さっきの手紙のご用事なあに?(お題•手紙/グルアオ)ジニア先生の授業が始まるからと生物学で使うノートをロッカーから出そうとした時だった。
ひらりと落ちてきた見覚えのない封筒。
封筒の中心部分には私の名前が書かれているだけで、裏を返しても差出人の名前はない。
これってもしかして…!
「えへへ。見てくださいよ、グルーシャさん!
ついに私もファンレターをもらえるようになりましたよ〜」
今日の授業が終わった後、グルーシャさんとポケモンバトルをする約束をしていたから、午後にナッペ山ジムに向かい 時間が許す限りいっぱい戦ってもらった。
その後、今は恒例となった雑談しながらのお茶会の場で、ジャーンと見せびらかせるようにグルーシャさんの前に出した。
けれど、目の前の人からはふーんと心底どうでも良さそうな返事しか返ってこなかった。
「何かもっとリアクションしてくださいよ。
私初めてもらえたんですけれど…」
「そんなことぼくに言われても。…関係ないし」
まあ、それもそうなんですけれど…。
なんというかもうちょっとよかったねとか、なんとか言って欲しかったんですけれど…とこぼしたら、求める相手間違ってない?と言い返されてしまう。
返す言葉もなく、私は口を閉じた。
「で、なんて書かれてたの」
「まだ読んでないです。初めてもらったファンレターなので、寮に帰ってからゆっくり読もうかと」
楽しみだとつけ加えれば、またふーんと言われて控室内が静まりかえる。
なんだか気まずくなり、もう少し話題を広げてみた。
「…グルーシャさんはファンレターいっぱいもらってそうですね。
ちゃんと返事ってされてるんですか?」
「プロボーダー時代に比べたら全然ないよ。
で、返事も書いてない。それしていらないトラブル招きたくないし、ぼくがポケモン勝負で勝つところを見てもらうことが、一番の返事の代わりだと思うから」
「え、かっこいい…」
素直に感想を伝えたら、またはあ?って意味がわからないと言いたげな表情をされる。
大体呆れられているのがほとんどだけれど、初めて会った時よりいろんな顔を見せて、結構気さくに接してくれるようになったな…としみじみ感じた。
最初は本当に氷像みたいに無表情で、なおかつ美人さんだから余計に迫力があって怖かったし…。
なんだか嬉しくてうふふと笑っていたら、気持ち悪いと言われてしまう。
気さくに接してくれるけれど、辛辣さも増してる気がする…。
まあ、でも他の人にはここまでの態度を取っているところは見たことないから、なんだか特別扱いされているようで、ちょっと嬉しい。
「念のため忠告するけど、初めてもらったファンレターだからって返事は返さないことをお薦めする。
一度やり始めたらずっとしないといけないし、途中で止めると余計にファンの間で軋轢生むよ」
最強ジムリーダー様からのありがたいお言葉に、はーいと返事をした。
言ってることは確かだし、ほんとは返事を書きたかったけれど差出人もわからないし、トラブル回避のためやめておこう。
周りには迷惑かけたくないしね。
「で、ぼくはおかわりのコーヒー入れてくるけれど、アオイも追加でいる?」
「ありがとうございます!では、ココアでお願いします」
何度もお邪魔しているからか、いつの間にか私専用のマグカップが用意されていて、それを机の上から取るとグルーシャさんは控室内にあるミニキッチンの方へ行ってしまった。
…あ、なんかちょっとトイレ行きたいかもしれない。
「グルーシャさん、すみませんがちょっとお手洗い借りますね」
「どうぞ」
ファンレターを無くさないよう鞄の中にしまい、念のため断りを入れてから立ち上がると控室内にあるトイレへ向かった。
いつも思うけれど、一つの部屋の中で キッチンやトイレそしてシャワー室まで全部揃っているんだから、ポケモンジムで住むことできちゃうなー。
確か吹雪で家に帰れない時はここに泊まるって、彼が前に言ってたような…。
なんだかお泊まり会みたいで楽しそうだなと口にすれば、またグルーシャさんからあんたは変わってると渋い顔されそうだとを考えながら、お手洗いを済ませた。
手を洗い もといたソファーのところまで戻れば、グルーシャさんはもう座ってコーヒーを飲んでいる。
そして机の上には、湯気立つホットココア。
彼の隣に座るとふーふー冷ましながらさっきとは別の話題で話し始めた。
そして日が暮れる前にミライドンに乗って寮に戻ると、晩ご飯やお風呂だとかを済ませて、いざファンレターの開封をしようと鞄の中を探した。
だけれど、いくら探してもそのファンレターが見つからない。
え、ウソ!?
私どこかに落としちゃったのかな…?
初めてもらったものなのにどうしよう…。
青ざめながらスマホロトムを取り出し、念のためグルーシャさんとのチャット画面でファンレターがジムの控室に落ちていないか聞いてみた。
まだお家に帰ってませんように…。
だけど少しして帰ってきた返事は、無情にも確認したけれどここにはないという内容だった。
…ミライドンに乗っている間、鞄から落ちちゃったのかな。
いや、でもそんなまさか。
それから鞄の中身を全てひっくり返して探しても見つからなくて、応援される側として失格だと泣きたくなった。
謝りたくても差出人もわからないし…。
本当にどうしよう!
まさかの事態に、私は泣きそうになりながら頭を抱えるしかなかった。
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「ファンレターが控室で落ちてないか…か」
アオイから届いたメッセージを見て、思わず口角を上げる。
手にしているのは、今頃彼女が必死になって探しているだろうあの手紙。
アオイはファンレターだなんだと言って喜んでいたけれど、絶対に違う。
ぼくの直感がそう言っているし、第一学校の個人ロッカーにそんなもの入れるわけないじゃないか。
あの子の鈍感さに呆れながらも、今回に関してはかえってよかったと思う。
そのおかげでアオイが目を通す前に、ぼくがこうして阻止することができたんだから。
人の鞄の中を漁り、こうして手元にこっそり取り出したこと自体への罪悪感はもちろんある。
これが本当にファンレターであればきちんと返すし、そうじゃなければ…ーー
シールを取って中の手紙を取り出し、内容を読む。
そこには、学校最強大会で戦っているところを見てかっこいいと思い それがいつしか好きという気持ちに変わっただとか、今日の夕方に中庭まで来てほしいだとか、くだらない内容が延々綴られていた。
案の定、これはファンレターじゃなくて アオイ宛のラブレターだった。
たまたま今日バトルをしようと事前に誘っていてよかった…。
全部読み終わったら、その手紙は封筒ごとビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。
そして彼女には、探したけれどここにはなかったと返信をする。
アオイのことを先に好きになったのはぼくだし、あの子に好きだと言って手に入れてもいいのは世界中を探してもぼくだけだ。
それだけは誰にも譲らないし、許さない。
こちゃごちゃ文句を言うのであれば、徹底的に凍らせてあげる。
…そうだ。今度、オモダカさんに会った時提案しなくちゃな。
チャンピオンランクを含むリーグ関係者向けの手紙は全て、ポケモンリーグを通すようにして、内容を読んで問題なければ各宛先に配布した方がいいんじゃないかって。
まあ検閲行為自体は反対されるだろうけど、内容はなんであれ個人的に渡すのは禁止にした方がいいと、そうしなければ後々トラブルに巻き込まれる危険性を論理的に話せば、あの人だってその部分だけは納得するはずだ。
あとはまたこんなラブレターが来る前に、アオイがぼくだけを見てくれるようにすればいいだけのこと。
「本当は卒業するまで待っているつもりだったんだけどね…」
誰かに盗られるリスクがあるのなら、その前にぼくが全て手に入れるだけだ。
時間をかけながら、せっかく仲のいい 気安く話ができるレベルまで親密度を上げたんだ。
だから、今後はアプローチを変えよう。
あの子が…アオイがぼくのことを意識せざるを得なくなるように。
どんな手を使おうか考えているのが、心底楽しくてしょうがなかった。
終わり