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    紫蘭(シラン)

    @shiran_wx48

    短編の格納スペースです。

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    POIPOI 85

    紫蘭(シラン)

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    グルアオSS集。
    9〜11月分はこちらにぽいぽいしていきます。

    9〜11月度グルアオSS集『シュガーキス』


    ナッペ山ジム内にあるぼくが普段使用する控室に、アオイを呼んだ。
    元々ここで会う約束をしていたわけでもなく、たまたま彼女がぼくにポケモン勝負をしにやってきて、終わった後はすぐに帰ろうとしていたから引き留めたんだ。
    アオイがこんな雪山まで来てくれる機会なんてそうそうない。
    …だけど、ぼくはどうしても彼女とは少しでも長く過ごしたくて、お菓子があるから一緒に食べようと誘ったんだ。断られるかと思ったけれどあっさり承諾してくれて、今ぼくの隣に腰かけながらムクロジクッキーをもぐもぐ食べている。
    ホシガリスみたいで可愛いなと思ったと同時に、こんな男と二人っきりになるような密室にのこのこやってくるなんて…という呆れが出ている。
    いや、これは呆れなんかじゃないな。ここまで無防備でいられると、ぼくのことは異性として認識していませんと言われているような気がして、かなり気分が悪い。

    誘ったのは自分自身だけど、その一点に非常にもやもやする。
    チルタリスの頭上に位置していた結晶が砕けた瞬間から、ぼくはあんたのことしか考えられなくなったのに。
    …いや、年下相手にサムすぎるだろ。

    だけど、やっぱりアオイには異性として意識されたい。誰に対してわけ隔たりなく明るく接してくれる子だからこそライバルはきっと多いし、彼女がわざわざこんなサムくて何もない場所に来てくれない限り、進展なんて難しいこの状況をなんとか打破したい。

    だからこそ、ぼくは一か八かの賭けに出た。

    口元についていたクッキーのかけらを取るフリをしながら、ぐっと顔を近づける。至近距離まで接近すれば少しでも意識してくれるんじゃないかと踏んだけど…彼女からの反応はない。
    目をまんまるにしながら、ぽかんと口を少し開けてこっちを見ている。

    「…ちょっとは拒絶するとか何か反応しなよ。このままだとキス、しちゃうんだけど」

    まさかこうやって口にしないとわからないのか?そこまでぼくって男として見られてない?そんなの…。

    「あ、あの…嫌じゃない場合はどう、したらいいですか?」
    「は?」
    「い、嫌じゃない…です。グルーシャさんとキスをするのは…」

    目の前の彼女の顔は、見たことないくらい真っ赤に染まっている。ぼくとキスするのが嫌じゃなく、さらにこんなリアクションをするってことは、期待してもいいのか?

    「…だったら目を閉じて。それがキスする時のマナーだよ」

    素直に瞼を閉じて待機するアオイに、ぼくは激しく動揺した。だけどこのチャンスを逃したくなかったから、最後の距離を詰め 彼女の小さくてふっくらした唇に触れた。

    ほんのり甘くて柔らかい感触に、止まらなくなりそうだ。


    終わり

    ☆☆☆

    『憧れだけで終わらせないで』

    隣に座る自分のと比べたら随分華奢な肩に触れた瞬間、ぶるりと震える様子を見て思わずため息をつく。すると気まずそうな表情でぼくの方を見上げながら、彼女は小さくごめんなさいと呟いた。…別に謝ってほしいわけじゃない。だけど、ぼくはいつまでこうお預け状態のままでいなくちゃいけないんだ?


    六年前ぼくはアオイと出会い、その二年後に彼女に好意があることを自覚した。でも当時まだ十四歳の女の子にぶつけていい感情じゃないことは十分理解していたから、ぼくの気持ちが悟られないよう必死で隠し、年上の頼れる男風を装いながら彼女と接してきた。でも横から掻っ攫われるのだけは嫌だったから、交流を深める間 ちゃんとぼくを異性として認識してもらえるように、じっくりじっくり仕掛けてきた。

    その努力がやっと実って、三ヶ月前 アオイがグレープアカデミーを卒業したその日に彼女から好きだと告白された。その時のアオイは本当に可愛くて、あぁぼくの人生って捨てたもんじゃないなって実感した。
    やっと彼女をぼくのものにできる。でも付き合ったからといっていきなりがっつくのもサムいしと考えた結果、アオイのペースに合わせて進んでいこうと決意した。ぼくが初めての彼氏らしいし、尚更怖がらせないために、ゆっくりと。でも、三ヶ月もしたらぼくの家に泊まって二人っきりの夜を過ごせたら…とかなんとか考えていたけど、現実はそう甘くなかった。

    ある日抱き寄せてキスをしようと触れたら、ものすごい勢いで避けられた。驚いて手を前に出せば、化け物でも見たかのような声で悲鳴をあげられた。

    「え、どうしたの?」

    アオイの挙動がおかしすぎて慌てて尋ねたら、彼女は涙目で呟いた。

    「あ、あのグルーシャさんがかっこよすぎて…。まともに見れないです」
    「は?」
    「だ、だってずっと憧れていた人だから、ちょっと恥ずかしくて…!ごめんなさい。もう少し待ってください」
    「わ、わかった…」

    念願叶ってやっと恋人同士の触れ合いができるようになったのに、まさかのアオイから待ったがかかった。ここで強引に行くのもよくないしと無理矢理納得して、彼女の心の準備が整うのを待った。待って待って、気がついたら付き合い始めて三ヶ月が経過し、未だに手すらつなげてない。

    一ヶ月ごとに理由を聞いても、同じ答えが返ってくる。

    「グルーシャさんと一緒にいるのが慣れなくて。あなたに触れられるとドキドキしすぎておかしくなっちゃうんです」

    毎回頬を真っ赤に染め、やや俯きながらそんな初心なことを言うアオイを可愛いと思いつつも、心の声がだんだん大きくなってきたのも事実だ。
    ぼくは一体いつになったら、アオイと恋人同士の触れ合いができるんだ?と。
    ある日、とち狂ったぼくは、ハルクジラにその相談をしてみたけれど大きな体を揺らしながら戸惑う姿しか見れなかった。いや、あの時は無茶苦茶なことを聞いて、本当にごめん。


    いつかは慣れてくれるだろうと、なんとかポジティブに考えて彼女に触れようとしているけれど、結果はこの通り。自分のせいでとだんだん申し訳なく思い始めた彼女から謝罪されるが、無理矢理押し進んだとしても意味なんてないしな…。

    いつも通り今日のところは諦めて、また今度ぼくの家でデートする時に挑戦しよう。そう、諦めて映画か何か見ないかと提案するために口を開いた時だった。
    頬を赤らめながら、ぼくが着ているタートルネックの袖口を軽く掴み、上目遣いでアオイがこっちを見つめている。その瞬間腹の底から湧き出てきた 彼女を無茶苦茶にしたいという欲求に必死でストッパーをかけながらどうしたの?と問いかけた。

    「グルーシャさんには、本当に申し訳ないと思ってるんです」
    「…本当に大丈夫だから。誰だってペースちがうんだし、気にしないで」
    「で、でもこのままじゃダメなままだと絶対に思うんです。だから!お願いします!」

    そう大声を上げたかと思えば、アオイはつんと唇を突き出すようにして目を閉じた。は?え、本当にこのまましてもいいの?突然湧いてきたチャンスに、大いにテンパる。

    ソファの上で向かい合うように座り直し、アオイを見つめる。キスを待つ顔がなんかエロい。そうか、ぼくはやっとアオイとキスができるのか。
    繰り出し続けたエコーボイスのように、心音が激しさを増していく中 彼女の両肩に手を乗せ 徐々に距離を詰めていく。あと少し。あとほんのちょっと近づけば、ふっくらと柔らかそうなこの子の唇に…――

    「や、やっぱりちょっと待って…」

    自分から許可を出したにも関わらず、往生際悪く撤回しようとしていたけれどもう止まらない。ぼくはどれだけこの日を待っていたと思う?自分でもこのままじゃダメだって言ってたくせに。

    「嫌だ。もう待たない」

    アオイの体を後ろへ優しく押し倒すと、最後の距離を詰める。ぼくを見てカッコいいと思ってくれるのは嬉しいけれど、そこで足踏みし続けるのは勘弁してほしい。ぼくだって男だ。好きな子とはたくさん触れ合いたい。だから、憧れだけで終わらせないで。


    終わり

    ☆☆☆

    『秘密の宝物』

    「…ありがとう、ございました」
    「うん。もう少しだったね。わざのチョイスは良かったけど、不意をつかれてからの判断がちょっと遅かったかな。ツンベアーのアクアジェットを受けてから、あんたのペースがどんどん崩れていったし」
    「まさかみずわざを覚えてるとは思わなくて…」
    「勝負なんだから想定外のことは起きるものだよ。こおり専門でも、自分の弱点となるタイプに対抗するわざを覚えて対策立てたりするし。…まあ、あんたは結構筋がいいし、これに懲りずに何度でも挑戦しに来なよ。また、相手にしてあげる」

    そう言えば、挑戦者は目を輝かせながら次は勝ちますと力強く宣言する。さっきまで落ち込んでいたけれど、そんな面影は今ではすっかり消え、やる気に満ち溢れている様子だった。そんなコロコロ変わる表情と熱意に、脳内でとある人物の姿が思い浮かんだ。当時在籍していたグレープアカデミーの制服に身を包んだ彼女を。

    …まいったな、あの子に会いたくなってきた。だけど向こうも今仕事中だしな。とそんなことを考えている間に、さっきまで目の前に立っていた挑戦者が笑顔で手を振りながら帰路につこうとしていることに気づく。道中気をつけて帰るように声をかけ姿が見えなくなまで見送ると、ぼくは建物の方へと歩みを進めた。

    ジム内にある控室へ戻り、ソファへ腰かけると自分のスマホロトムを呼び、写真フォルダのアプリを起動した。そこには、たった一枚の写真だけが保存されている。液晶画面に表示されたのは、ぼくの方に笑いかけながらモンスターボールを模したマフラーの飾りを片手で添えるように持つサイドにみつあみをたらした女の子。そんな彼女に対してぼくは半ば呆れたような視線を送りながら、反対側の近い距離で同じポーズをとっていた。


    雪がちらつく中彼女と出会い 何年か経ってから付き合い始めたけれど、あの子の写真好きには驚いた。どこか二人で出かける度に必ず一緒に撮っていた。最初はなんでそんなに楽しそうなのかがわからず、首を傾げていたけれど、彼女曰く楽しい思い出はいつでも見返せるようにしたいらしい。さらにそれだけじゃ飽き足らず、撮影した何枚かをピックアップするとそれらをわざわざ店で現像し、小さなアルバムにまとめるほどの気合いの入れっぷりだった。そんな風にして出来上がったぼくらメインのフォトアルバムは、既に数冊にものぼる。
    最初は写真の何がいいのか全く理解できなかったけれど、彼女からジム戦後に撮影した記念写真のデータをもらってから考えを改め始めた。

    『グルーシャさんと一緒に写った写真はまだまだいっぱいあるので、他にも送りましょうか?』

    マフラーで隠していたはずなのに思いの外喜んでいたことがバレたのか、彼女からそんな提案を受けたけど、ぼくは断った。

    他の写真も全て好きだけど、手元に置いておきたいのはこの一枚だけ。

    当時はまだ何もわかっていなかったけれど、テラスタルの結晶が砕け散り、ぼくのこおりが溶かされたあの瞬間、止まっていた歯車がまた動き始めた音が聞こえた。そして後日同じ地で再会してから、本気で戦うことへの楽しさや、ジムリーダーとしての責任をアオイが思い出させてくれた。

    あれから何年も経過したけれど、この時のことは今でも鮮明に思い出せる。いや、忘れられるはずがないんだ。


    写真を眺めているとドアがノックされ、ぼくは軽く返事をした。すると中に入ってきたのは、書類を持ったとあるジムスタッフだった。

    「すみません。この前記入してもらった書類ですが、不備がありまして…」
    「ああ、ごめん。すぐに書くよ」

    確か近日中に提出が必要なものだったと思うし、早く済ませるため 書類を受け取ろうと手を伸ばせば、彼は目を見開いたまま固まっていた。

    「え、何…?」

    その反応に驚いたぼくは戸惑いながら尋ねる。すると彼は一呼吸置くと慌てたように喋り始めた。

    「い、いえ。グルーシャさんが、いつもより雰囲気が柔らかい気がしたので。…何かありましたか?」

    その言葉になんのことだろうと一瞬考えたけど、画面に写った彼女の写真を見て理解した。だけど、そのことを目の前のスタッフに言うことは憚れたので別に何もないと答え、どこを修正すべきか確認するとすぐに書き直した。スタッフからの確認が終わると、彼は一礼し部屋を出て行った。

    しんとまた静まり返った室内で、もう一度あの写真を見つめる。

    画面に映った愛おしい存在を指で触れてみれば、そんなことをしてもただ固い感触しかないはずなのに、アオイの温もりがダイレクトに伝わってきたような気がした。
    そんなあり得ないことを考える自分はいろいろ末期だなって思うけれど、仕方ないだろ。どんな状況下でも、スマホがあればいつだってアオイに会えるんだから。

    どれだけの時間が経っても、初めて出会った日のことを何度でも思い出すことができるアイテムを眺めながら、今日も彼女に思いを馳せる。

    そんなことをぼくがよくしているだなんて、アオイですら知らない。これはぼくだけの秘密だから。


    終わり

    ⭐︎⭐︎⭐︎

    『悪い子にはお仕置きを』
    最近、私にはハマっていることがある。

    「ぐっるうっしゃさーん!」

    リビングのソファでくつろぐ彼の元へと静かに近づくと、名前を呼びながらキンキンに冷やした両手を水色の髪から覗く耳に当てる。普段のクールなグルーシャさんからは想像もつかないような声で驚いているのを見て、私はけらけら笑った。
    ふふふ。今回もイタズラが成功した。しかもいつものちょっとしたものじゃなくて、大きめのリアクションまで見れるとかラッキー。寒い思いをしながら、氷水が入ったボウルの中に手をつっこんだ甲斐があったな。

    「ちょっと、アオイ!」

    未だに笑いながら冷たい手で耳を触り続ける私が不愉快なのか、グルーシャさんは形のいい眉を中央に寄せながら注意をする。その声色からもうそろそろ撤退を始めないとまずいなと思った私は、両手を離し少し距離を取った。

    「ごめんなさーい」
    「…絶対に反省してないでしょ」

    そんなことないですよって言いたいところだけど、毎回謝罪の言葉を繰り返しながら様々なイタズラをしてきたことから今更白々しいし、私はご機嫌を取る方向に舵を切る。

    もう一度一気に距離を詰めてから両腕をグルーシャさんの首に絡ませると、雪のように白い頬にキスをした。

    「こんなグルーシャさんを見れるのは、私だけって思うと嬉しくて」

    至近距離で横から見ると耳と頬がうっすら色づいていて、その様子から彼も実はまんざらでもないんだなって察した。すると私の中に潜む悪魔が上機嫌に囁いてきた。…もう少し、やってしまってもいいんじゃないかって。
    だから――

    「だから、許してくたさーい」

    そんなことを言いつつも、唇を彼の右耳に寄せると軽いリップ音を鳴らし、最後には軟骨部分を軽く噛んだ。さて、グルーシャさんはどんな反応をするのかな〜?

    わくわくしながら次の反応を心待ちにしていたら、いきなり腕を掴まれて前へと引き摺り込まれてしまう。

    「うわっ」

    前のめりに体重をかけていたせいで、変な声を上げながらグルーシャさんの体とぶつかった。そして痛いと思う暇も与えられずに、今度は私の体がソファの座席部分に押しつけられる。
    目まぐるしく変わる視界にくらくらしつつも見上げれば、グルーシャさんが私に覆い被さりながら見下ろしていた。
    何とも言えない状況に、どきりとする。

    「えっと…あの…退いてもらうことって…」
    「無理」

    そ、即答…!
    何とか逃げ出そうとしても、両手首を掴まれた上に体重までかけられてるから、全く動けない。これはちょっと…まずいかもしれない。

    「ごめんなさい、調子に乗りました!だから、離してくださ」
    「だから無理だって。あんなことしときながら許してって、虫が良すぎるんじゃない?」
    「あ、あんなことって…ただ耳触ったり噛んだりしただけじゃないですか!」

    可愛いイタズラに対してここまでします!?と訴えかけても、力を緩めてくれない。

    「…へぇ。煽っておいて、そんなこと言うんだ」

    煽るって何のこと?と一瞬思ったけど、太ももに押しつけられたもののかたい感触に、私は大混乱に陥った。ななな何でこんなことになってるんです!?

    上手く言葉を出せない私を見たグルーシャさんは、静かに告げる。

    「責任はちゃんと取りなよ」

    声の温度とは真逆の熱い視線を降り注がれながら、グルーシャさんの唇が私の首元に吸い付いた。

    この日を境に、これまで彼にやってきたイタズラの数々を今後一切しないと固く決心した。イタズラって、自分の身には危険が及ばないから楽しいのであって、お仕置きされてまですることじゃない。多分次はもっと大変なことになるだろう。

    あと言い残すことがあるとすれば
    …耳が弱いのなら、最初から言ってくださいよ。

    終わり

    ☆☆☆

    『それでもぼくは(お題:宝石)』

    『もしもし、グルーシャさんですか?珍しいニューラをゲットしたので、今日そっちに行ってもいいですか?』

    朝、ナッペ山ジムに到着したタイミングで、アオイから気になる電話がかかってきた。珍しいニューラってなんだ?

    「え…別にいいけど、色違いか何かを捕まえたの?」
    『それは見てからのお楽しみです!午前中は授業があるので、お昼から伺いますね』

    そんないたずらっ子のような明るい声に対してわかったと返事し、別れの挨拶をすると通話が終了した。一仕事終わったスマホロトムが周りを一周した後、ぼくの上着ポケットの中に戻っていく。
    少し前にリーグの視察と称したポケモン勝負をして以来、アオイから妙に懐かれていた。大体は勝負を仕掛けに来たり、今回のように珍しいポケモンを捕まえたから見せに来たりと様々な理由から、こんな辺境までわざわざやってくる。
    そんな大それたリアクションなんてできてないのに、なんでだろう?他のジムリーダー達と比べたら比較的年が近いからか?と最初は思っていたけれど、そんなの学校の友達の方がよっぽど話しやすいだろうし…。ここへ来たがる理由が気になるけど、わざわざそれを問うのもおかしいかと思い、結局何も聞けてはいない。

    幸いなことに今日は大事な用事もなく、来るかどうかもわからない挑戦者を待つことしかやることはない。…要するにぼくは暇なんだ。だからこそ、彼女の来訪を受け入れた。お昼から来るのなら、紅茶やお菓子のストックは十分か確認しないと。

    自室兼控室として使用している部屋の中に入ると、真っ先にそれらを見にミニキッチンの方へ歩みを進める。
    今日の分はなんとかなりそうだけど、今度ハッコウシティまで買いに行くか。確かハロウィンが近いからか百貨店ではフェアが開かれていて、パルデアではまず食べられない他地方の菓子店も出店しているとスタッフが話していたことを思い出す。

    今まではそんなもの聞き流していたし、誰かがやってくるからと個人的に何かを用意するだなんてこともしない。だけどあの子の喜ぶ顔が見れるならと、ぼくはいつの間にかそんな情報でさえ逃さないようになっていた。

    まあ、学校があるテーブルシティからここまでは遠いし、何にもせずに帰すよりかは…と誰に対してかわからないような言い訳じみたことを心の中で呟きながら、アオイが来るのを楽しみにしていた。

    ***


    「んじゃかぱーん!どうです?グルーシャさんも見たことないですよね!?」

    室内で興奮気味に話すアオイの前には、白と薄紫色のカラーリングのニューラが立っていた。ニューラの色違いはピンク色だから、こんな個体は見たことない。

    「…初めて見たな」

    素直にそう伝えれば、彼女は腰に手を当てながら得意げに笑っている。

    「シンオウ地方がヒスイ地方って、呼ばれていたくらい昔に生きていたヒスイニューラだそうです。で、こっちがその進化系のオオニューラです」

    そう言って別のモンスターボールから出てきたのは、ヒスイニューラと同じ色合いの、手足がスラリと長くてマニューラより背の高いポケモンだった。スリムな体型だねって見たまんまの感想を述べたら、隣にいたマニューラがむっとした表情でぼくの脇腹を軽く殴ってきた。なんだよ、痛いな。

    「いたた。…そんなに昔のポケモンをどうやって手に入れたの?」
    「テーブルシティで、おじさんが珍しいポケモンを見せてあげるから一緒にご飯を食べようって言ってくれたんですよ。なのでまいど・さんどでご馳走してもらった上に、交換までしてくれました」
    「…アオイ、その男の特徴を教えて」
    「えー、グルーシャさんもヒスイニューラがほしいんですか?いっぱいたまごがあるんで、よかったら託しますよ?」
    「違うから。あと、次からはそんな誘いには絶対に乗らないで。本当に危ない」
    「先生にも伝えましたけど、そんなに悪い人じゃなかったですよ?」
    「そういう問題じゃないんだ。お願いだからもう二度としないって約束して」

    ことの重大さを理解していない彼女に対して念押しで言い聞かせると、アオイは渋々頷いた。この子の人懐っこさはいいと思うけど、そのせいで変な輩に絡まれて事件に巻き込まれるリスクも高い。どうにかしてそのことを理解してほしいんだけど、純粋故そこへの警戒心が恐ろしく低いことが悩ましい。それでも再犯防止のためにも、警察にこのことを伝えよう。
    そう、大人としてやるべきことを考えている間にも、アオイは楽しそうにおしゃべりを続けていた。

    「もらったヒスイニューラをジニア先生…私の担任で生物学の先生に見せたら、椅子からひっくり返っちゃったんですよー。そこからこの子達の研究もしたいって話になったんでお手伝いしてるんですけど、ニューラと違うところが多くて面白いんです!タイプはもちろん、進化条件も違ってて…」

    他にも、この前参加した林間学校でヒスイガーディや、かつてはリングマから進化していたらしいガチグマというポケモンにも出会ったらしく、その話もしてくれた。

    「途中までは今いるポケモンと同じなのに進化しなくなっちゃったり、今と昔ではタイプが異なったりするのが本当に不思議で、もっとポケモンについて知りたいから、先生の手伝いがすっごく楽しいんです」
    「そうなんだ」
    「はい!たぶんどれも今すぐにはわからないから、学校を卒業しても研究を続けていつかその謎を解明できたらなーって。
    えへへ。もう、次の夢が見つかったかもしれません!」

    夢という言葉に、一瞬思考が停止する。そうだった。アオイはまだ十二歳の女の子で、何にだってなれる原石だ。まだまだ明るい未来が待っていて、これからもより一層輝いていくんだろう。…こんな、暗く 過去の栄光から落ちぶれたぼくとは違う。

    「そう、よかったね」

    なんとか吐き出した言葉には、思った以上に含みが入っていて激しく動揺した。まただ。何やってるんだよ。もう仕方のないことなのに、どうして…――

    アオイに気づかれないよう、右手を固く握りしめる。

    テラスタルジュエルのようにキラキラ輝くアオイのことが、心底羨ましい。彼女と本気で戦ったことで、ジムリーダーとしてできるところまで頑張ろうと思えた。だけど未だに新しい夢だなんて見つけられていなくて、ぼくはあれから何にも進められていないのに、明るい未来へと駆け抜けようとするあんたのことが憎くてたまらない。

    「また変わったポケモンを捕まえたら、見せに来ますね!」
    「…うん、ありがとう」

    それと同時に、大人として彼女の夢を見守ることも、応援することもできない自分が惨めでみっともなくて、サムかった。罪悪感で吐きそうなりながらも最低なことを考えるぼくに対して、アオイはいつも無邪気な笑顔を向けてくれる。…それを得る資格なんてないのに。

    彼女と会うと、嫉妬や憧れなど様々な感情が渦巻いて心がぐちゃぐちゃになる。そうなるのなら本当はもう会わない方がいいんだろうけど、アオイだけはどうしても手放すことなんてできなくて、彼女に会いたくてしかたがなかった。

    強すぎる光は眩しくて、辛くて温かい。それでも、なんとかして手に入れようと足掻いてしまう。

    …ぼくをこんな気持ちにさせるのはアオイ、あんただけだよ。あんたの輝きはぼくを狂わせる。どれだけ苦しくても、それでもぼくは手を伸ばさずにはいられないんだ。


    終わり


    ☆☆☆

    『何度目かの正直』

    頭の中で何度も繰り返す。グルーシャさん、好きです。付き合ってください。うん、大丈夫。今日こそは、そう今日こそは!雪山でひっそりと佇む建物が目に入ると、ミライドンの背中に乗ったままぺちんと頬を叩いた。よし、いくぞ!

    そうやって気合い十分入ったところで坂を下り、ナッペ山ジムのバトルコート前まで進めば、そこには大きなスコップを持ってせっせと作業をする一人の男性がいた。途端に緊張で震える手を抑えながらミライドンをボールの中に戻すと、ゆっくり歩きながら近づいていく。
    朝早いからか、周りには私達以外は誰もいない。うん、告白するにはいいシチュエーション。だから、今日こそ絶対に言うんだ…!

    なんとか自身を奮い立たせながら、震える唇を動かした。

    「ぐ、グルーシャさんこんにちは!」

    半ば叫ぶような大声で挨拶をすれば、かの美しい人は私の方へ振り向いた。途端にドドドとケンタロスの群れが辺りで走り回ってるのか勘違いするほど、体の中心から音が聞こえてうるさい。
    ま、負けちゃダメ。ちゃんと言わなくちゃ…!

    「すすすす…っごくいい天気なので、私と勝負してください!」




    「で、ポケモン勝負だけして帰ってきたん?そんな馬鹿なことってありえるん?」
    「もう何も言わないで〜」

    呆れ顔のボタンの隣で、私は恥ずかしさから手で顔を覆い隠した。

    「オマエこれで何回目だよ」
    「だって仕方ないじゃん!好きな人が目の前にいたら、なんか…こういろいろ飛んじゃうの!」
    「だからってそんなネモい発言しなくても…。朝一にわざわざ登山しときながら戦った後に即下山とか、ただのバトルジャンキーな一面を相手に見せてるだけだって」

    痛い指摘に喉からへんな声が漏れた。そんなのわかってるけど…!頭ではわかってるけど、本人を目の前にしたらどうしても好きって言えないの!ぐぬぬと悔しさで震えているとすかさずネモがフォローに入ってくれた。

    「えー、でもジムリーダー的にはそんな熱心に何度も戦いに来てくれると、嬉しいんじゃない?普通はジム戦が終わったらそれっきりだし。だから大丈夫!わたしからしたらすごく好感度高いと思うよ!」
    「ネモ〜」

    「いや、それ完全にネモ独自の意見だし」

    ボタンが何か言ってるけど、もうなんにも聞こえない。今はただ、自分の情けなさから目を背けたい。

    「オレもあんましよくわかんねぇけどよ、オマエこのまんまだと普通にヤバヤバちゃんだぜ」
    「もー、それ私が一番理解してる!ネモ!私とポケモン勝負しよう!そうしないとこのモヤモヤは晴れない!」
    「いいよ!戦ろ戦ろー」

    ままならない現状から少しでも逃避するため、私はネモに勝負をしかけた。すると待ってましたと言わんばかりに、快く受け入れてくれた彼女と一緒にグランドのバトルコートまで二人でかけていく。

    「うわー、また逃げたし…。うちらあと何回このやりとり見るんかな?」
    「あの感じじゃーな。卒業までにケリついてたらいいけどよ」

    「私、そんな年単位で引っ張らないよ!ぜーったい明日はちゃんとグルーシャさんに、好きって告白するんだから!!」

    聞き捨てならない言葉に対して大声でそう宣言すれば、二人の視線から『絶対無理』の言葉が透けて見えてきて…。あんまりな反応に、私はその場で地団駄を踏んだ。



    「チャンピオンアオイさん、今日も来てくれたんだね!」

    今日も朝から登山していると、ナッペ山ジムの手前で雪山すべりの受付をしているスタッフさんと出くわした。ここでの寒さなんてなんのその。スーツ姿で明るい笑顔を向けてくれた。

    「おはようございます…。すみません、ほぼ毎日来てしまって」
    「別に気にすることないさ。あいつもきっと喜ぶよ。今からグルーシャを…」

    「来てたんだ」

    突然耳に入ってきた声がする方を向けば、上着のポケットの中に手を入れながらグルーシャさんが歩いてきた。え、ちょっと待ってほしい。私、まだなんの心の準備もできてない!

    「ぐ、グルーシャさん、おはようございます…」
    「おはよう。今日はすべりにきたの?」
    「ふぐぅ!…え、えっと」

    不意に疲労されたこてんと首を傾げる仕草に、大ダメージを喰らう。でもここで負けちゃいけないんだ。今日、ちゃんと私の想いを伝えるんだから!

    「ぐぐぐグルーシャさん…!えっと、私…」

    涼しげなアイスブルーの瞳が、挙動不審な私を見つめる。口から心臓が出てきそう。騒ぎ出す心を落ち着かせるために深呼吸をしようとするのに上手くいかない。
    スタッフさんがそばにいるけれど、ああもうこの際もういいや!今!ここで決める!そう強く決心した私はぐっと唇を噛み締めながら彼の方に向き合うと、口を大きく開いて…開いて…。

    「…ぜったいれいどコースで新記録出しに来ました。へへっ」



    パウダーのように細かくなった雪をあたり一面に撒き散らしながら、急カープをミライドンで攻めていく。二人の前でああ言ってしまった以上、今日は新記録を出すしかない。でも、でも…!

    「私のばかー!なんで言えないのー!!」

    耐えきれずにゴールと同時に大きく叫ぶ。意気地なしな自分が憎らしい。こんなうじうじするのは、私らしくない。だけど、次こそはと私はまた懲りもせず挑むんだろうな。

    東の地方では三度目の正直ということわざがあるらしい。もう三度目どころの挑戦ではないけれど、大好きな人の一番になりたいから頑張りたい。そんな欲深い願望をどうしたって捨てられない私は、また馬鹿みたいに足掻くんだ。

    ***


    「またあんな危ないすべり方して…」

    雪山すべりのスタート地点でそう呟くのは、自身が勤務するナッペ山ジムの主であるグルーシャだ。その声色には心配などが込められているからか、普段よりずっと柔らかい。けれども、彼の目を見れば心のどこかで別の感情が渦巻いていることにすぐ気づいた。目は口ほどに物を言うという、東の国から伝わる言葉がふと頭をよぎる。

    「…何?何か言いたいことがあるなら言いなよ」

    私の視線に思うところがあったのか、彼は僅かに眉間に皺を寄せながらこちらに体を向けた。

    「いいや。ただ、普段ならジムテストを通過して挑戦者と勝負をするタイミングにならないと、一切外には出ないお前がこうやって見学しに来るのが珍しいと思っただけさ」
    「アオイはいいすべりを見せてくれるからね。ぼくにもそう思える余裕が出てきたみたい」
    「…本当にそれだけか?仮にそうだとしても、雪かきを毎朝の習慣に取り入れた理由は?担当していたスタッフにすら絶対に任せなくなっただろう」

    「…そこまで察してるなら、放っておいてほしいな。別に周りには迷惑かけてないだろ。その時が来るまで、ぼくはただ何も知らないふりをするだけだ」

    体をこちらへ向けながらも、彼女への視線は外さないまま淡々と答えるグルーシャに、私は少しの苛立ちを覚える。確かに大人としては、静観するのは正しいんだろう。しかし…。

    「ああやって、彼女を弄ぶようなことを…!」

    彼女の気持ちを知りながら、わざわざ今日は何をしに来たのかと聞き こうしてその反応を楽しんでいる素振りを見せているところが本当に性格が悪い。

    「は?人聞きが悪いな。未成年相手にがっつけってあんたは言うわけ?そんなサムいことするはずないだろ。だからぼくはこうして待ってるんだ。それに弄んでいるんじゃなくて、ちゃんとアオイがぼくのことを好きでいてくれるのか確認しているだけだよ」

    あと三、四年は待たないといけないんだからと続く言葉にため息をついた。私だって大の大人が未成年の女の子相手に、積極的に口説いていけとは言わない。ただああして雁字搦めになるよう仕向けているのが、彼女にとってプラスになるとは思えない。
    チャンピオンランクと言えど、彼女はまだ十四歳か十五歳くらいの子供なんだから。もしかすると、グルーシャへの気持ちは、年上に対する憧れを恋だと勘違いしているだけという可能性も十分ありえるし、この先他の人を好きになることだって――

    「そんなこと、許すわけないだろ。あの子はもうぼくのものだ。ぼく以外の誰にも目移りなんてさせない。その時がくれば絶対に手に入れる。…もう、これ以上大切なものを奪われてたまるか」

    一気に周りの気温が下がったのではないかと錯覚するほど、凍てついた視線が突き刺さる。私のよく知る、現役時代とも違う絶対零度の彼。明るく全力でぶつかってきた彼女によって溶かされていたはずのこおりが、時間をかけてより鋭利で歪なものへと変化していたことに、私はようやく気づいた。

    …もう手遅れなんだろう。

    ゴール地点を通過しながら何かを叫んでいる様子のアオイさんを見て、私はもう一度深いため息をついた。彼女も厄介な相手に好かれてしまったと、少しの憂を帯びながら。


    終わり

    ☆☆☆

    『こらえる』

    「グルーシャさん、寒いです」
    「それだけ薄着だとそうだろうね」
     精一杯の可愛い雰囲気を出しながらの渾身のあまえるを繰り出してみたけれど、攻撃力が下がって甘々になるどころかグルーシャさんからは冷たくあしらわれてしまった。薄着って言うけれど ちゃんと冬用の制服を着てますよって苦し紛れに伝えても、寒いと感じてるんなら足りてないんでしょと正論が返ってきた。
     そうなんですけど、そうじゃなくて! おっかしいなぁー。こうやってか弱いところを見せたら、男の人はころっと優しくしてくれるって聞いたのになぁ……。うーん、もうひと押ししてみる?
    「近くに服屋さんもないので、代わりにあっためてください!」
     というわけでハグを! と飛びかかったけれど、軽く額を鷲掴みにされてしまった。……この技、ビワちゃんが教えてくれたから知ってる。え、なんで私は好きな人からアイアンクローまがいの技を受けてるの?
    「酷い! なんでこんなことするんですかー!」
    「ぼくから離れて」
    「いやです! 抱きしめてくれるまで諦めませんよ!」
    「……そういうのは、マズいから」
    「何がですかー!」
     一面視界が青の手袋に覆われてしまい、何にも見えない。まさかここまで拒否されるだなんて、想定外だ。猛アピールの末せっかく交際がスタートしたのに、キスどころかハグすらできないだなんて!
     
     もしかして、グルーシャさんてスキンシップが苦手なのかな? ……そんなぁ。私はいっぱいしたいし、されたいのにー!
    「うぎぃぃぃ!」
     そんな絶望にも似た気持ちに襲われながらも私は必死で手を伸ばしたけれど、悲しいかな。腕のリーチの差で全く届かず、ただただ宙を掻き分けることしかできなかった。
     
     
     ……とまあ、この後もほっぺにちゅーをしようとしたり、不意打ちで抱きつこうとしてきたけれど、毎回アイアンクローで返り討ちにあってきた。グルーシャさんてそんなに私のことが好きじゃないのかなって、一時期はサンドウィッチをやけ食いするほど真剣に悩んだけれど、私の告白を受け止めてくれたのだから信じようとめげずにこれまで頑張ってきた。
     
     それでもスキンシップを拒否される毎日に心が折れた私は、アカデミーを卒業した日にもう私のことが好きじゃなかったらきちんとフってくださいと泣きながら叫んだ。するとグルーシャさんは無言で鍵を渡してきて、意味がわからずぽかんとそれを見つめていると、彼は静かにこう言った。
    「これ、ぼくの家の鍵。週末はこれを使っておいで。毎週予定は空けておくから」
     これまでの冷たい対応から普通にフラれてこの恋は終わるんだと思っていたからこそ、まさかの行動に驚きが隠せない。それでもグルーシャさんからの好意はまだあると、ほんの少しの望みをかけて次の週末に恐る恐る彼の家へ伺えば玄関先で強く抱きしめられ、そのままキスをされた。そしてその晩には二人で熱い夜を過ごして……。
     そんな怒涛の展開に全くついていけず、今日だけの特別デーなのかなって思ったけれど、一夜明けてからはそれはもうベタベタにひっつかれるように。
     まずは朝起きた時点でがっちり抱きしめられているからグルーシャさんが起きるまで全く動けないし、歯を磨いている間も肩を抱き寄せられたりと、ことあるごとにハグやらキスやらのスキンシップの嵐で頭がクラクラする。
     嬉しいけれど、学生時代とは全く異なる反応と扱いの違いに困惑し、あなたは本当にグルーシャさんなのかと思わず問いかけたくなった。だけど、口にすればこの夢のような日々が終わってしまうんじゃないかという恐怖心から聞けなくて、また自分から触れにいってもいいのかわからず、彼から与えられるものにただ固まることしか出来なかった。
     
     そんな喉の奥に小さな骨が刺さったかのような違和感が抜けないまま、今はソファに座るグルーシャさんの足の間に座らされ、後ろから抱きしめられている。緊張で動けないし、彼が私のうなじ部分に顔を埋めているこの状況がやっぱり理解できなくて、私は勇気を出して問いかけてみた。
    「グルーシャさん。実は誰かと中身が入れ替わってるとかないですよね?」
    「は? ちょっと意味がわからないんだけど」
    「だ、だって前はあんなにスキンシップを嫌がってたのにどうして……!」
    「そうだっけ?」
     なおすっとぼけるグルーシャさんに対して、私は学生時代に寒いと言って抱きつこうとすれば断固拒否されていたことを話した。するとああ あれかと漏らす声を聞いて、私は眉を顰める。あれかって……当時の私は好かれてないって真剣に悩んだのに!
    「なんでかわからない?」
     突如投げられた質問の答えを考えたけれど、全くわからない。そんな私の心情を察したのか、グルーシャさんは言葉を続ける。
    「アオイはさ、もし触れてはいけないものがすぐ側にあればどうする?」
    「え、それは……触らないように気をつけますよ」
    「ふーん。じゃあそれが無防備にしっぽ振りながら近づいてきたら? 目の前まで来て、ちょっかいかけてきたら?」
     腰に回されていた大きな手が、私の体を伝ってせり上がってくる。
    「そ、れは……っん。手を伸ばしちゃうかもしれません」
    「でしょ。だからぼくは我慢してたんだ。アオイに触れたいと思っても、卒業まで手を出しちゃいけないから。でもアオイはそんなぼくの気持ちだなんてお構いなしに来てたよね?」
     お腹、胸、鎖骨と撫でていく手つきがおかしい。こんなのまるで……――
    「だって……ぐるうしゃ、さんとふれあいたかったから……っひぁ!」
    「それはぼくもだよ。だけど、アオイはまだ未成年なんだから、手を出しちゃダメだろ。でも今はもうしなくてもいいんだから、遠慮も我慢ももうしない。する必要もないし」
     顎の下を撫でられたかと思えば首筋にキスをされ、私の体は小さく震えた。
    「我慢してた分、全部出してくから覚悟して」
     ぼくもスキンシップはたくさんしたい方だから、と耳元で囁かれると普段は服で隠れている意外と逞しい両腕によってもう一度強く抱きしめられた。
     そっか。グルーシャさんは我慢してたんだ。子供のわがままに嫌々付き合ってくれていたわけじゃなかったことがわかると、長いこと突き刺さっていたものがゆっくりと消えていく。それに私にずっと触れたいって思ってくれていたことが嬉しくて、口元がゆるゆるのふにゃふにゃになりながら、お腹に巻きつく左腕に手を添えた。
    「えへへ。……グルーシャさんにたくさん触ってもらえるなら、嬉しいです」
     体ごと後ろを振り向くと、彼の首元に飛び込んだ。
     あの日フってほしいと泣いて以降自分からはいけなかったけれど、グルーシャさんが我慢しないなら私もしない。今まで堪えていた分、たっくさんしてもらわなきゃね。
     
     
    終わり
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