コレクターオフの日の午後。
久々の休みだったから家でゆっくりしていると、斬鉄くんが「見せたいものがある」と言って家に来た。
斬鉄くんは走ってきたようで、息を切らせながら僕の家に入るなり、僕の目の前に手の平サイズのカードを差し出した。
「見ろ、二子だ」
斬鉄くんが差し出したそれは二子一揮と箔押しされた僕のカードだった。
このカードはおそらくプロサッカーチームとお菓子メーカーが共同開発したもので、お菓子の付録として必ずランダムでプロサッカー選手のカードが一枚付いてくる。
カードの写真はいつの試合のものかはわからないが、間違い無く僕だ。
ボールを蹴り上げた一瞬を捉えたその写真は、前髪が乱れて、その隙間から少しだけ右目がのぞいている。
目を見られたくないのに。
この手のカードは商品化する前に本人に許可を取らないんだろうか。
いや、所属チームがOKを出せば通るのかもしれない。
何れにしても僕のカードはもう市場に回ってしまっていて、そのうちの一枚が斬鉄くんの手に渡っている。
斬鉄くんが引き当てた僕のカードはレアカードらしくホログラム加工がされていて、キラキラと虹色の光を反射している。
カード上にいるのは僕なのに、自分ではないような感じだ。
僕が斬鉄くんにカードを返そうとすると、斬鉄くんはスマホケースを外し、その間にカードを入れようとしているので、僕は慌てて斬鉄くんの手からカードを取り上げようとする。
僕が自分のカードを斬鉄くんから取り上げようとするのを察したのか斬鉄くんが僕のカードを僕に取り上げられないようにと、カードを守るようにして僕から遠ざけた。
「ダメだ。あげないぞ。これは俺が引き当てたやつだからな」
「知ってます。別にカードが欲しいわけじゃないです。スマホケースに入れてほしくないだけです」
「このカードの二子はすごくかっこいい。だからいいだろ」
「カッコいいとか悪いとかそんな話じゃないんです。斬鉄くんのスマホケースに僕のカードが入ってるのを誰かに見られたらさすがに変に思われるでしょう」
斬鉄くんと僕が仲が良いのは割とよく知られているけど、僕らが付き合っていることまで知ってるのはブルーロックにいた人たちの中でもほんの一部だけだ。
「本当に仲がいいってわかっていいんじゃないのか」
「僕らの関係がバレたら困るでしょう」
斬鉄くんは疑問符が頭に浮かんだままで全くわかっていない。
いずれにしても隙を作らない限り、斬鉄くんからカードは奪えず、スマホケースに入れるのを阻止することはできないだろう。
僕は斬鉄くんの隙を作るため「斬鉄くん、あれを見てください」と何もない宙を指差した。
すると斬鉄くんは素直に僕が指差した方向に視線を向けたのでその瞬間カードから注意が逸れる。
僕はその隙に斬鉄くんのカードを手から奪った。こうなればあとは交渉だけだ。
「返してくれ。何個も同じお菓子を買って食べて苦労して、やっと二子を当てたんだ。」
「別にカードなんていらないでしょ。ほぼ毎週僕に会ってるしこんなものなくていいじゃないですか」
返せ、返しませんという子供みたいなやりとりは意外なくらい長く続き、半ばちょっと喧嘩になりかけたので、妥協点としてカードは返すけどスマホケースには入れないということで落ちついた。
危うくくだらないことで喧嘩をするところだった。
僕は斬鉄くんにカードを渡すと、斬鉄くんがカードを大事そうに受け取り、斬鉄くんの服の胸ポケットに納められる。
あまりに大事そうにしているので、そんなにカードがいいんですか?本物が目の前にいますよ、と言いたくなってしまうが、やめた。
僕のカードを引き当ててここまで喜んでくれるのも、僕の両親を除けば斬鉄くんくらいかもしれない。
それに。
『カードなんていらないでしょ』なんて僕は斬鉄くんのことを言える立場にないのだ。
斬鉄くんが帰って行き、僕は自分の部屋の電気をつけ、本棚にある分厚いカードケースを取り出した。
漫画や雑誌に混ざって立てかけられたそれは、今まで斬鉄くんに目に触れさせたことはない。
このカードケースの中身。
ここには僕が買い集めた斬鉄くんのカードや、サポーター向けに販売された斬鉄くんの選手写真などが全て収められている。
集めているのはカードだけじゃない。
スポーツ雑誌で斬鉄くんが特集された時の記事や新聞記事、選手名鑑なんかも全て揃っている。
ここには斬鉄くんに関するものが大体揃っているのだ。
揃えるのにすごく苦労したから、斬鉄くんが僕のカードを手に入れるのに苦労したと言っていた意味はよくわかる。
斬鉄くんが僕のカードを引き当てるのに苦労したように。
僕も斬鉄くんのカードを揃えるのに苦労した。
あまりに斬鉄くんのカードが出なかったこで、斬鉄くんのカードが出た時は家の中で小さなガッツポーズまでしてしまったくらいだ。
『いつも会ってるし、別にカードなんていらないじゃないですか』なんて。
「どの口がいうんでしょうね」
カード上の斬鉄くんに僕は語りかけ、カードケースを本棚に戻した。