「ディフィンド!」
魔法の刃がプロテゴを砕き、そのまま顔のすぐ脇を薙いでいったのが分かってゾッとした。
君とやるのは久しぶりだから楽しみだなんて始まる前は笑っていたのに、始まってみればこの殺気の籠もった攻撃はなんだ。初戦授業の決闘と甘めにしていたとはいえ、防御呪文を打ち破る威力なんて。セバスチャンの目を見ると、その真剣さはまるでフェルドクロフトでランロクの信奉者を相手にしているときのようだった。
「本気すぎない!?」
「君相手じゃ本気以外ないだろ。レヴィオーソ!」
得意の浮遊呪文でこちらの手を封じる気か。
「勘弁してよ…!」
細長い決闘台の上を前に転がって回避をする。身体能力のお陰で呪文を避けるのは得意だけれど、このやり方は相手の動きから目が離れるのが弱点だと分かっていた。それでもそう動いてしまったのは完全に癖で、下手を打ったとすぐに理解する。止まったところでセバスチャンに視線を戻すが、彼はこちらの動きを読んで次の呪文の軌跡を描き終えかけていた。
「アクシオ」
「ぅわ!」
「今回は貰った」
セバスチャンの手の届く距離まで引き寄せられたところで、そう宣言される。目どころか彼の顔には欠片も笑みの気配がない。至近距離で見るその瞳の奥に緑の淀が横切った気がして怖かった。
視界の端、自分のすぐ隣でセバスチャンの腕が次の軌跡を描く気配がある。このままデパルソで吹き飛ばされるのはわかり切っていた。けれど浮いた状態では杖を振るのは難しい。どうする。出来ることなど限られている。
「デパルソ」
腕を伸ばして彼の首を抱え込んだのと、セバスチャンが呪文を唱えたのは同時だった。魔法の対象に腕力で引き寄せられて意表を突かれたセバスチャンは、発動を止めることも次の言葉を接ぐ事もできずに息を呑む。
魔法の効力で後方に吹き飛ばされる中、セバスチャンの首に回した腕を更に引き寄せて、抱きしめるように庇った。これは流石にひどいケガをしかねない。無茶な攻撃をしてくるセバスチャンもセバスチャンだが、それでも負傷させるのは本意じゃなかった。
「嘘だろ!?」
猛烈な勢いで吹き飛ばされている間に、セバスチャンがそう呻くのが聞こえた気がする。
放ち手が巻き込まれたせいで制御が狂ったデパルソは、おそらくセバスチャンが狙っていた以上の勢いで二人を教室の反対側までふっ飛ばしている。
次の瞬間には猛烈な壁にぶつかるのが予測できた。
「アレスト・モメンタム」
ヘキャットの声が静かに響く。
胃と肺の中身が丸ごと押し出されそうな衝撃と骨が砕ける痛みを覚悟していたところを急な浮遊感で受け止められて、宙吊りにされた脳が混乱する。
「え、あ…先生!?」
「あんたたち、どこでだか知らないが随分無茶な戦い方を覚えてきたね」
呆れた様子のへキャットが首をふる。
「僕のは正攻法ですよ」
「黙りな。あんなディフィンド、この教室でやるもんじゃない」
同じように宙吊りのセバスチャンが抗議の声を上げるが、老教師にピシャリと言葉で打ち据えられる。
「さて、どうするか。戦いとしては悪くない。ただ授業の決闘としては到底受け入れられないね」
へキャットがつぶやきながら杖を振ると二人は地面に開放された。
「セバスチャンのせいだからね」
「僕に勝たせればよかったのに、君が無茶なことするからだ」
セバスチャンと睨みあっている間に、教室中にぐるりと視線を巡らせたヘキャットが手を打つ。
「減点はしないでやろう。あんたたちの技術と無茶で帳消しにする。その代わり、二人にはこの部屋の掃除をしてもらおうか。もちろん魔法はなしでだよ」
わかったねと念をおされて、渋々頷く。
「セバスチャンのせいだ」
「いや、君のせいだ」
なおも睨み合っていると、ヘキャットの杖の一線で空き缶が額に飛んできて黙らされた。