休憩するざんにこ(side nk)部屋の中に漂う淫靡な雰囲気。
甘ったるくて、強めの芳香剤の香り。
僕はあまりにも大きすぎるベッドの真ん中で吐き気と戦いつつ、この状況をまだ飲み込めずにいる。
思えば僕は昨日の夜から妙にソワソワして眠れなかった。
理由はただ一つ。
斬鉄くんとデートがあるからだ。
デート、と思っているのは僕だけで実のところ斬鉄くんがどう思っているか分からない。
けど僕はそう思っていて、斬鉄くんと2人きりで出かけるという初めての経験に妙に気持ちが昂って眠れなかった。
何度も何度も寝返りをうち、ソワソワしていた僕は、結局ほとんど眠れないまま朝を迎え、待ち合わせの時間を迎えた。
待ち合わせ場所には早めに着いたつもりだけど、斬鉄くんは予想に反してすでに待ち合わせ場所にいた。
電車が苦手な彼だから待ち合わせ時間には来れないかもしれないと思っていたのに、斬鉄くんは待ち合わせ時間の1時間も前から待ち合わせ場所にいたらしい。
「電車の乗り方をたくさん勉強したんだ」と笑いかける彼の妙に真面目なところが面白くて愛おしい。
彼もまた僕と会うのを楽しみにしてくれてたのかな、なんて思って嬉しくなる。
僕らはご飯を食べて、たくさん話をしながら歩いていたところで、、、僕は体調を崩してしまった。
今日は快晴の日曜日。
街は人でごった返していて、寝不足と緊張、そして慣れない人混みのせいで僕は段々と気持ち悪くなってきてしまったのだ。
…最悪。
なんでまた僕はこんな時に。
なんとか吐き気を抑えようとして我慢すればするほどこういうのは逆効果だ。気持ち悪いと気づいてしまったが最後、どんどん具合が悪くなる。
「二子、顔色が悪い」
「ええ、ちょっと…」
斬鉄くんが心配そうに僕を見ている。
「体調悪いなら今日は」
「いやです」
斬鉄くんはまだなにも言ってないのに、僕は斬鉄くんの言葉を遮ってしまった。
多分僕の体調のことを気遣って今日はもう帰ろうとでも言うつもりだったのだろう。
斬鉄くんの優しさだとはわかるけど、それでも僕は今日のことを本当に楽しみにしていたから、こんなに終り方は嫌だった。
なにより体調を崩した自分が情けなくて悔しくてたまらない。
「あの、大丈夫です、休憩したら大丈夫なので」
「休憩…」
斬鉄くんがなにか考えるような顔をして、僕のに背を向けてしゃがみ込み、僕の方を見る。
「とりあえず乗れ」
「え、乗れって…」
「背負ってやる」
「いや、本当に大丈夫ですって」
何度か乗れ、大丈夫ですのやりとりを繰り返した結果、結局僕が折れた。
折れたというより、段々と立っていることすらしんどくなってしまったからだ。
僕が人混みに酔ったと知った斬鉄くんは、街から徐々に人の少ない方へと歩いていく。
多分公園の日陰にあるベンチとかを探してくれているのだろう、と思って残鉄くんの背中に完全に力を預けて目を閉じた。
一定のリズムで歩き続ける斬鉄くんの背中はすごく心地がいい。
僕は時々うとうとと眠ったり起きたりを繰り返していると、突然斬鉄くんが立ち止まる。
どうしたのかな、と思い目を開けるとそこには、宿泊6500円、休憩4000円とかかれた看板と、昼間なのに妙に派手なライトで照らされて、独特の装飾が施された建物が鎮座していた。
まさかここは。
「二子、見ろ。休憩って書いてあるぞ」
斬鉄くんが妙にキラキラした目でこっちを見ている。
突然の事態に戸惑った僕は頭の片隅で、斬鉄くん、休憩っていう漢字が読めるんですね、なんて失礼なことを感心している。
いや違う、今はそこじゃない。
多分彼は大きな勘違いをしてる。
それを正さないと。
「…きゅうけい、ですけど、その休憩は違います」
斬鉄くんは一瞬黙ったけど、
「?休憩には種類があるのか?」
といいながら建物内に歩みを進めている。
だめだ、止めないと。
「斬鉄くん、とにかくここはやめましょう。僕は平気ですから」
「遠慮しなくていい。いくぞ」
違います、遠慮じゃないと言いたいけど、急に吐き気が込み上げてそれを堪えるのに必死で声にならない。
背負われている状態の僕には、力ずくで残鉄くんを止めることなんて不可能だった。
それに気持ち悪さで朦朧とする意識の中、ここでの休憩の意味を冷静に説明できるほど、僕は経験豊富なわけでも大人なわけでもない。
僕にできたのはせいぜい、斬鉄くんの背中にくっつきながら「その休憩は違うんです」と小さく繰り返すことくらいで、結局僕は流れに身を委ねることしかできなかった。
「二子、気分はどうだ?」
そして今、僕は広すぎるベッドの上に横たわっている。
斬鉄くんは冷蔵庫から冷えたペットボトルの水を持ってきてくれて僕に手渡すとベッドサイドに腰掛けた。
僕は今気持ちが悪いというより、この状況に動揺していた。
もちろん予期せずホテルにいること自体もそうだし、そこに斬鉄くんと2人きりでいることが、僕を余計に緊張させる。
僕は極度の緊張でずっと変な汗をかいていて、喉が乾いていたから受け取った水を一気に飲み干す。
「喉が乾いてたんだな」
斬鉄くんが嬉しそうな顔をして僕を見ている。
顔色も少し戻ってきたな、なんて言いながら僕の頭を撫でてきた。
僕は急激に顔が熱くなるのを感じて、慌てて布団に寝転び、顔を布団にうずめた。
そういう不意打ちはやめてください。
今の僕には刺激が強すぎます。
僕はしばらく布団の中に顔を埋めて悶えていた。
…多分この人本当に無意識なんだろうなあ。
ひとまず自分の気持ちが落ちついだところで、
「かなり楽になりました。ありがとうございます」
と斬鉄くんにお礼を言っていた。
せっかくの休みの日なのに。
デート序盤で体調を崩すような僕を嫌な顔もしないで背負い、僕を休ませる場所を必死で探して、ちょっとした勘違いの末にここまで運んでくれた斬鉄くん。
僕はやっぱり君のどうしようもなく優しいところに惹かれている。
「ちゃんと治るまで寝てろよ、俺は待ってるから」
てっきり側にいてくれるものだと思っていたのに、予想外にも斬鉄くんはベッドから立ち上がり、僕から離れようとした。
…あ、待って、行かないで。
「斬鉄くん」
咄嗟に僕は手を伸ばし、僕から離れようとする斬鉄くんのシャツを端をつかんだ。
「二子?」
「あの……少しだけでいいので、手を…貸してください」
僕らは意図せずここににいるわけだけど、せっかく誰の目にも触れない場所にいるなら、せっかくだから、少しくらい甘えてしまおう。
デートみたいなことをしてしまおう。
いいじゃないかそれくらい、と僕は自分に言い聞かせる。
そんなことを思っているくせに。
甘え下手の僕は、僕の手を握っていてほしい、とか僕の側にほしい、なんて可愛らしいことを言えず、「手を貸して」としか言えない。
こんな状況になってさえ、遠回しな表現しかできない僕は相当臆病な性格だし、相当不器用だと思う。
斬鉄くんは僕の遠回しなお願いを聞くと、もう一度ベッドサイドに座り、まっすぐ僕に手を差し伸べる。
僕はその手を握り、斬鉄くんの心地よい体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
ああ、どうか。
こんな時間がいつまでも続きますように。
そんなことは起こりえないと知っていたけど、僕はそう思わずにはいられなかった。
side nkおわり。