見つけ出してみせるから「ボタン、お願いだから何も聞かずに今から付き合って」
学校の廊下でアオイを見つけたからやっほと挨拶しようと手を挙げた瞬間、小走りで近づいてきた彼女にいきなり腕を掴まれると意味不明な依頼をしてきた。全く状況がつかめてないうちは、ただただ困惑するばかり。
だけど目の前で険しい顔をする彼女を見れば何かあったことは明白で、数年前うちを救ってくれた友達から助けを求められたのなら答えは決まっている。うちは詳細を聞かずに力強くうなずいた。
で、何をするのかと思えば連れてかれたのは、テーブルシティで営業中のとある美容院。……美容院?
「え、ごめん。意味がわからん」
「詳しくは後で話すからちょっと待って!」
隣に座るアオイが店員に声をかければ、店の奥からやってきたのは二つのウィッグ。一つはグリーンアッシュのミディアムパーマで、もう一つはプラチナブラウンのスパイラルパーマのやつ。
うちの前にミディアムの方が置かれると、メイク道具を持った店員がうちに化粧を施し、最後にそのウィッグを被せてきた。鏡に映るのは、眼鏡をかけた全然知らない女の子。
なんでうちがこんな目に合わないといけないのかアオイに問いただそうとすれは、隣にいたのはブルーの瞳を持ったやや吊り目気味の美少年だった。
「……もしかして、アオイ?」
「うん、私だよ! ボタンでも一目で私だってわからないのなら、大成功だね! 思いっきりしてくださって、ありがとうございましたー」
「いいの、いいの。頑張ってね! 応援してるから!」
いやほんとなんの話!? 意味がわからん!
大混乱の中、アオイによって外に連れられると今度はそらとぶタクシー乗り場まで歩き始める。
慌てて何をしようとしているのか説明を求めると、車内で話すと言われてしまい、そのまま彼女は黙ってしまった。意味はわからんけど、普段のアオイらしくない言動に一体何があったのか心配になってきた。いつだって笑顔な彼女がずっと険しい顔をしてるとか、絶対おかしいって。
お互い無言のままタクシーが来るのを待ち、中に乗り込めばアオイはベイクタウンを行き先として告げる。出発でカーゴが揺れると、彼女は泣き出しそうな表情でぽつりと呟いた。
「……グルーシャさん、もしかすると浮気してるかもしれない」
「はあ!?」
ありえんくらいの大声が出たせいで、驚いたイキリンコ達が隊列を乱し バランスを崩した車内が揺れる。慌てて運転士に謝罪をすると、アオイの方へと向き直した。
グルーシャさん。ナッペ山ジムのジムリーダーで、アオイの彼氏。直接会ったことはないけど、彼女から惚気話をよく聞いているから謎に彼の情報を持っている。
数々のエピソードから、彼はアオイを異常なほど心配し、人類全員恋敵と言わんばかりに周りを牽制しまくるヤバイ人……という印象しかない。静かにドン引きするうちとペパーとは対照的に、アオイはあんな素敵な人と両想いだなんて未だに信じられないと呑気に笑っていた。
その傍らアオイのスマホロトムから発する 鳴り止まないメッセージ受信音に、げんなりした。多分グルーシャさんがアオイが今何をしているのか、聞きまくってるんかな……。確か三十分から一時間毎に状況報告せんと電話くるって言ってたし。
ちなみにネモはアオイが彼と付き合いだしたと聞いて、ポケモン勝負が強いからいつでも戦り放題だね! と羨ましがってた。
……やっぱネモいな。アオイから話聞いてその反応て、ほんとすごいなって思う。
そんな、アオイへの愛が重すぎるグルーシャさんが浮気? え、ちょそんなことありえるん? あんだけアオイを愛しすぎて束縛しまくってる人が浮気?
いやいや、ありえんて。
「何かの間違えじゃなく?」
すると目の前に掲げるように見せてきたのは、スマホロトムの画面。距離が近すぎて少し離れてから見てみれば、メッセージアプリの通知画面を撮った写真だった。
「ここ二ヶ月くらい、会いたいって言っても予定があるからって断られ続けていて……。この前久しぶりにグルーシャさんとデートしたら、その通知が来てるの見ちゃったんだ。ちょうど席を外してたから、写真を撮ることしかできなかったけど……」
やたらピンクのハートマークが多く、途中で途切れてるけど次回会えるのが楽しみだとかなんとか書かれているけど……なんか……。
「ちょっと薄くない?」
そう。全文が出ているわけでもなく名前欄には店名も入っているからこそ、浮気の証拠としては少し薄いような……。いやでも店からの連絡で、こんなにハートの絵文字を使うかって聞かれたら確かにって感じだけど。うーん、グレーでは?
「わかってる。だからこそ、これから確認しに行くの」
ぐっと辛そうに唇を噛み締めると、彼女は続ける。
「私だって浮気はしてないと思いたい。
けどやっぱり私は、グルーシャさんと比べたらまだまだ子供だし……大人なお姉さん相手だと全然敵わないって思うし……」
悲痛な表情を浮かべるアオイに対して、思わず彼女の背中を励ますように撫でさすった。毎回惚気話を話すたびに、最後にはグルーシャさんと付き合えてることが信じられないと繰り返し口にしてたけど、もしかしたらあれって不安の裏返しだったんかな……。
側から見たらそんなことありえんと思っても、あれだけ秀美な見た目だと誰かに盗られるんじゃないかってアオイは気が気じゃないんだろな。
「わかった。アオイの気が済むまで付き合ったげる」
「……ありがとう、ボタン。やっぱり一人じゃ怖かったから」
震えてる彼女の手を両手でぎゅっと握りしめると、今回の作戦を聞いた。
トークルームに記載されていた店名をアオイが調べたところ、ベイクタウンにあるカフェらしい。今日グルーシャさんはジムでの仕事を有給使って休んでいるそうで、あのメッセージのことからも今そこにいるんじゃないかとふんで向かっている。
おっ、現場にカチコミか? と思ったけど、とりあえずうちと二人でそのカフェでグルーシャさんが来るかどうかを待つらしい。来たら客のフリして浮気の有無を確認。
もし来なければ、うちがグルーシャさんのスマホロトムをハッキングして証拠を掴もうという話になった。
最初に行われた変装も、相手に気づかれないようにするためだったみたいで……まあする前に説明はほしかったけど、あれだけ切羽詰まってたらしょうがない。
隣で緊張しているアオイを励ましながら、現地に到着するのを待った。
「……いたし」
店内に入ると、遠くの方で水色の髪色を発見した。ネットニュースでしか見たことないけど、そこに載ってた写真と比べて服装以外は一致してたし、なによりアオイの肩が小さく震えたから本人だろうと判断した。
一人で席に座っていたらまだしも、向かい側には綺麗に着飾った女性がにこやかに笑いながらお茶を飲んでいた。
え、マジで浮気しとった? あれだけアオイを束縛しときながら?
正気か?
うちの大事な友達になんてことを……と柄にもない感情が腹の底から渦巻いたけど、ちゃんと証拠を取らないとはぐらかされる可能性がある。ふぅと深く深呼吸をすると、アオイの手を引いてグルーシャさんの背後につける席に座った。
とりあえずサイコソータとミックスオレを頼みつつ、うちは自分のスマホロトムを録画モードにすると、怪しまれないようにたわいもない話をし始めた。
「テストの結果どうだった? うち、家庭科ボロボロ」
「あ、ああっわた……僕は数学がちょっとギリギリだったかな……」
そこからアオイと会話を続けながら、後ろの方へ注意を向ける。こっちとは打って変わって無言なままで、一向に話そうとしない彼らを訝しんでいると、グルーシャさんがやっと口を開いた。
「……で、完成したって聞いたから来たんだけど、いつになったら渡してくれるわけ?」
「今ラッピング中ですので、少々お待ちくださいませ。私、あなたのファンでしたので一度じっくりとお話してみたくて……」
「あんた今仕事中だろ。いいの? 他のスタッフに仕事押しつけてるけど」
「い、今は休憩中ですので……」
……なんか会話がギスギスしてない? 普通浮気相手にこんな冷たい態度取ったりするんかな?
ちらりと向かいに座るアオイに目線を送ると、彼女も不思議そうな表情を浮かべている。
それからも女性側がなんとか話を続けようと話題を振るけど、彼の返事はとんでもなくそっけなく、次第に返事すらしなくなった。
そして最終的に女性がため息つきながら席を立ち、カフェの二階の方へと消えていった。全く状況がわからず二人で頭上にはてなを浮かべるいると、他の店員が注文した飲み物を持ってうちらの席までやってくる。それと同時にグルーシャさんは席を立つと、横を通ってどこかへ行った。
なんか通り過ぎるまでこっち見てた気がするけど、二人で視線が合わないよう 必死で逸らしながらこの前まであった定期考査の話で盛り上がる学生を装った。
彼からの視線が消えた気がすると、テーブルの中心に顔を寄せて話し合う。
「……なんか、違くない?」
「う、うん……」
「やっぱさ、勘違いなんじゃない? 浮気してたらもうちょい柔らかいってか、あんな突き放したような言い方じゃないっていうか……」
「浮気ってなんのこと?」
「ぎぃやぁあ!!」
ぬん、と急に聞こえてきた男性の声に、うちとアオイは迷惑と怒られても仕方のない音量で叫び声をあげた。バクバク暴れ回る心臓部を押さえながら声が聞こえた方を見ると、グルーシャさんがテーブルのそばに立ち うちらを見下ろしていた。
いつの間に戻ってたん!? てかなんでうちらに話しかけて……。
「アオイはなんでこんなとこにいるの? 今日は授業がある日だろ」
金の短髪で青い瞳を持つ、今は誰がどう見てもアオイだとは気がつかない風貌なのに、グルーシャさんは確信を持って彼女の姿を目で捉えながら問いかける。
「な、なんで私だってわかったんですか……!」
「ぼくがアオイを見つけられないわけないだろ。どんな格好しててもすぐにわかるよ」
え、何この人。みやぶるのわざでも覚えてるん? と、どん引きしている側、そんなことを言われたアオイは驚きや嬉しさなどいろんな感情が激しくぶつかりキャパオーバーを起こしていた。顔を真っ赤にさせながらコイキングみたいに口をパクパクさていたけれど、その後に続いた言葉によって瞬時に青ざめることになる。
「で、浮気ってなんのこと?」
形のいい眉が中央に寄せられているところが大層機嫌が悪そうで……これはマズイ気がする。
「え、えっと……その……」
しどろもどろになりながら、アオイはなんて答えようか迷っているようだった。まあ、浮気疑ってここまで来ましたなんて言いづらいよな。二人の話なのにうちが間に入ってもいいのかどうかわからんけど、これ以上追い詰められてる友達を見たくはなかった。だから……。
「あっ、あの! さっきの女性はあなたとどういう関係なんですか? ……個人的なやりとりしてるみたいで、アオイは不安がってるんです。
だっ、だからちゃんと説明を……してください」
声をかけた瞬間投げられた冷ややかな瞳に耐えられなくて、だんだん声が小さくなったけどちゃんと言いたいことは言った。あとはアオイが納得できる答えを出してもらうだけ。当事者ではないのに、心臓がバクバクとうるさい。
「どんな関係かって聞かれても……ただあの人から陶芸を教えてもらっただけだけど?」
「え、陶芸?」
思ってもみなかった言葉にうちらは同時に声をあげると、彼はいつの間にか手にしていた紙袋から小箱を取り出すとテーブルの上に置いた。蓋を開けると中にはペアのマグカップが入っていて、片方は雪の結晶、もう片方は桃色の花が描かれている。
「ここのカフェはニ階で陶芸教室も構えてるみたいだから、卒業祝いのプレゼントをあげたくて作ってたんだ。卒業後はぼくと一緒に住むんだし、ペアのものが必要でしょ」
え、同棲するん? と思いアオイの方を見れば、彼女の顔にも初耳ですとでかでかと書かれていた。……本当に大丈夫なん? 一回今後についてちゃんと話し合った方がいいと思うけど。
「じゃ、じゃああのハートまみれのメッセージは?」
「これのこと? 確かにピンクまみれで鬱陶しかったけど、ぼくからは何も返事してないよ」
はいとスマホロトムの画面を差し出され、そこには一方的に送られていたメッセージの数々で、グルーシャさん側ではほぼ返信はしておらず、あっても はい くらいの自動メッセージ並にそっけないものだった。
仮に削除していたとしても、その旨画面に表示されるタイプのアプリだから、本当に何もないことが証明されている。
……おそらく前に座ってお茶飲んでた人が送ってたんだろうけど、めげずにここまでやり続けたんはすごいな。
「これで疑いは晴れた?」
呆れたようにため息をつくグルーシャさんに対して、アオイは何度も頭を下げながら謝っていた。誤解は解けたようだし、いつまでもうちがここにおったらダメだよね。
「アオイ、うち先に帰ってるね。この際、気になってること全部聞いたらいいと思うよ」
「うん、付き合ってくれてありがとう……。あと今日振り回しちゃってごめんね」
まだ何かあるの? と驚いている彼に小さく会釈し、アオイにお疲れ様でスターと伝えるとうちは外へと出ていく。
ちゃんと仲直りして、アオイが不安がってることがこれで解消されたらいいな。グルーシャさんのアオイに対する気持ちはちょっと歪だけど本物だと思うし。
「あ、髪型戻したら帰りにカップラーメン買ってこ」
次会う時は友達が笑顔になっていることを願いながら、うちはそらとぶタクシー乗り場まで歩いていった。
***
ぼくのスマホロトムに通知が入った。タップして確認すると、アオイがテーブルシティから出たそうだ。いつもならこの時間帯は授業を受けているはずなのに。
彼女のスケジュールはきちんと把握しているから、この行動はおかしい。今からどこに行こうとしているのかメッセージで確認しようとしたところで、目の前のカフェから一人の女性が顔を出した。アオイとペアのマグカップを作りたいと思って申し込んだ、陶芸教室の講師。絵付け後のコーティングが完了し、物を受け渡してくれると聞いたから、今日はそれを取りに来たんだ。
すぐに終わらせてアオイのところへ向かおうと思っていたけれど、講師の女性がなかなか渡してくれずにイラついていたところに、彼女が突然入店してきた。しかもみつあみヘアーじゃなくて、金髪な上かなり髪の毛が短くなっているし、目の色も違う。一緒にいる子も見たことない。二人は店の中に入りぼくの後ろの席に座ると、ぎこちない会話をやり始めていて、ますますアオイの目的がわからなかった。
とにかく目の前の用事を済ませようと女性に強めの催促を行えば、やっとカップを渡してくれることになり、受け取ってからアオイ達のところへ向かった。そこから話を聞くと、ぼくが浮気をしているんじゃないかと疑われていたみたいで、普通にショックを受ける。
……こんなにぼくはアオイのことが好きなのに、どうすればそんな発想になるんだ?
とりあえずそんな意味不明な誤解を解けば、アオイの友達は安心したような表情を浮かべると先に帰っていった。アオイのために付き合ってくれた彼女が言うには、まだ何かあるらしい。
アオイがぼくのことでヤキモチ妬いてくれていたこと自体は嬉しいけど、浮気するようなら男だと思われていたのは心外だ。
何か話したそうにしているアオイを見つめると、ぼくは口を開いた。
「まだ何か聞きたいことがあるのなら、ここじゃなくてぼくの家に行こう。浮気調査しに来たってことは、この後の予定は特にないんだろ?」
「そう、ですけど……」
「そんなに不安なら、今からたくさん教えてあげる。あんた達の分の会計もさっき済ませたから行くよ」
アオイの小さな手を掴むと、店を出てそらとぶタクシー乗り場まで二人で向かう。
アオイがぼくの気持ちを信じられないと言うのなら、それは上手く伝えきれていないぼくの責任だ。だから、じっくりたっぷり教えてあげる。ぼくがどれだけアオイに惚れていて、深く愛しているのかを。
あんたはぼくのこおりを溶かしてくれたんだ。ぼくのアツい想いは、そう簡単には冷めないよ。
終わり