Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    Sa2day_7ight

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    Sa2day_7ight

    ☆quiet follow

    現パロ龍バロ本の一篇で、「事務所が潰れたノくんを臨時で家事手伝いとして雇うことになったバロ」の話の導入です。元気が有り余っている系のアソがちょこっと出ています。

    ##原稿進捗
    ##龍バロ

    自転と公転をくり返しながら 弁舌をふるい終えた亜双義は、隣に座る友人の背中を叩いた。カフェにはとても似つかわしくない大音声と物騒な言葉の数々――何ともものものしい。日ごろであれば首根っこを掴んで店の外に放り出しているところだが、事情が事情だけにそうもゆかず、バンジークスは痛むこめかみを押さえながら冷静を装った。そのしぐさが気に入らないのか、亜双義は苛立ちに任せてアイスコーヒーのグラスをストローでかき混ぜている。
    「……何だその顔は。キサマには人の心というものがないのか?」
    「それはこちらの台詞だ。そなたが大きな声で何か言えば言うほど、ミスター・ナルホドーの立場が悪くなるのが分からないのか」
    「ム……」
     青ざめた友人の顔を気の済むまで睨みつけると、亜双義はようやくストローに口をつけた。成歩堂は愛想笑いを浮かべているものの、眼窩は窪み、唇からは血の気が引いていた。
    「あはは……ああ、いや、笑いごとじゃないんですけどね……」
     まったく手をつけていないオレンジジュースは氷がほとんど溶けていて、鮮やかな橙の上に透明の膜を張っていた。未だ興奮さめやらぬ亜双義は身体をむず痒そうに揺らしたが、大きなため息とともに「とりあえず何か胃に入れておけ」とだけつぶやいた。
     近年、弁護士の廃業数が増えていると聞く。その理由のひとつとしては、事件数の減少が挙げられよう。事件数の減少はすなわち案件数の減少、収入源の減少である。成歩堂が籍を置いていた事務所も不景気のあおりを受けて閉業するはこびとなったらしく、彼がその通告を受けたのがつい昨日のこと。事務所で抱えていたはずの案件は新人である成歩堂にはほとんど引き継がれず、何の実績もない彼だけが手ぶらで放り出されたわけである。
     成歩堂から一連の話を聞いた亜双義は当然怒り狂い、その憤然ぶりに慌てた成歩堂はさらにバンジークスへ連絡、突然場に放り出されたバンジークスがなぜか囂々たる亜双義の怒りを宥める羽目となり、そのせいで昨夜はほとんど眠れなかった。
     成歩堂龍ノ介には弁護士の才能がある――亜双義はもちろん、バンジークスもそのことを認めている。しかし、亜双義とバンジークスは検事であって、弁護士ではない。信用できる伝手もなく、バンジークスに至っては大多数の弁護士から忌避されており、表立って力を貸してやるのはかえって成歩堂の道を妨げる可能性があった。
     バンジークスはあえて口にしなかったが、成歩堂の処遇が悪い理由はおそらくキャリアだけの問題ではない。自分や亜双義と親しくしていることを、彼の同僚たちは快く思わなかったのだろう。だからこそ亜双義は憤り、バンジークスはまともに働かぬ頭を抱えている。
    「――そういえば、貴方は今家事手伝いを探しているのではなかったか?」
     はたと亜双義が顔を上げた。いかにも妙案が浮かんだといった具合に目を輝かせている。
    「ああ、そうだが……」
    「ではコイツを雇えばいい。家事はろくにできないが、話し相手としては最適だぞ。友人の少ない貴方にピッタリではないか」
     飛躍した結論と唐突な暴言に気をとられたせいで要領を得ないバンジークスに対し、亜双義は頬を朱に染めながら興奮気味にまくし立てた。
     業務の終わりに交わした、彼とのとりとめのないやりとりの中でそんな話をした気もする、が。たしか、そのときの亜双義は「自分のことぐらい自分で面倒を見たらどうなのです」などと眉を顰めていたはずで、鮮やかなまでの手のひら返しにバンジークスは思わず閉口する。
     一方の成歩堂は瞠目し、狼狽している。信じられないものを見るような目で友人を見つめたのち、口をもごもごと動かしながらうつむいた。
    「いや、でも、申し訳ないよ……」
    「焦って就職した結果、キサマの才能を爪の先ほども理解できぬボンクラにこき使われるのがオレは許せん」
    「……それはたしかに、一理あるな」
     バンジークスがそううなずけば、亜双義は得意げに鼻を鳴らした。
    「ば、バンジークス検事まで……」
    「ミスター・バンジークス、オレからも頼む。貴方ならば安心してコイツを任せられる。先ほども言った通り、家事手伝いとしてはてんで使い物にならんだろうが、それでもいないよりはマシなはずだ」
    「……おまえはぼくを褒めたいのかけなしたいのか、いったいどっちなんだ?」
    「いいからキサマも頭を下げろ!」
     亜双義の手が成歩堂の後頭部をしかと捉え、青ざめていた額は鈍い音とともにテーブルへと着地した。周囲の視線の鋭さにいよいよいたたまれなくなり、判断力が鈍っていることもあいまって、バンジークスは早くも結論へ飛びつこうとしていた。
    「私としては雇うのならば職務を完璧にまっとうできる者の方がよいのだが……ほかにそなたにしてやれることも浮かばぬ。そなたさえよければ、しばらくのあいだは私のもとにいてもらって構わない」
    「あ、ありがとうございます……何とお礼を言ったらいいか……亜双義も、ありがとう」
    「よせ、オレは礼を言われるようなことは何もしていない」
     大きな目を潤ませながら――感極まっての涙というよりは、痛みからくる涙だとは思うが――成歩堂は何度も頭を下げたのち、ぬるくなったオレンジジュースを嬉しそうに飲み干した。
     恋人はおろか、友人とすら生活を共にしたことのないバンジークスにとってはこの結論はやや複雑ではあるものの、見慣れた笑顔が戻ってくることはやはりよろこばしく、年長者としての責務を果たせたようで気分は悪くない。身近の、見栄を張りたがる男の気持ちがほんの少しだけ理解できた気がした。

     ――そなたを家事手伝いとして雇うにあたって、いくつか気をつけてもらいたいことや、約束してほしいことがある。まず、昼夜問わず私の寝室には立ち入らないでほしい。アソーギから何を聞いたかは知らぬが、さすがに朝は自分で起きられる。もし私の不在時にどうしても寝室に入らなければならない用事ができたときは、必ず声を掛けること。
     買い物にでかけるときも、私にひと言声を掛けるように。ショートメッセージで構わない。鍵を持ち出したときは、玄関のキーボックスに忘れず戻してくれ。スペアがなくなると私も困る。
     食事は決まった時間にとっているわけではないので、出来立てを提供しようとは考えなくてよい。それから調味料、食材はそなたの好みで揃えてもらって構わぬ。ワインはこちらで掃除用品なども必要があれば適宜買い足してくれ。あとで精算するので、必ず領収書を受け取るように。
     あとは――そなたの部屋だが、来客用のマットレスぐらいしか置いていなかったはずだ。人間らしい生活をするにはもう少し家具が必要だろうな。今住んでいるところから家具をすべて移すのは難しいだろうから、申し訳ないがこちらに持ち込むものはよく選別してもらえないだろうか。
    「……ひとまずはこんなところだろうか。何か質問は?」
    「ええと、お訊ねしたいことはたくさんあるんですけど……ぼくって住み込みなんですか……?」
    「まずそこからか……」
     落ち着きなく視線をさまよわせる成歩堂に呆れつつも、バンジークスは家事手伝いとして彼に望むことをひと通り説明した。『住み込み』という条件に関しては強制するつもりはないものの、亜双義の話ではこの男もまた朝に弱いとのことで、鍵の管理も含めると、彼をここへ住まわせる方が理に適っていた。
     バンジークスの説明を聞き終えた成歩堂は「理解が遅くて面目ないです」と頬をかいた。それからメモ帳をぱらぱらと見返すと、人懐こい笑みを浮かべながら軽いうなずきをくり返した。
    「今は家電と家具がついている部屋を借りているので、大きな荷物はそこまで多くないんです。ただ趣味のものが多いので、実家に送るか処分しないといけないんですけどね。……実は実家に帰ろうと考えていて、大家さんに無理言って近々部屋を引き払う予定だったんです。だからちょうどよかったなって……あ、お世話になるのに『ちょうど』なんて言っちゃいけないですね、すみません」
    「……いや、私もそなたの都合をあまり考慮できていなかった。すまない」
    「ええっ、バンジークス検事も謝ったりできるんですね……」
     近ごろ同情心ばかり抱いていたせいか、彼に察し心というものがないことをすっかり失念していた。口と揃いの迂闊な足を踏みつければ、ひしゃげた悲鳴が上がる。
     男はひとしきりうめいたあと、何かに吸い寄せられるように掃き出し窓の方へと歩き出したので、怪訝に思ったバンジークスもその後ろをついてゆく。――いびつに伸びた道の先、カーテンの裾から漏れだすネオンオレンジに思わず目を細めた。それはまるで燠のようで、踏めばつま先があたたかい。
    「きれいな夕日ですね」
     燃えるような赤を唇に宿しながら、成歩堂は屈託なく笑う。世界中のしあわせをひとつに集めたような笑顔だった。
    「これから飽きるほど見られるのに」と言いかけて、バンジークスは唇を薄く噛み締める。仮に毎日彼がこの夕日を目の当たりにしたとしても、きっと今のように褒めるだろうと思ったのだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖👏👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works