happy happy snowly day目が覚めて窓の外を見た瞬間わかった。
最高だ!
毛布の隙間から寒さが忍び込み首筋が冷たい。ストーブの焚かれたこの部屋でこれだから、とびきりの冷え具合だ。風に煽られた重そうな雪は窓に張り付いたそばからガラス越しの熱に溶かされて呆気なく消えていった。暖かなベッドから飛び出すと寒気に足首をくすぐられる。それに誘われてギャレス・ウィーズリーはクシャミをひとつして、大変に満足した。
なんて素敵な天気!
上機嫌で着替えて大広間に向かう。朝食を摂りながら教員たちの席を眺めていると、マチルダ・ウィーズリーと目があった。今日は目をつけられたくない。いや、いつだって嫌だけど。にっこりと笑って手を振ると、彼女は牽制するような目線を寄越してからおはようというように頷いた。探していた顔は見当たらない。
本当に素晴らしい。
寮に戻ったギャレスは、材料とレシピをかき集めて再び寮を飛び出す。大階段からスリザリンの地下牢経由で行けば殆ど外気に触れずにすむが時間が惜しい。最短ルートは吊り橋と中庭を横切るから防寒は万全にしておいた。マフラーを巻き手袋をして厚手の靴下も履いてある。
手が悴むとしばらくは繊細な計量が難しくなってしまうし風邪も引く。馬鹿は風邪引かないなんてのは、この繊細な芸術を知らず感覚が鈍っても問題にならない野蛮人の話だ。風邪を引くのは馬鹿のやること。偉大な発明のためには常に必要な感覚は研ぎ澄ませておかなければいけないし、病気で寝込むなんて無駄な時間は絶対に過ごせないのだから。
「おはようギャレス。ずいぶん機嫌がいいね?」
防衛術の塔で、転入生と出くわした。
「やあ転入生。今日は最高の調合日和だからね」
彼は両手に鉢を抱えていて、温室に向かうところのようだ。
「そうなの?えっと、天気が調合の成功に影響するってこと?」
気持ちが抑えられずに早めになっているギャレスのペースに、転入生は自然についてきた。目的地は同じ方向だから、そのまま連れ立って歩く。
「確かにそういう薬もあるね。晴れてないといけないとか雷が鳴ってるとダメとか。でもそうじゃない」
「どういうこと?」
転入生は早足で階段を降りながら右の鉢を抱え直しながら首をかしげながら聞くという器用な真似をしている。
「こんな天気の日はシャープはとびきり不機嫌なんだ。足がひどく痛むらしくてさ」
「それのどこがいいの?」
「シャープは生真面目なやつだから、痛みがひどいからって生徒に八つ当たりなんて大人の沽券にかけて絶対出来ないって考えてる。だから不機嫌なときほど怒らないようにしてるようなんだ。良い先生だよね」
ふふふと堪えきれずにギャレスは笑う。転入生はその様子に嫌そうに顔を顰めた。
「つまりシャープ先生の弱みにつけこむんだね。君って結構ひどい」
「猫が居ぬ間に鼠は踊る、さ。ああ、今日一日で新作のレシピをいくつ試せるか楽しみだ」
「一つ忘れてるみたいだけど」
「何だい?」
「雨が降っても雪が降っても大嵐が来たって、ウィーズリー先生はいつも通り君に注意を払ってると思うよ」
転入生がそう言ったのはちょうど変身術の中庭に差し掛かって、凍てつくような風がギャレスの頭を冷ますように吹き抜けていった。
それはそうだ。朝食時の彼女の様子を思い出す。既に警戒されている気がする。彼女ときたら頭の後ろに目がついているどころか、ホグワーツ中の肖像画と視界を共有しているのではと思うくらいほど何でもお見通しなのだから。
「おばさんに会っても今日僕が調合室を使うことは黙っておいて」
「そんな無茶な。ウィーズリー先生に隠し事が出来るわけないよ」
「じゃあ今日はおばさんに会わないようにして。会わなきゃ聞かれることもないだろ」
図書館棟に入ってすぐ右手に折れれば目的地だ。頼んだよ!と手を降って転入生と別れる。
「約束できないからね!?」
後ろで転入生がそう叫んでいた。約束はしないかわりに断りもしない。誠実な彼は良いやつだと思った。
「やあ」
「げ」
魔法薬学の教室に飛び込むと既に数人の生徒が居た。ギャレスの顔を見るなり、名前も知らないレイブンクローの六年生が嫌そうな声を出して、奥の調合台に荷物を移動させ始める。二年かそこらのハッフルパフ生は不思議そうな顔でこちらを見つめていた。みな先生に許可を貰って宿題やらを片付けにきているのだろう。この様子ならそのまま場所を借りても問題はなさそうだけれど、シャープの様子を確認しておきたくてギャレスはオフィスの扉をノックする。
「シャープ先生!おはようございます。ギャレスです。調合台をお借りしますね」
期待が声に表れてしまっていないだろうか。やたら浮かれた声が出た気がする。
「ミスター・ウィーズリーか」
扉を開けて顔を見せたイソップ・シャープは心なしか顔色が悪かった。体を支えるためにドアの縁を掴む手にはかなり力がこもっているし、眉間のシワは明らかにいつもより深い。
やった。やっぱり今日はだいぶ調子が悪そうだ。
「約束だからな。調合台は使ってよろしい。だが…わかっているな?」
度を超すなという釘を刺すためのシャープの言葉をわかりつつ、ギャレスはにっこり無邪気な笑顔で返事をした。
「今日は目一杯やらせてもらいますね!」
その日最初の爆発音が魔法薬学教室から響き渡ったのは、それから20分後のことだった。