そんなの無理に決まってる/グルアオ「グルーシャさん、好きです!
…あの、私と 付き合ってください」
小さく震える原因は、きっと雪山のサムさのせいだけじゃない。
勇気を振り絞って想いを伝えようと必死な姿に、ぼくは胸を打たれる。
それと同時にアオイもぼくと同じ気持ちだったんだと知って、心の底から嬉しかった。
相手が誰であっても平等に見せてきたその笑顔が、鈴が鳴るように可愛らしいその声が、全部 全部 ぼくだけに向けてくれたらいいのにって、密かに思い続けていたから。
だからこそ、ぼくの答えは最初から決まってる。
「うん。これからよろしく」
彼女の告白にそう返事をすれば、ふわりと咲く花のような笑顔が現れた。
パルデア中でこの笑顔を見られるのはぼくだけだ。
ぼく以外、いるわけない。
幸せだ。
今までの人生で感じたことないくらいに。
頭の片隅で鐘が鳴る音が聞こえるけれど、きっと幻聴なんかじゃない。
大切にすると、小さな手を両手で握りしめながらアオイに誓う。
ぼく以外は何もいらないって思うくらい、愛して愛して愛し尽くすから。
だなんて考えていたけれど、ぼくは完全に忘れていた。
アオイが八歳も年下の 未成年だということを――
「グルーシャさん、こんにちは!
今日も遊びに来ちゃいました」
溌剌とした笑顔でやってきたアオイは、ライドポケモンをボールに戻すと、ぼくのところまで走ってきた。
そのままの勢いで抱きつこうとしてきたのを、一歩下がって制止させる。
一瞬彼女の顔が曇ったけれど、わかってほしい。
ぼくは成人男性、あんたは未成年の女の子。
手を出したらぼくが捕まる。
だから付き合ってから二ヶ月経ったけれど、ハグどころか手を繋ぐことすらしていない。
「あ…そうだ。今日調理実習でカップケーキを作ったんです。
中で一緒に食べませんか?」
なんとか作った笑顔で鞄から包装された袋を取り出すと、ジム内にあるぼくが使用する待機室で食べようと言うけれど、ぼくはあそこのベンチで食べないかと提案する。
するとまた すっと彼女から笑顔が消えた。
…付き合う前、なんとかアオイの気を引こうと、限定のお菓子だとかの食べ物を利用してここに何度も呼びつけてきた。
だけど今は恋人同士だし、密室で二人っきりだとか危険過ぎる。
絶対に我慢できずに深めのキスをがっつりやってしまうだろう。
それだけじゃ済まない可能性だって十分ある。
いや、そうなる自信しかない!
…堂々と言っていいことじゃないな。
とにかくそんな危険な状況下にアオイを置くくらいなら、サムくても外で会わないと。
だから付き合ってから会うのはジムの外。
「…自販機からココア買ってくるから、あそこで待ってて」
そう言ってジムの受付に設置されている自動販売機まで走って買いに行こうとした瞬間、腕を引っ張られて止められた。
なんだと思ってアオイの方を見れば、あの丸くて大きな目から溢れんばかりの涙が溜まっていて…。
「あ、アオイ!?なに、どうしたの?」
予想外の状況に慌てて手袋を取ると、彼女の涙拭う。
何度拭っても止まらなくて、一体どうすれば泣き止んでくれるのかと狼狽えた。
「お願いだから、泣き止んで。
…泣かれたらどうしたらいいのか、わからない」
両肩に手を添えて顔を覗き込むようにしてなだめても、こうかはいまひとつ。
いや、涙どころか鼻水まで出始めたから悪化した。
前に拗ねたアルクジラの機嫌を直した時のように彼女の頭を撫でていれば、ぼそぼそと小さな声で呟いたような気がする。
「え、何?何か言った?」
そう聞き返せば、嗚咽混じりの声でアオイが必死に言葉を紡ぐ。
「やっぱりっ、おっぱいおっきい セクシーなお姉さんが、うぅ すき、なんですか…?」
「は?え、何だって?」
「おっぱい大きくないから、手を出してくれないんですか!?」
突然の大声で耳がキーンとなって、一瞬 何も聞こえなくなった。
そしてアオイのあまりの大声に、上にいるジムスタッフやポケモンセンターで働く人達が集まってきては、ぼくらの様子を確認するため見下ろしてくる。
なんでもないから、さっさと自分達の仕事に戻ってよ。
居心地の悪さにいてもたってもいられず、未だに泣きじゃくるアオイを連れてナッペ山ジムの裏口へと行った。
「悪いけど、ちゃんと説明して。
なんであの流れから胸の大きさがどうとかの話になったわけ」
裏口に置かれた木箱に並んで座り、彼女の背中を撫でさすりながら問いかける。
涙に濡れる瞳を向けながら、アオイは話し始めた。
「クラスの子に、言われたんです…。
付き合ってるのにキスもしてないのおかしいって。
手も繋いでくれないとか、好きじゃないからだって」
誰だそんな余計なことをアオイに言ったのは。
「そうなのかなって、友達と一緒にインターネットで調べたらグルーシャさんの昔の熱愛報道の記事が出てきて…。
その人のおっぱい、すごく…おっきくて!」
終盤はまた叫ぶように話す内容を聞いて、ぴしりと体が固まった。
…身に覚えがあるやつだ。
なんでよりによってそれが。
「絶対零度トリック、夜の街でも華麗に技を決めるのかって、どういう意味ですか!?」
いや、それはぼくも知らない。
誰だそんなサム過ぎる見出しを書いたのは。
もう少しマシなのにしろよ。
「一体、あのメロンみたいなおっぱい持ったお姉さんに何したんですか!!
私もあれくらいおっきくならないと、ダメですか!?」
おっきい、おっきいって言うけど、あれ ヌーブラで寄せて上げてただけだから。
脱がしたらそうでもなかったし、それで萎えて何もしないで帰ったし…、いや 問題はそこじゃないな。
「なんで、なにも言ってくれないんですか…。
私に魅力がないから手を出してくれないんですか?」
今にも消えそうな声を聞いて、改めてアオイはまだたった十四歳の女の子なんだと理解する。
ちゃんと言葉で伝えてあげないと、不安になるのは当たり前だ。
ぼくはマフラーを下にずらしてから、片腕を彼女の背に回して抱き寄せる。
あんたが考えていることは、絶対に違うって伝えるために。
「ごめん。今までアオイに触れてこなかったのは、魅力がないとか、そんなんじゃない。
あんたはまだ未成年だから、ぼくから手を出したら犯罪になるとか色々理由はあるけれど、一番はアオイを大切にしたいんだ。
自分の欲望ばっか優先して、傷つけたくない」
「じゃあ、告白してから手も繋いでくれないのは…」
「ぼくだって好きな子と手を繋いだり、キスしたり、それ以上のことだってしたいって気持ちはあるよ。
だからこそ、手を繋ぐだけじゃ止まれないのもわかってたから、ずっと我慢してたんだ」
元々、アオイが大人になるまで好きだと伝えるつもりもなかったことや、こんな大事なこと最初にちゃんと言わなくてごめん と伝えれば、断れなかったから嫌々付き合ってくれていたのかと思っていたと返される。
「アオイが思っている以上にぼくはあんたのことが大好きだから、それだけは絶対にない」
彼女の肩に触れる手に、力が入る。
ちゃんと本心が伝わったのか、ようやくアオイが安心したような表情を浮かべた。
それを見て、もしあのままちゃんと伝えていなければ、破局に向かっていたんじゃないかと思い 身震いした。
アオイは涙と鼻水をハンカチで拭うと、ぼくの方を見上げる。
「だったら、これならいいってことですよね?」
なんのこと?と聞き返そうとした時、ぐいっとマフラーが引っ張られて、急なことで対応できないでいると、唇にふにっとした感覚が当たる。
と同時に、少し塩っぱい味がした。
アオイとの距離がまた離れると、彼女はまっすぐな瞳で言ってのける。
「グルーシャさんからがダメなら、私から手を出します。
それならいいですよね?」
にっこりと笑顔でとんでもないことを言い始めた彼女に対して、文字通り 開いた口が塞がらない。
全然わかってないし、なんでこんな…。
人の気も知らないで。
「ぼくはちゃんと言ったのに」
右手をアオイの顎にかけながら、肩に添えてた左手をアオイの頸に移動させ、勢いよく引き寄せる。
合わさった唇から舌を入れると、彼女の体が震えた。
愛おしい子から口付けられて何もしないとか――
そんなサムいこと、できるはずがないんだ。
終わり