前髪とざんにこ。「あ」
ニ子と俺の声が重なり、ニ子の少しクセのある柔らかい髪の毛が、ゆっくりと肩に落ちる。
俺はしまった、と小さく呟き、ニ子はただただ、鏡に映る自分の姿に青ざめ、言葉を失っていた。
俺は二子の前髪を切り過ぎてしまった。
鏡に映る二子と目があう。
絶対に顕わになることのないニ子の目が鏡の前に晒されている。
一般的に言えばちょうどいい長さか、少し長いくらいに切られた前髪。
それでもおでこと目を見られるのを極度に嫌がるニ子にとっては短すぎる状態だ。
ニ子がおでこと目を見られるのを嫌がる理由はわからない。
ただ、サッカーをするにもその長さは邪魔にならないかとか、ニ子の大きくて青い瞳が隠されるのはもったいないな、なんて思っていたら、手元が狂ってしまった。
絶対に切りすぎないでくださいと何度も何度も念押しされたのに、だ。
あの日からニ子は口を聞いてくれない。
ニ子はサッカーの時以外は、食堂も洗面も風呂も誰にも合わない時間に短時間で一人で済まし、空いた時間は一人で練習するか、さっさと寝てしまう。
とにかく必要以上に共用スペースにいることを避けていた。
ニ子ってあんな顔してたんだな、と大体のやつが物珍しげにニ子を見るのもその一因かもしれない。
当然ニ子もその視線に気づいているけど、気づかないふりをして淡々と練習をこなしている。
ただでさえ見られたくないものを物珍しげに見られるのは本人にとっては苦痛だろう。
玲央や凪にこのことを相談すると、むしろシカイリョウコウになって良かったんじゃないかと言っていた。
サッカーという点で見れば俺もそう思うし、ニ子の顔が見れるのは嬉しい。
けど、ニ子がそれを望んでいないのだからやっぱりこれはよくない。
俺は何度もニ子に謝ろうとしたが、すぐに背中を向けられてしまって顔を合わせてもらえない。
ニ子には前髪が伸びるまでは話しません、なんて言われてしまった。
前髪が伸びるまで、と言われたので人間の髪が伸びる速さを玲央に聞いてみた。
玲央によれば、個人差はあるものの大体人間の髪は1ヶ月で大体1センチ伸びるらしい。
そして俺は二子の目が顕わになるくらい、大体3センチくらい二子の前髪を切ってしまったから、つまり。
3ヶ月は二子に口を聞いてもらえないということになる。
なにか良い方法はないかと考えるけど、全く思いつかず、俺は本日何度目かの深い深いため息をついた。