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    紫蘭(シラン)

    @shiran_wx48

    短編の格納スペースです。

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    紫蘭(シラン)

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    グルアオSS集。
    12〜1月分はこちらにぽいぽいしていきます。

    12〜1月度グルアオSS集『寒がりさんと暑がりちゃん?』


     グルーシャさんには、困った癖がある。
     
     ソファに座りながらスマホロトムでナンジャモさんの配信を観ていたら、突然体ごと持ち上げられてグルーシャさんの膝の上に乗せられる。またかと思ったと同時に、右頬にさらさらとした水色の髪と頬が寄ってきた。
    「グルーシャさん」
     彼の名前を呼んで止めさせようとしても思いっきり無視されるし、身を捩って抜け出そうとしても意外に筋肉でがっちりした腕が私の腰に巻きついているせいで全く動けない。
     これ以上足掻いてもただこちらの体力が削られるだけってことはこれまでの経験上わかりきってるので、彼の腕に触れながら口を開いた。
    「暑いです。離れてください」
     相手からの返事はない。
     うん、やっぱりね。わかってた。じゃあこのまま良いようにされるのかって聞かれると、答えはノー。絶対にあり得ないし、許さない。ただでさえ暖房の設定温度をグルーシャさんに合わせてるのに、こうやって引っつかれてしまうと余計に暑くてしょうがない。
     こちらは半袖にホットパンツという服装でこれ以上薄着にはなれないから、抱きしめられる度に毎回すぐに離れてほしいと求めているのだけれど、サムいからやだの一点張りで全く聞く耳を持ってくれない。
    「こんなに暖かい部屋でも寒いのなら、もっと服を着たらどうなんです? 第一、そんなに寒がりなのに下がノースリーブしか着てないとか、意味わかんないです。そんなんだから、体冷えちゃうんですよ」
    「だから、あれはたまたまトレーニングした後だったって言っただろ。いつもあれしか着てないわけじゃないから」
     即座に否定されたけどどうだか。ふんと鼻を鳴らせば、またぎゅっと抱きしめられた。
    「もー、暑いですってば!」
    「ぼくはサムい」
     ああ、そろそろ汗が出始めてくるかもしれない。好きな人には汗臭い私なんて知ってほしくないのに、どうすれば解放されるんだろう。
     何かないかと打開策を考えていると、この前ボタンがネットショッピングで購入した代物について話していたことを思い出す。これならいけそう!
    「そこまで冷え性だと大変ですね。あ、今年のクリスマスプレゼントは、着る毛布にしましょうか? この前買った友達がいつだってぬくぬくで最高って言ってましたよー」
     よし。これでやたら抱きつかれる頻度は減るだろうな。ちょっと寂しいけど、汗っかきな上臭いと思われるよりずっといい。完全にお礼を言われる流れだなと思いつつニコニコと笑いかけたら、グルーシャさんはとても渋い顔をしていた。
     え、なんで? と聞く前に出てきたのはとんでもなく大きなため息で、さらには……――
    「ほんと鈍感」
     そう呟いたっきり、グルーシャさんは私の首元に顔を埋めたまま動かなくなった。
     
     しんと静まりかえった室内で聞こえるのは、スピーカー越しから発せられるナンジャモさんのハイテンションな声と、部屋を暖めようと一生懸命働く空調の音だけ。
     
     
     はぁー? それはこっちのセリフですけどー!?
     
     もう一度ボタン経由から聞いた着る毛布の良さを語ったけれど、いらないの一言で片付けられてしまった。
     
     
    終わり

    ☆☆☆

    『私とワルツを』

    「あ、いたいた! ネモちゃーん、アオイちゃーん!」
     キハダ先生の授業に出席するため、グラウンドに向かおうとネモと歩いていたら、クラスメイトに声をかけられた。二人で挨拶をすると、彼女から一枚の紙を渡される。
    「……クリスマス会?」
    「そう! 今この企画に参加してるんだ。ケータリングで美味しいご飯が食べられるし、プレゼント交換とかもやる予定だからよかったら二人も来てね」
    「あ、この前生徒会で申請出してたね。チラシも作っててすごーい!」
    「たくさんの人が来てほしいからね~」
     ネモと彼女が話しこんでる中、チラシに書かれている内容を読む。すると目に入ってきた言葉が目に留まった。
    「……ダンスもするの?」
    「うん! 映画とかドラマでよくあるでしょ? ずっとあれに憧れてたのもあって今回の企画に入れちゃった~。あ、でも踊れなくても大丈夫だよ。放課後には、ダンスの練習ができるように場所も確保してるから!」
     今のところ大体の子は今回が初めてだし、みんなで練習しよーよと明るく誘ってくれているけれど……うーん。
    「アオイ、わたしも踊れるから教えられるよ」
     私がダンスパーティーに興味があることを察知したネモが、胸元を叩きながら後押ししてくれる。ネモがいてくれるなら……挑戦してみたいかな。今後は踊る機会なんてないだろうし、もうすぐ卒業だからみんなと楽しい思い出を作りたい。
    「じゃあ、お邪魔しちゃうね」
    「全然! 二人が来てくれるのはすっごく嬉しい! あ、練習場所だけど第二多目的ホールで毎日してるから。ポケモン達の先生として教えてくれるエルレイドとサーナイトもいるし、手持ちでダンスに興味ありそうな子がいたら連れて来てねー」
    「はーい! あ、ポケモン達も参加するんなら、そのクリスマス会の企画でポケモン勝負があったり……」
    「あはは! ないよ! それじゃあねー」
     そっかー、ないかーと笑うネモの隣で手を振りながら、走り去るクラスメイトを見送った。ダンスに興味があるポケモンか……。真っ先に色とりどりなオドリドリ達が頭に浮かんだけど、あの子達は社交ダンスよりソロダンスの方が得意そうだしな。今日、部屋に戻ったらみんなに聞いてみよう。
    「そういえば、ネモって踊れるんだね」
    「小さい頃、念のため覚えていた方がいいよってお姉ちゃんと一緒にお母さまから教わったんだー。男性パートも女性パートも踊れるから、わからなかったらまっかせて!」
     そんな頼もしい言葉を聞きながら、二人で目的地へと向かった。今も昔も野山を駆け回っているタイプだから、私にそんなお淑やかな行動が取れるのかちょっと心配だけど、ふと心の中に浮かべてしまった願望を叶えたいという気持ちには抗えなかった。
     
     
     ***
     
    「へぇ、そんなイベントを学校でやるんだ」
    「はい。最後だから楽しい思い出を作ろうってなったみたいで。
     だから、最近放課後はダンスの練習ばっかりしてますよー。ちょっと難しいステップがあるんですけど、友達に教わりながらなんとか形になってきたところです」
     隣でコーヒーを飲みながら話を聞いてくれるのは、ナッペ山ジムリーダーのグルーシャさん。六年前に宝探しで各ジムを巡ってからも、月に二、三回ほどポケモン勝負をしに会っている。今日も勝負しに登山したけれどジムに到着した直後、ホワイトアウトするほど強く吹雪いてしまったから、建物内にある彼のお部屋で天気が回復するまで留まらせてもらっていた。
    「あの……グルーシャさんにお願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
    「内容によるけど、何?」
     震えそうになる手を何とか抑えながら、勇気を出して顔を上げた。
    「ダンスの練習に付き合ってくれませんか!?」
    「え、なんでぼくなの? ぼくだって踊ったことないから、よくわからないんだけど」
     即答で返された返事に撃沈する。いやでもある程度は予想していたことたがら、簡単に諦めちゃダメだ。目を泳がせながら、不自然な印象を与えないよう注意しつつ口を開いた。
    「えっと、ダンスっていろんな人達と交代で踊るらしいじゃないですか。明後日にクリスマス会があるんですけど、練習ではネモとしか踊ってないですし、いきなり異性と踊るのは気が引けるというか、恥ずかしいというか……」
     言え! 頑張って言うんだ私! そう後ろでもう一人の私がエールを送ってくれるけど、隣に座る人からの沈黙の針がちくちく刺さって痛い。それでもと、両手を胸の前で握りしめながら続けた。
    「グルーシャさんで、慣れさせてください。身近な人で頼める人もいないですし……」
     ペパーや他の男友達は大体卒業しているからこそ、あなたしかいないとさらに追加した。若干の無茶苦茶な理由であることは否めないけれど、チャンスは今しかない。
     
     今しかないんだ。今しか、グルーシャさんとは踊れない。だからなんとか私の頼みを聞いてほしい。そんな、藁にもすがる思いでじっと彼からの返答を待っていれば、むむっと考えるような声が聞こえてきた。
     やっぱり断られるかな……。そうなると、もう一生――
    「わかった。でもぼくも初めてだし、基本のステップから教えて。あと下手くそでも文句言わないでよ」
     えっ、えっ。本当にいいんですか? 私は、グルーシャさんと踊れるの?
    「ほら、早くしないと挑戦者が来るかも知れないから」
    「は、はい!」
     慌てすぎて自分のスマホを落としかけながらも、実行委員をやっているクラスメイトからもらった動画を再生した。小さな画面の中で、エルレイドとサーナイトが優雅に踊っている。
    「ふーん、こんな感じか。大体わかったし、やってみようか」
     二人でコップを片付けたり、ローテーブルを別の場所に移動したりしてスペースを確保すれば、目の前で手を差し伸ばされる。初めて触れた彼の手は思ったより大きくて、温かい。そんなことですら激しく高鳴る鼓動を止められなくて、でももう二度とこないであろうチャンスに私は飛び込んだ。
     
     私がパートナーとして選びたいのはあなただけ。他の誰でもないグルーシャさんと踊りたいんです。
     
     
     
     私達は踊る。
     
     ここはダンスホールでもなく、ドレスもスーツも着ていない普段着のままで、煌びやかな照明や華やかな音楽も何もない静かな環境だけど、私にはこれで十分。大好きな人と二人っきりで踊ったという宝物のような思い出ができたんだから。それだけで十分だった。
     
     ***
     
    「えっと、ダンスっていろんな人達と交代で踊るらしいじゃないですか。明後日にクリスマス会があるんですけど、練習ではネモとしか踊ってないですし、いきなり異性と踊るのは気が引けるというか、恥ずかしいというか……。
     グルーシャさんで、慣れさせてください。身近な人で、頼める人もいないですし……」
     初めは、そんなイベントが学校で開催されるんだなとか、当日は友達と楽しめたらいいねとしか思っていなかったけれど、隣に座る彼女が顔を赤らめながらも発した言葉には我慢ならなかった。
     
     
     ぼく以外の人間が、アオイに触れるだなんてそんなの――
    「許すわけないだろ」
     知らない間に出ていた一言に動揺したけれど、アオイは目を伏せながら考え事をしているせいか聞こえていないようだった。それに安堵しながら、返事をする。
    「わかった。でもぼくも初めてだし、基本のステップから教えて。あと下手くそでも文句言わないでよ」
     さも、仕方ないからあんたのわがままに付き合ってあげると言いたげな口調だけど、本心では煮えたぎっていた。
     
     大人として、アオイには今しか体験できないことをたくさん経験してほしいと思う。だけど、一人の男として……そんなのに参加しないで、ぼくと一緒にクリスマスを祝おうよって言えたらどれだけよかっただろう。
     
     ぼくの回答に嬉しそうに笑うあんたが憎らしい。
     手を取って抱き寄せた際の恥じらうあんたを、他の誰にだって見せたくはない。だけどぼくにはそんなことを言う資格なんてどこにもないんだ。
     
     このひとときを噛みしめながら覚束ない足取りでぼくらは踊る。
     
     このまま吹雪いて明後日まで帰れなくなればいい。そうすればアオイはクリスマス会なんかには参加せずに、ぼくのそばにいてくれるのに。
     
     
     だけどやっぱり現実は上手くいかないな。いつのまにか窓の外から見えた空は、ナッペ山では珍しく雲一つない快晴が広がっていた。
     
     
    終わり

    ☆☆☆

    『とあるカップルの習慣』

    私達には、とある日課がある。
    「うぅー、寒いー……」
     風邪をひかないよう十分注意しつつも、暖房が効いていない廊下でスリッパも履かずに歩き回る。そしていい感じに足が冷えたところで寝室に向かう。
     
     ベッドにはすでにこんもりとした膨らみが一つ分あって、中で眠っている人を起こさないように気をつけながら毛布の中へ侵入した。そして、キンキンに冷えた両足を……――
    「へ、あ なに!? つめた!」
     望み通りの反応ににんまりが止まらない。声を殺して笑っていたけれど、すぐにバレてしまった。
    「……なんで毎回こんなに足が冷たいんだよ。この前買ったスリッパ履いてないの?」
    「えへへ、リビングに忘れちゃいました。寒いので温めてください」
     灯りのない真っ暗な室内だけど、暗闇に慣れたせいで彼の迷惑そうな顔がよく見える。それが嬉しくって、私はぴったりくっつけていた足をさらにグルーシャさんの両足に絡ませた。
    「サムいから嫌だ」
     だけど彼はそんなつれない言葉を残して、寝返りごろり。向かい合っていたのに、今は背中を向けられてしまった。でもそんなことはお構いなしに、私は彼の背中にびったりくっつく。
    「そんなこと言わずに。このままじゃ、私は眠れませんよ?」
    「だからってなんでぼくまで凍えさせようとするの? もう、サムいから足離して」
    「いやですー」
     甘えたような声を出し続ければ、グルーシャさんは大きくため息をつくともう一度寝返りをうった。
    「はぁ、もう……」
     私のよりずっと大きくて、骨張った二つの足が私の両足を上下で挟むように包んでくれた。すると肌があたる箇所からじんわりとぬくもりが伝わってくる。
    「ふふ、ありがとうございます」
    「うぅ……サムい。今度からスリッパか靴下をちゃんと履きなよ? 風邪ひいてもぼくは知らないから」
    「はーい」
     ついでに抱きしめてもらうと、お互い眠りにつく。このやりとりをするため、私は毎日毎日足を冷やした状態でベッドインしている。
     
     私の素直になれない恋人は日中抱きしめたいのになかなかできないから、それをしやすい状況を作ってあげているのだ。私も寝る直前まで構ってもらえるから、WinーWinというやつですね。
     
     こうやって毎晩頑張る私を、たまにはちゃーんと労ってくださいね?
     
    終わり

    ☆☆☆

    『大人気ない!part 2』

     やること全部済ませたしそろそろ寝ようと寝室に向かえば、アオイが妙なものを抱えながらベッドの上でゴロゴロしていた。
    「……何それ」
    「これですか? シビビールの抱き枕です。うとうと顔で可愛くないですか!?」
     じゃーんと見せられたけど、コメントは控えさせてもらうよ。まあ、好みは人それぞれだし……。アオイが延々とその抱き枕の可愛さや素晴らしい点について語っているのを聞きながら、ぼくがいつも寝ている位置に横たわったけど、彼女は抱き枕を抱えたままだった。
    「もう寝るし、それどこかに置いて。狭い」
    「そんなことしたら、抱き枕の意味ないじゃないですか。今日からこの子を抱いて寝ます」
     は? 何言ってんの? と思いながら目線を向けても、彼女は嬉々とした表情でそれを抱きしめながら毛布の中にもぐりこむ。
    「あんたいくつだよ。そもそも今までそんなのなくったってぐっすり眠ってたじゃん。いらないって」
    「いる、いらないの問題じゃないんです! これを抱きしめてると私が癒されて、睡眠の質が上がるんです!」
     そんなのぼくを抱きしめても一緒だろ! と言いかけた言葉を咄嗟に飲みこんだ。……今のはなし。抱き枕に嫉妬してるみたいでサムすきる。
    「ただでさえ狭いのにそんなの持ってこられたら余計に狭くなる。いいからどこかに退けて」
    「いーやーでーす。お店を探し回ってやっと見つけたのに! 私はシビビールと一緒に寝ます。それじゃおやすみなさい」
     なんとかしてその抱き枕を排除しようとしたけれど、頬を膨らませたアオイが意地になってそのまま寝てしまった。そっと腕を外そうとしたけれど手を払い除けられてしまったので、仕方なくこのまま寝ることにした。
     だけどその抱き枕は結構大きくて、ぼくとアオイの間にあると非常に邪魔だった。こんなのがあればぼくの方が安眠できないじゃないか。明日以降のジム戦に影響が出始めたらどうすんの。
     
     
     やっぱりこれはぼくらの間にあるべきものじゃないな。だからこそ、翌朝アオイが先に起きて歯を磨いている間に行動に出た。
     
     
    「ない、ない! グルーシャさん、私のシビビールがいなくなっちゃったみたいで……」
    「へぇ、そうなんだ。悪いけど、ぼくは知らないよ」
     あんたが寝ぼけてとこかに飛ばしちゃったんじゃない? て返せば、そんなはずない! と怒り始める。そしてしばらくしてから、ジト目でこっちを睨みつけるかのような視線を下から送ってきた。
    「な、なに……」
    「グルーシャさん、あの子をどこにやったんですか!」
    「し、知らない。ほら、もう遅いから早く寝よう。遅刻とかそんなサムいことはしたくないし」
    「ちょっと! また話は終わって……」
     床に座り込んでいたアオイを抱き上げると、ベッドまで連れていった。二人で暖かい毛布に包まれながら寝ようとしたけれど、不満げな彼女はほくの胸元を叩いてくる。落ち着かせるために頭やら背中やらを軽く叩いていたら、いつのまにか眠っていた。その寝顔は穏やかで、やっぱりぼくでもいいんじゃないかとこぼしながら同じく眠りについた。
     
     
     その次の日、クローゼットの奥から抱き枕を自力で見つけ出したアオイはまたあれと一緒に寝ていたけれど、その翌朝さらにわかりにくい場所に置いた。汚れないよう、きちんと袋の中に入れてるからいいだろ。
     
     第一、あんなのを買ってきたアオイが悪いんだ。
     
    終わり

    ☆☆☆

    『聖夜の夜に灯された光』

    「あのさ……来月の二十四日って、何か予定とかあったりする?」
     なんの脈絡のない質問をぶつけてしまい、思わず天を仰ぎたくなった。さっきまでアオイとレストランで食事をとりながら朝からしていたポケモン勝負の話をしていたのに、いきなり違う方向へ話題を飛ばしすぎだろ。
     しかし無意識にこぼれ落ちた言葉はもう取り消せない。どうしようかと考えていると、彼女はきょとんとした表情で聞き返す。
    「えっとクリスマス・イブの日ですか?」
    「う、うん……。フリッジタウンでクリスマスマーケットが開催されてるから、よかったら一緒に行かない?」
     毎年カップルやら家族連れやらで賑わうイベントの話題を出せば、彼女の顔が一気に華やいだ。
    「行きます! 確かツリーのイルミネーションが有名でしたよね。前から行ってみたかったんですよー。わー、ありがとうございます」
     はしゃぐ彼女の様子を見て、張り詰めていた緊張感が一気に解される。……良かった。最近アオイは学業で忙しい上に日付的に友達や家族との予定が先にあるんじゃないかと危惧していたから、当日彼女と会えることになって安堵した。
    「なら、その日はプレゼントを持って行きますから、楽しみにしてくださいねー」
    「うん、ぼくも何か準備するよ」
     やったーと無邪気に喜ぶ姿を見て、ほっこりしながらドリンクへ手を伸ばす。アオイには何を贈ろうか。人に物を贈った経験なんてほとんどないけれど、あと一ヶ月もあるし何とかなるだろう。
     
     ……とまあ、悠長なことを考えていたけれど自分でも驚くレベルで全く思いつかず、休みの日にさまざまな店を歩き回っては何も買わずに出ていく行為を繰り返していた。
     最初はアクセサリーがいいかなって思っていたけれど、普段アオイはそういった物を身につけないからあの子の趣味なんてわからないし、第一ぼくと会う時は大体ナッペ山まで来てもらっているので凍傷になるリスクを考えるとすぐに候補から外れた。他はなんだ? 服は変な意味に捉えられたくないし、食べ物だと形に残らないから嫌だ。……といった感じに何か思い浮かんでは、消えていくせいで全くまとまらない。
     
     来週には会うのに、プレゼントも何もないとかあり得ないだろ。スマホロトムで『彼女 プレゼント』と検索して提案されたブランド物のバッグや財布、化粧品だとかはアオイへ渡すものにしてはいまいちピンとこない。そんなのより、きあいのタスキとかゴツゴツメットだとかのポケモン勝負に役立つアイテムを贈った方が喜びそうだなと考えてしまった。
     ……いくら悩んでいるとはいえ、彼氏としてそれを彼女にプレゼントするとかサムいにも程があるから絶対にしないけど。
     
     悩みすぎて頭が痛くなり始めたが、ぼくが渡したプレゼントでアオイが喜ぶ姿をどうしても見たくて、諦めずに仕事終わりにフリッジタウンへ寄ったり、下山したりしていいものはないかと探し回っていた。そうこうしているうちに、あることを思いついた。
     ぼくがあげられるもので、アオイが喜びそうなもの。……正直引かれるんじゃないかと不安なところがあるけれど、これで行こう。
     
     何とか渡す物を決めると、ぼくはそれを作りにまた町へと出かけた。
     
     ***
     
    「どれにしようかなー」
     ベッドの上をたくさんの洋服で散らかしながら、自室に設置した姿鏡の前で今夜着ていく服を選んでいる。だって今日はグルーシャさんとのデート。しかもイルミネーションを見に行くというロマンチックな内容だから、気合を入れないと。
    「うーんでもあんまり薄着だとサムすぎって怒られちゃうしな……」
     防寒ばっちりで行くとなると、この厚手のニットワンピースがいいかな。これにあったかタイツとロングブーツを合わせて、上はもこもこコートを追加して。さらには帽子と耳当てとマフラーに手袋までつけたら文句はないでしょう!
     暑がりな私としては着込みすぎかなと思うけれど、脳内でにっこり笑顔のグルーシャさんが満足げに頷いていたから大丈夫だろう。
    「あ! 早く着替えなきゃ」
     鼻歌まじりで選んでいたけれど、気がついたらいい時間! 準備が出来次第寮から出ないと遅刻だ!
     それだけは嫌だったから、バタバタと忙しなく着替え始めた。そして出かける前、きちんと彼宛のプレゼントが紙袋の中に入っていることを確認すると、学園前にあるそらとぶタクシーの乗合場へと走った。
     
     辺りは日が暮れてすっかり暗くなっていたけれど、フリッジタウンの入り口付近にあるベンチで寒そうに肩をすぼめながら座る男性の姿が目に入った。いつものもこもこアウターじゃなくて黒のロングコートにネックウォーマーを身につけていたから最初はわからなかったけれど、街頭に照らされて綺麗に煌めく水色の髪の毛からグルーシャさんだと気づいた。
    「グルーシャさん、お待たせしました」
    「……そんなに待ってないから大丈夫」
     そうは言いつつも、耳と鼻が赤いから結構前から待っていたんじゃないかと焦る。遅刻じゃないけれど、もっと早く来るべきだったかな……。
    「あの、このボールの中にメラルバがいるのでポッケの中にでも入れてみてください。ボール越しでも温かいですよ」
    「え、でもそうするとあんたがサムいだろ」
    「私にはラウドボーンがいるので大丈夫です。ほら、どうぞ」
     遠慮する彼に対して、半ば無理矢理メラルバが入ったモンスターボールをグルーシャさんのコートのポケットの中につっこんだ。するとグルーシャさんは驚いたような表情を浮かべる。
    「本当だ、全然違う……」
    「私が薄着でいられる秘密の一つがこの子達です。ほのおタイプのポケモンを連れていたら、結構温まるんですよ。もしよかったら、グルーシャさん用に捕まえてきましょうか?」
     そう提案してみたけれど、大丈夫だと断られてしまった。流石にこおりタイプ専門のジムリーダーにほのおタイプのポケモンを渡すのはよくなかったかなと考えていれば、グルーシャさんが上から下まで私の姿をじっと眺めていることに気がついた。
     どんな思いでそうしているのかがわからず、今日着てきた服が似合ってなかったのかな!? と途端に不安になってきた。けれどそんな私の心配をよそに、彼は優しい眼差しを向けながらぽつりと呟く。
    「可愛い……」
     グルーシャさんはこうやって時々心の声が漏れてしまうことがある。その度に顔が火照って仕方がないし、私ばかり心を乱されるのが何だか悔しい。
     でもこの人はほとんど無意識でやってるんだよなー。その後の何事もなかったかのように振る舞っているから、最初はクールでかっこいいからこそ、さらっとそんなことを言えちゃうんだ……と思っていたけれど、この前それとなくその話をすれば何のことか分かってなくて、まさかの思わずぽろりと本音が出ていたという事実を知ってしまった。
    「じゃ、じゃあ行きましょう! 屋台もありますし、晩ご飯代わりにいろいろ食べませんか」
    「ん? ああ、いいよ。何が食べたい?」
    「えっとパイにピザにポテトが食べたいですし、あとはチュロスとソーセージの盛り合わせとかも……」
    「ふふ、どんだけ食べるんだよ」
     耐えきれないとばかりに笑いだすグルーシャさんに対して、そんなことないと即座に否定する。これでも厳選しているし、せっかくここでしか食べられないものが多いんだからと彼の腕を引っ張って会場へと連れていった。事前リサーチでそれぞれがどこで売られているのかわかってますし、手分けしていきますよ!
     
     
     そこからは買っては食べ、買っては食べを繰り返してお腹を満たすと、最後に注文したホットチョコレートを飲みながらメインの一つである巨大なクリスマスツリーへとたどり着いた。
    「わぁ、おっきいですね!」
     二十メートルを超える巨大ツリーは圧巻で、周りの人達も次々に写真を撮っていた。私もスマホロトムを取り出して撮影をしようとしたけれど、ふと隣に気づいて止めた。
     
     眩しそうに目を細めながら静かにライトアップされたツリーを見上げるグルーシャさんは、他の何よりも美しかった。だけどそれを写真で残すだなんて無粋に感じられてできないから、代わりに目に焼きつけるように瞬きすら忘れながら彼を見つめていた。
     
     すると私のあからさまな視線に気づいたのか、グルーシャさんは驚いたようにこちらを向く。
    「……なんでツリーを見ないの? 楽しみにしてたんでしょ?」
    「えっとグルーシャさんの方が綺麗で、ずっと見ていたいなと思ったんで……」
    「なにそれ、意味がわからない。ぼくよりツリーを見なよ」
     素っ気ない言葉の後顔ごと逸らされてしまった。そんな言動も、付き合う前なら怒らせてしまったのかなって焦っていたけれども、実はそうじゃないことを最近知った。耳も赤いから、私の予想は多分合ってるだろうな。そんな素直じゃないところも含めて、私はグルーシャさんのことが大好きなんだ。
    「グルーシャさん、誘ってくれてありがとうございました。今日私と会いたいって言ってくれたことが本当に嬉しかったです」
    「それは、こっちのセリフだ。……ぼくを選んでくれてありがとう。アオイと一緒に過ごせてよかった」
     目の前のクリスマスツリーをそっちのけでお互い見つめ合いながらお礼を言い合う姿は、周りからしたらおかしな状況なんだろう。だけど今私はとても幸せで、ずっとこうしていたいと思った。
     
     だけど重要なことを忘れかけていたので、渡しそびれる前に持っていた紙袋をグルーシャさんに渡した。
    「これ、よかったら使ってください」
    「ここで開けてもいい?」
    「もちろんです! ……気に入ってくれたらいいんですけれど」
     包装された箱の中身はランタンだ。この前、焚き火を眺めていると人はリラックスすることができるとテレビで聞き、それならランタンでも同じ効果が発揮されるんじゃないかと思い購入した。
    「ソーラー式なので、使わない時は窓側においてくださいね。そうしたら、いつでも使えますから」
     説明をしながらランタンの電源をオンにして光を灯すと、電球を囲むガラス板を通して明るく辺りを照らしてくれた。お店でこれを見た時、渡す側の私の方が気に入ってしまうくらい綺麗で、ジムリーダーとしてのお仕事も忙しいだろうから、たまにこれを見て癒されてほしいなと思いながらこれを選んだ。
    「あたたかい……」
     不意に耳へ届いた声の方へ見上げると、ランタンを手にしたグルーシャさんが見たこともないくらい穏やかな表情を浮かべていて驚いた。思わず声をかけてしまいそうになったところで、また彼の口が動く。
    「アオイみたいだ……」
    「私……ですか?」
    「この光は温かくて、強くて優しい。あの日、ぼくのこおりを溶かしてくれた時のと一緒だ。それを、また見れるとは思わなかった。
     ……ありがとう、アオイ。大事にするから」
     その笑顔は初めて会った時に向けられものに似ていて、あの日と同じように私の胸が高鳴った。
    「あと先に渡されたけど、これ……」
     手袋を外しコートのポケットの中から取り出した物を片手に握らされる。ゆっくりと指を開いて確認してみると、何かの鍵だった。
    「ぼくの家の鍵。アオイの好きなタイミングで来てくれてもいいから」
     人は驚きすぎると声もでなくなるというのは本当らしい。私はグルーシャさんから贈られた物を見つめるだけで、なんの反応も出来なかった。ただただ呆然と立ち尽くす姿に、何かを勘違いした彼は慌てたように話し始める。
    「ごめん、本当はもっとちゃんとした物を贈った方が良かったんだろうけど! ただ、家に帰った時アオイがいてくれたら嬉しいなって思って……。いやそうなると喜ぶのはぼくだけだし、アオイ向けのプレゼントじゃないな。
     もう一度何がいいか考えるから……!」
     そうやって伸ばされた大きな手を、私は咄嗟に拒んだ。
    「だ、だめです! これがいい! ……私は、これがいいんです。だから、もうグルーシャさんにも渡しません!」
     大声で宣言した言葉に、グルーシャさんの瞳が大きく揺らいだ。そしてゆっくりと微笑むと、深く頷いた。
    「そんなに喜んでくれるとは思わなかった」
    「当たり前じゃないですか! 大好きな人から合鍵をもらえたんですよ? こんなの、嬉しくないはずないじゃないですか!」
    「わかった、わかった。そんなに大声出さないでよ。周りがあんたを見てる」
     はっと辺りを見渡せば、多くの人々が私達を遠目で見ていることに気づいて恥ずかしくなった。だけどそんなのは一瞬で、またもらった時の嬉しさが込み上げてくる。
     手のひらで合鍵を転がしていると、とある願いが顔を出した。
    「あのグルーシャさん。この鍵っていつ使ってもいいんですよね?」
    「え? うん、そうだけど……」
     よし、改めて彼からの言質を取った。またドキドキと高鳴る胸を抑えながら、深く深呼吸をして向き合う。
    「だったら今、この鍵を使いたいです。……だめ、ですか?」
     思い切って言うと決めたはずなのに、とんどん言葉尻が小さくなるのか情けない。だって仕方ないでしょ。こんな大胆なお願いを、自分からするだなんて思わなかったんだから。
     ドキドキを通り越して、ドンドンと爆音が鳴り響いて非常にうるさい。それでも、グルーシャさんからの返答が聞きたくて、耳をすませた。
    「……それ、意味わかって言ってる? 今からだと、もう寮に帰せないんだけど」
     涼しげな色の瞳から注がれる視線が熱い。そんなのわかってる。私だって、もう子供じゃないんです。
    「はい。だからこそ、今使いたいんです」
     唇をきゅっと締めてから、今度ははっきりと告げる。もっとあなたと同じ時間を過ごさせてくださいと。
     
     そんな願いが通じたのか、少し時間を置いてから彼は頷いてくれた。
     それに安堵しながら息を吐くと、目の前で手袋をはめた手を差し出された。その上に私の手をのせて握れば、強く握り返される。そうするとグルーシャさんの熱が私の中に流れ込んできたような錯覚を覚えた。
     
     ゆっくりと歩き出した足によって踏み締められる雪の音を聞きながら、私は無言でグルーシャさんの後をついて行った。
     
     空いている片方の手の中では、もらったばかりの鍵が初めて使われる時を静かに待っていた。
     
     
    終わり

    ☆☆☆

    『臆病風が吹いている』

    「グルーシャさん! 好きです! そしてポケモン勝負しましょう!」
    「またあんたなの……」
     ミライドンに乗って空からナッペ山ジムに到着次第、私は大声で思いの丈を叫ぶと、その相手は雪かき用のスコップを手にしたまま呆れたように呟く。なんだか疲れたって顔に書かれているけど気にしない。ミライドンから飛び降りてずんずん前に進むと、彼の前でもう一度伝える。
    「好きです! 勝負に勝ったら私と付き合ってください!」
     だけど決まって彼は首を振りながらこう返事をする。
    「ポケモン勝負には付き合ってあげるけど、あんたの気持ちには応えないから」
     むー、今日も失敗! だけど……――
    「私は諦めませんからねー! また来まーす」
     ポケモン勝負には見事勝利を収めたが、グルーシャさんからは改めて交際についてNoを突きつけられる。まだまだ粘りたいとこだけど、もうそろそろ下山しないと寮の門限に間に合わない。
     改めてミライドンをボールから出して飛び乗ると、バトルコートから飛び降りた。空を滑空しながら後ろを振り向けば、グルーシャさんが見下ろしている。それが見送りしてくれているようにも思えてとっても嬉しい。嬉しいけど……。
    「うーん、どうしたらグルーシャさんに振り向いてもらえるんだろ? ねーねー、相手をメロメロ状態にするスパイスとかあったりしない?」
    「ねーよ」
     ズドンとドドゲザンが繰り出したきりさく並に切れ味ばつぐんの言葉が私を襲う。ペパーは即座に否定したけど、私は探したらあるんじゃないかなって、心の底から信じてる。だってほら言うでしょ? 諦めなければいつかきっと見つかるって。そう言うとペパーの隣に座るボタンが問いかけてきた。
    「え、それで好きになってもらうって……アオイ的にはオッケーなん?」
    「もしスパイスの効果が切れたとしても、あとは私がなんとかするよ。とりあえずきっかけがあればなんとかなるはず!」
    「オマエはなんでもそうやって力技で押し通そうとすんなよ。ケンタロスかよ」
    「えー、でもいいんじゃない? アオイもこれだけ頑張ってるし、きっとなんとかなるよ」
    「ネモー、ありがとうー」
     終始私の恋を応援してくれるネモを思いっきり抱きつけば、そんな私達を見てペパーとボタンは顔を見合わせている。
    「え、でも毎回断られてるんでしょ? なんでそんなへこたれんの……」
    「だって大好きだから、諦めるとかありえない」
    「出たよ。アオイは一途ちゃんだなー」
     若干揶揄するような彼の口ぶりにふんだと鼻を鳴らすと、私は中断していた食事を再開した。そんな簡単に諦められる恋なら、私は玉砕覚悟で告白なんてしない。多少のダメージを受けたとしても、私は何度でもぶつかっていく。だって私はグルーシャさんのことが好きだから。
     初めてナッペ山ジムで出会い、心躍る熱戦を繰り広げた後に突如繰り出されたあの笑顔に私の心は撃ち抜かれた。オモダカさんのお手伝いで各ジムへの視察をした時も変わらなくて、そこで私はようやくこれは恋なのだと理解した。
     それ以来時間さえあればすぐグルーシャさんのことを考えてしまうし、その間ドキドキが止まらない。あの人を想えばいっぱいご飯を食べられるし、力がみなぎってくる。そんな状況にいてもたってもいられず、少し前に好きだと告白した。
     
     雪がチラつく空模様で、周りの寒さなんて微塵も感じないほど熱った体で目一杯自分の気持ちをぶつけた。なんて返ってくるんだろうとチラリと見れば、彼は固まっていて、そして我に返るとあの人は口を開いた。
    「きっとそれはあんたの勘違いだ」
     最初は聞き間違えかと思ったけれど、グルーシャさんは改めて私に告げた。それは恋なんかじゃないって。でもなんでそんなことを言うのかが理解できなくて、もう一度説明を求めたのにそこからは何も話してくれなくなった。
     そんなんじゃ全然納得できないから、私はそれ以来グルーシャさんのところへ会いに行けば好きだと叫んでる。
     
     今のところは手ごたえはない。それならばと次の一手に出ることにした。
    「好きな人をゲットするには、まず胃袋を掴めっていうしね」
     この言葉にネモは全力でエールを送ってくれたけど、残りの二人からは無茶をするなと止められた。本当に失礼! 来週調理実習があってサワロ先生のアドバイスを受けながら作るから大丈夫だよ!
     
     
    「はい、グルーシャさん。私からのプレゼントでーす」
     ずいっとチョコチップクッキーが入った袋を差し出した。作ったものの大半は焦げちゃったし形も歪だったけど、味は悪くない。比較的無事なものだけ入れたので安心して食べてくださいと伝えたけれど、目の前にいる美しい人は渋い顔をしていた。
    「……受け取れない」
    「え、もしかして甘いもの苦手でした? それなら次はジンジャークッキーとか……あ、サンドウィッチ持ってきましょうか?」
    「食べ物の種類がどうとかじゃないから。とりあえずこれは持って帰って」
     受け取り拒否されたクッキー達が私の手元に戻ってきた。……なんでだろ? ラッピングがやっぱりよくなかった? グルーシャさんの瞳の色と同じカラーのリボンが崩れてるから? うーん、でも頑張った結果、これが一番綺麗にできたんだけどな……。
    「もう一度言うけど、ぼくはあんたの気持ちには応えられない。あんたの好きは勘違いだから、だからさっさと目を覚ましなよ」
     え、どういうこと? 目を覚ますって……。
    「意味がわからないです。どうしてそんなことを言うんですか?」
     そう問いかけてもまた彼は黙ってしまった。そしてまだ仕事があるからとジムの建物内へと足早に帰っていく。そんな背中に向けて私は声をかけた。
    「わかりました! お仕事頑張ってくださいねー。あと今日からすごく寒くなるみたいなので、風邪引かないように! また来ますから!」
     彼からの返事はなかった。それでも忙しい合間に私と会ってくれたことが嬉しくて、上機嫌に鼻歌を歌いながらミライドンを出して下山する準備をし始める。
     お菓子は受け取ってもらえなかったけれど、グルーシャさんは何が好きなのかもう一度探ってみよう。あまり自分のことを話してはくれないけれど、それでもめげずに頑張り続ける。
    「諦めなければきっと大丈夫。大丈夫、だから」
     そうやって言い聞かせている間に、両手が震えていることに気づいた。……帰りに手袋でも買ってこうかな。
     
     ***
     
    「グルーシャさん、好きです」
     彼女の小さな口から出てきた言葉に、思考が停止する。雪がちらつく中赤らんだ頬とまっすぐな瞳でぼくを見上げてくるアオイに対して、ぼくはゆっくりと静かに深呼吸をする。
     
     そしてなるべく冷たい口ぶりで告げた。
    「きっとそれはあんたの勘違いだ」
    「えっとそれはどういう意味で……」
    「だから、違うんだよ。あんたのそれは恋なんかじゃない。年上への憧れを勘違いしているだけだよ」
     そうはっきり言っても要領を得ない表情を浮かべる彼女に、苛立ちに似た何かを感じた。それ以降もなるべく酷い返しをし続けて、これだけ突き放していけばもう大丈夫だろうと思っていたけれど、彼女は想像以上しつこかった。
    「グルーシャさん! 好きです! そしてポケモン勝負しましょう!」
     いくら断ってもどれだけ彼女の気持ちを否定しても、あの子はめげずにぶつかってきた。あのまっすぐな瞳で見つめながら、ぼくが好きだと全身で伝えてくる。
     
     やめろ、やめてくれ。あんたのそれは違うって言ってるじゃないか。絶対に恋なんかじゃない。どうしてあんたがこんなぼくなんかを好きになるんだよ。そんなのあり得ないし、いつかきっと夢から醒める時が来るはずだ。そうなれば後悔するに違いない。
     
     ぼくなんかを、好きになるんじゃなかったって――
     
     こうなる前にいち早く気づいてもらいたいから、ぼくは何度だってあんたの気持ちを否定し続ける。だから、早く諦めてよ。そうすればぼくだってあんたを、アオイのことを。
    「諦められるのに……」
     彼女と別れてからジムへの雪道を歩いていると、凍えた風が容赦なく襲いかかってきた。
     
     防寒のためマフラーを口元へ上げながら無意識に出ていた言葉は、降り積もった雪の上に音もなく落ちた。
     
    終わり

    ☆☆☆

    『何度でも、何度でも』

    「アオイ、もうすぐ始まるよ」
    「はーい! ちょっと待ってくださいねー」
     先にリビングのソファに座るグルーシャさんに呼ばれると、私は急いでザルの中で水洗いしていたぶどうを器に移しては足早に彼の元へ向かう。ローテーブルの上にあった未開封のノンアルコールスパークリングワインやらグラスやらを横にずらしてから、その器を中央に置くとソファに座って年越しのカウントダウンが始まるのを二人で待った。
    「あれ、今年は小ぶりなやつにしたんだ」
    「去年みたいな悪口言われたくないので……」
     パルデア地方に引っ越してから知ったのだけど、ここでは年越しのカウントダウンの鐘の音に合わせて一粒ずつ、合計十二粒のぶどうを食べながら年明けを待つらしい。学生時代は寮でネモ達としていたけれど、去年からは一緒に住むグルーシャさんとしている。
     その際初めてぶどうを準備することになった私は、得に何も考えずに大粒のぶどうを買ってしまったせいで次々と鳴る鐘の音に対して咀嚼が間に合わず、口の中がぶどうで溢れかえっていた。そんな姿を横目で見ていたグルーシャさんが笑いすぎてぶどうを喉を詰まらせかけてしまい、ちょっとした事故になりかけたのだ。窒息回避直後は、涙目で咳こみながらヨクバリスみたいと呟いた姿は今だって鮮明に思い出せる。
    「まだ根に持ってるの?」
    「ふん、一生許しませんからね!」
     付き合ってる彼女に対してあんまりな言葉に唇を尖らせながらそう返すと、彼の口元がゆるゆるになっていたからまた笑ってる! と肩を強めに叩いた。
    「ふふっ。だってあんなに必死な顔でぶどうを貪り食ってたから……」
    「もー、グルーシャさんだって私とほほ同じだったくせに!」
    「はいはい、わかったから。ほら、もう始まるよ」
     そうやって無理矢理話を逸らされたけれどテレビを見ればテーブルシティの鐘が映し出されていて、もうそろそろ新年に向けたカウントダウンが始まりそうだったので、私達は慌てて準備をした。
     
     ポケモン達も別室で眠っているため、私達が黙ると途端に静かになる室内。少しすると、テレビのスピーカーからは鐘の音が聞こえた。
     
     一回目が鳴ったので、一粒目を口の中に入れる。
     一月は同棲を始めてしばらく経っていたんだけど、大好きなグルーシャさんと一緒に住んでいることが未だに信じられなくて、毎朝起きるたびに彼の寝顔に驚いてはベッドから転げ落ちていた。
     
     二回目が鳴ったので、二粒目を口の中に入れる。
     二月はグルーシャさんが大勢の女性ファン達から想いがこもったたくさんの贈り物を貰ってきたせいで、大喧嘩になったんだよね。ただのつまらない言い争いからエスカレートして、お互いが日々感じていた同棲生活への不平不満まで言い始めちゃったから、もうこのまま別れちゃうのかなって正直怖かった。
     
     三回目が鳴ったので、急いで三粒目を口の中に入れる。三月はだんだんナッペ山とそれ以外の地域との寒暖差が広がっていたせいで風邪引いた私を、忙しいのにグルーシャさんはつきっきりで看病してくれたっけ。慣れない手つきで看病してくれた彼の優しさに、私はますます好きになった。
     
     一粒一粒食べるごとに浮かんでくるグルーシャさんとのたくさんの思い出に浸っていると、ついつい噛むスピードが遅くなってしまう。去年の大失敗もそれが原因の一つだったから、私は意識しながらいつもより早めの咀嚼を続けた。そしてラストの十二回目の鐘が鳴る時、ふと彼の様子を見ようと視線を向ければ、頬がぶどうでパンパンになっているグルーシャさんがそこにいた。
     
     それがあまりにも普段のグルーシャさんのクールな雰囲気からかけ離れていて……――
    「ぶふう!」
     思わず吹き出してしまったのを慌てて両手で抑えたから吐き出したりせずになんとかなったけれど、本当に危なかった! いやでも本当に、ふふっ。
    「むむ」
     喉を詰まらせないように気をつけながら最後のぶどうを口の中へ放り込んだけど、ダメだ。笑いが込み上げてきて止まらない!
     
     テレビでは新年を祝う盛大な花火をバックにライムさんがかっこよく歌っている中、私はグルーシャさんにデコピンされていた。
    「い、いひゃいれす!」
     なんとか舌を動かせるスペースを確保してから抗議すると、あの状態から恐るべきスピードで噛んで飲みこんだグルーシャさんがちょっと咳こみながら笑いすぎだと注意する。
    「ふふ、だってあのグルーシャさんが口パンパンになってるのがおもしろくって……!」
     どうやっても抑えられない笑い声に、彼は眉を顰めるけれど仕方ないじゃないですか。去年とは真逆の光景に、涙を流しながら笑い続けた。
    「……今年はアオイと過ごす日が多かったし、思い出す内容が多くて食べるスピードが遅くなった」
    「やっぱりそうなりますよね。私も危なかったんですけど、去年の失敗を活かせました」
    「来年はぼくも気をつけよう」
    「いやーでも、さっきの写真撮ればよかったですね~。私しか見れないグルーシャさんの、レア中のレアでしたし」
     冗談めかしで茶化すと今度はほっぺたを軽くつねられてしまい、横に垂らしたみつあみが揺れる。静かだった室内が、少しずつ笑い声で溢れていく。いいことも悪いこともたくさんあったけど、こうしてちゃんとグルーシャさんと一緒に新年をお祝いできてよかった。
    「グルーシャさん、今年もよろしくお願いします」
     彼の肩に頭を預けながらそう伝えると、少し彼の体が動いた後温かいなにかが唇に触れる。そっと離れた後、穏やかなアイスブルーの瞳が私をじっと見つめていた。
    「ぼくとしては、この先もずっとお願いされたいんだけど? 一年区切りじゃなくてさ」
     大きな手で私の頬に触れながら話す、ちょっと捻くれた言い方がグルーシャさんらしい。ふふっと小さな笑い声がもれると、今度は私の方からキスをした。
    「そうですね。私もそうしたいです」
     今年もいろんなことが起こるだろうけど、来年の今頃もこうやって幸せを感じながら二人で過ごしたい。そんなささやかな願いを込めて、私はグルーシャさんに体を預けた。
     
     
    終わり

    『不器用な人』

    「むむ……」
     目の前に座るグルーシャさんが、飲食店のメニュー表を両手に唸っている。いつになく真剣な表情で見つめていたかと思えば、手を挙げて店員さんを呼んだ。
    「これのセットを……」
     いくつかの料理の名前を人差し指で示せば、店員さんは聞きなれない言葉を呟くとにこやかに厨房へオーダーを通しに離れていった。
     
     二匹のドデカバシが互いのクチバシを叩き合っている音が聞こえたからお店の入り口の方へ目を向けると、潮が混じった風が駆け抜け 私の長い三つ編みを揺らした。
     
     現在、私とグルーシャさんはアローラ地方を訪れている。毎年パルデアで新婚旅行先として選ばれる地方ナンバーワンに輝くだけあって、目の前に広がる広大な海は美しかった。
     しかも今はオフシーズンのため、観光客も少ない。そんな状況を利用して午前中は二人で誰もいない静かなビーチで遊んだ後、近くにあったこのお店でランチにしようとしたんだけど……。パルデアとは異なる言語で書かれたメニューに二人で四苦八苦し、最終的にグルーシャさんの勘を頼りに選ぶことになった。
     
     理由はグルーシャさんの方が私より他地方に行った経験があり、なんとかなりそうだったから。
     
     まあ観光地にあるお店だし、大丈夫なんじゃないかなと思いながら待つこと数十分。アローラライチュウが宙に浮きながら、頼んだ料理を笑顔で持ってきてくれた。
     
     どどんとテーブルに置かれたのは、虹色のチーズがこれでもかと詰められたホットサンドに、これまたビビットなレインボーカラーに染まったスープと、大量のイモが添えられた分厚いステーキが二つ。しかもステーキの上では様々な色を放つ小さな花火が、バチバチと音を立てながらご機嫌な空気を演出していた。
     
     わあ、賑やかな料理ですね! と話しかけようとすれば、グルーシャさんが呆然としていることに気づく。
    「どうしたんですか?」
     すると我に返ったかのように少し体が揺れると、困惑した面持ちで口を動かした。
    「ぼく、こんなカラフルなものを注文したつもりはないんだけど……」
    「え、そうなんです? てっきりアローラ地方だから、こんなご機嫌な料理を注文してくれたのかと思ってました」
    「いや、普通にホットサンドとスープを注文したはずなんだけど、なんだよこのわけわかんない色をしたチーズとスープは。これ、食べても本当に大丈夫なの? しかもやたら量が多いし、昼間っから花火で意味不明だし……」
     そこからぶつぶつと止まらない文句を静かに聞いていると、突然彼は申し訳なさそうに顔を俯かせる。
    「……ごめん、自分で注文しときながら文句ばっかで。もし美味しくなかったら、無理して食べなくていいから」
    「ふふっ」
     思わず吹き出してしまうと、グルーシャさんは目をまん丸にしながら私を見つめている。私はそんな彼の手に触れながら微笑みかけた。
    「見た目はすごいですけど、きっと料理の味は美味しいはずです!」
    「気を遣って無理しなくてもいいから」
    「無理なんかじゃないですってば! こんな経験も旅行の楽しみですよ。温かい内に食べましょう」
     明るく声をかけてから、虹色のチーズがふんだんに詰め込まれたホットサンドを手に取り、一口頂く。確かに見た目のインパクトはすごいけれど、味は普通のと変わらず美味しい。
     それなのに、グルーシャさんは浮かない顔で……。
     
    「グルーシャさん、ありがとうございました」
     静かに伝えた感謝の言葉に、彼の肩がぴくりと揺れる。
    「あなたがここに行こうって連れ出してくれなかったら、私は今でも落ち込んでいたと思います……」
     半年ほど前、私は仕事で大きな失敗をしてしまった。社内外の人達からたくさん怒られて失望されて、もう一時期は会社に行くのも嫌になるくらい沈んだ。
     だけど社会人としてそんな甘えたことは言ってられず、周りからの信頼を取り戻すためにこれまで以上にがむしゃらで働いてきた。すると先月くらいから、ようやくもう一度重要な仕事を任せてもらえるようになったけれど、あの失敗が頭によぎっては怖気ついて、正直心身共に辛かった。だけどそんな姿をグルーシャさんには見せたくなくて、彼の前ではいつもの私を演じてきた。
     
     それがある日突然、彼からアローラに行こうと誘われ、パルデアの少し長い連休を利用して弾丸で今日から訪れている。普段ならこんな無計画なことを言い出さないのにどうしたんだろうと思っていたけれど、今ようやくわかった。
    「私を元気づけようとしてくれているんですよね? ……ありがとうございます」
     軽く頭を下げながらお礼を伝えれば、グルーシャさんは罰が悪そうにそっぽを向いてしまった。でも大丈夫。照れ隠しだってわかってるから。
    「そんなこと、ないから……」
     口ではそうぶっきらぼうに言う、不器用な優しさが愛おしい。
    「ふふっ」
     もう一度笑みをこぼすと、波の音を聴きながら私はこの愉快でカラフルな料理にもう一度手をつけた。
     
     
    終わり
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    chikiho_s

    PASTTwitterに上げたバレンタインとホワイトデーの連作。
    プレゼントは死ぬほど貰うけど、自分からあげるなんて無いだろうから悩み悶えていればいい
    ココアの件はフォロワーさんのリクエストで。グランブルマウンテン(砂糖たんまり)でもいいね。可愛いね。

    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19706108
    氷の貴公子とチョコレイト今年もこの日がやってきた。一年の中でも憂鬱な日。バレンタインだ。

    ジムの建物内を埋め尽くす勢いでチョコレートやプレゼントが届く。言うまでもなく全部ぼく宛て。わざわざ雪山の山頂にあるジムまで届けにやってくる人もいる。多分明日は本部に届けられた分がやってくる。正直、意味がわからない。
    この日だけ特別に一階のエントランスに設置されるプレゼントボックスは何度回収しても溢れていて、業務に支障が出るレベル。下手にぼくが表に出ようものならパニックが起きて大惨事になるから、貰ったチョコレートを消費しながら上のフロアにある自室に篭もる。ほとぼりが冷めたらプレゼントの山を仕分けして、日持ちしない物から皆で頂いて、残りは皆で手分けして持ち帰る。それでも裁ききれないからポケモン達に食べさせたり、建物の裏にある箱を冷蔵庫代わりにして保管する。これは雪山の小さな特権。
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