?」
「あいつは割にいいやつだよ」
「先輩日本語下手になりました?」
「助けてほしいんじゃなかったの」
「ウソですすみません指毛さんがどうなさったんでしょうか」
「十二月六日って何の日かわかる?」
「現状では女装してセンターで踊る日ですね茅ヶ崎至子ちゃんが」
「握手会もあるの?」
「もう!! せんぱい!!」
繰り返し叩かれて腿が軽く痛む。
「はいはい。聖ニコラウスの日って知ってる?」
「しりません、はい。解説待ち顔」
「聖ニコラウスはサンタクロースのモデルになった聖人でね、その日はまあもう一つのクリスマスというかむしろなんならクリスマスの起源かな。子供のいる家を訪れてその年いい子だった子にはお菓子なんかをプレゼントして、悪い子にはお仕置きをするっていう行事がある」
「へー」
「まあ宗教改革以降は二十五日に移ったからね」
「なるほど?」
どうでもいい話を聞いている時の顔だな、と思いながら、実際どうでもいい話なので流しておく。
「今もドイツやフランスのアルザスとかロレーヌでは聖ニコラウスのイベントが残ってるよ」
「え、じゃあ二回プレゼントもらえるんですか?」
「発想が子供だな。まあオレンジとかチョコレートとかそんなものぐらいだけどね」
「へー……それで?」
「で、その聖ニコラウスにはクランプスっていう悪魔の相棒がいる」
「悪い子にお仕置きをするのがその悪魔ってことですね? それは理解」
「そう。それをね、指毛が提案してきたって話」
「提案?」
「合コン仲間のよしみで茅ヶ崎に聖ニコラウス役やってもらうのはどう? ってさ。要するに余興タイムのトリに粗品配る係」
「えっっっっっっ! やる! やり! ます!!」
「衣装はミニスカサンタでも?」
「えっっっっっっっ! いやです!!」
「いやなんだ?」
「あ”~~~~?! 嫌すぎるけど丸の内坂よりはマシなのか……っていうか聖ニコラウスはどう考えても男だろ……なんでだよ指毛……」
「まあミニスカサンタは冗談らしいよ」
「じゃあなぜ今言ったし」
「面白いから」
「ただのいじめっ子なんですよ」
「そうだよ」
「ハァー!」
「で、指毛と俺が悪魔役するかって話に」
「二人ともそのままでいいんじゃないですか?」
「お前そんなに至子ちゃんになりたいの?」
「ごめんなさい嘘です」
「クリスマスソングぐらいは歌わされるだろうけど諦めろよ」
「うへえ、背に腹は変えられん。何歌うんですか?」
「さあな。指毛にきいてくれ」
「絶対ユーミン」
「あー……、余興もちょうど八時ぐらいか」
「先輩が接待カラオケで懐メロ鍛えられてるのほんと草なんですよね」
「社畜だからね」
「はーでも全然マシ。全然マシですよ。このアイドル衣装男女共通Lサイズ、無理やり渡されたけど無駄になっちゃったなあ♡」
「そのブサイクな紙袋、衣装か」
「です。いやー残念残念。もったいないことしました♡」
「ふうん。ねえ茅ヶ崎」
「なんですか?」
「なんでもいうこと聞いてくれるんだよな?」
腿に置かれた手を掬い上げ、その手のひらを指先で擽った。
「それ、みんなの前で着るのと、俺の前だけで着るの、どっちがいい?」
「……先輩、やっぱり悪魔でしょ」
「お前が悪い子だからだよ」
至の手のひらがじとりと湿り、千景の指先は今日一番あたたかい。