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    洋三
    ワンライお題「意気地なし」
    グダグダ考えるタイプの二人のカッコ悪い告白話です

    #洋三
    theOcean

    月下、意気地なしのワルツ「月が綺麗だね」


     いつもと同じ調子で放たれた言葉。いつもと同じ調子で返そうとして、ちょっと待てよ、と脳がストップを掛ける。そうして再処理し直して、正しく意味を理解する。三井はアホだが、バカではなかった。
    だって、空は曇りで月は出ていない。

     瞬きの間に、脳みそが高速で回転した。試合中と同じスピードだ。回って回って、ぐるぐるするほど。
     今までのこと、これからのこと。
    水戸との関係は一言では言えないくらいに複雑だ。知り合い、友人、そしてそれ以上。どれにも当てはめる事ができずにいた俺たちを、今水戸が名前をつけて分類しようとしている。それは凄く勇気のいることだと、理解している。


     三井さん、と呼ぶ声の柔らかさに気づいたのはいつのことだったか。気づいていて、何も言わないものだから、軍団にからかわれたのも一度や二度の話ではない。けれどその全てにすっとぼけて返しているうちに、最近は囃し立てられることもなくなった。

     夏祭り、人通りが多いからとごまかして手を繋いだことがあった。俺からだった。最初腕を掴んでいたのが、スルスルと降りていって、手のひらに落ち着いて。それでも水戸は何も言わなかった。俺が力を緩めたらすぐ離れてしまうような、手のひら同士のつなぎ合いだった。

     ふたりきりの屋上で静かに指を絡ませたのを覚えている。手を後ろについていたら、ふと指先が触れて。数拍のあと、合間に入り込んできて。キュ、とゆるい力が込められ、離せなくなってしまった。だから、チャイムが鳴るまでそうしていた。じっとりと暑い、冬のある日のことだ。

     屋上はいいサボり場所だ。俺も水戸もよくあそこで授業をフケて寝ていた。水戸が一人で寝ている時、俺は静かに洋平、と呼んでみたことがある。一回では収まりきらずに、時間の許す限り、何回でも呼んだ。
    俺が横になっている時、水戸が静かに近づいて額に口付けたことがあるのも、知っている。知っているけど、それだけだった。

     今、水戸が俺を引き止めてくれていることを、理解している。
    意気地なしの俺たちは、きっと今日を逃したらもう会うことはない。

     だって今日は卒業式だった。

     大学は県外の遠いところで、引っ越しもする。簡単に会える距離ではなくなって、会うきっかけも理由もない。
    俺たちには何もなかったから。俺の馬鹿な行動をその拳で止めてくれた、という随分と血なまぐさい出来事しか、なかった。何も起こさせなかったのは、他でもない俺自身で、そして水戸だった。


    「……つき?」
    「うん、つき。」


     情けのない時間稼ぎだ。もしや水戸が引いてくれるのではないかという甘えたな打算もあった。
    実際、今まではこれで誤魔化されてくれていた。
    水戸が頑張って一歩踏み込んだ時、俺がキョトンと何も知らない顔を作れば。『やっぱなんでもない、気にしないでミッチー』なんて言って引いてくれる。俺がなけなしの勇気を振り絞って水戸に踏み込んだときだって、『ごめん、聞こえなかった。もう一回言って』というのだから、お互い様だろう。
     だが今日ばかりはそう簡単に逃げることができないようだ。

     今までのこと、これからのこと。
     脳みそは高速回転を続ける。回って回って、そのまま倒れてしまいたい。
    こんな時ばかりまわる頭が、心底うざったい。試合の時だけ働いてくれればそれでいいのに。空っぽのままで居られたら、俺はバカ面を引っさげて頷いていただろう。
     でも、そういうわけにはいかないんだ。

     俺は男だし、水戸も紛れもない男だ。きっと大変だ。きっとじゃなく、絶対大変。
    大変すぎて、嫌気が差すことがあるだろう。だって遠い大学に行くし、俺はバスケが第一だ。水戸を、一番に考えることができない。
     今が良くても、いつか不満が爆発して破綻するのだ。女でさえうまく付き合えた試しがないのに、男なんて。
     それに水戸とは、手を繋ぐまでしかしたことがない。俺の体を見て、水戸は幻滅するかもしれない。『ごめん、そういうつもりじゃなかった』といつもの知らないふりで、俺を突き放す。そのための迂遠な告白だろう。



     何度もしたシュミレーションだ。そうしてたどり着く結論はいつも同じ。

    水戸を知ったら、もう戻れなくなる気がする。

     水戸がこの淡い夢から覚めても、俺が離してあげられなくなる。だって俺は諦めの悪い男。水戸を散々に困らせて、殺されなきゃわからねーのか、とまたあの目を向けられるところまで容易に想像がつく。
     だから、そもそもいらないと。諦めるとか諦めないとかじゃなくて、そもそも望んでいないのだと。
    いつも言い聞かせるのに、結局はこれだ。
     水戸の声を聞いたら、諦めたくなくなる。ほしいと、あの手がほしいと。手だけじゃない。柔らかな声で俺の名前を呼んで欲しい。大切な人にしか見せない目を俺に向けて欲しい。握りこぶしじゃなくて、暖かな手のひらで触って欲しい。俺が触るのを許して欲しい。
     水戸が一番じゃないくせに、こんなに欲深い。俺のような人間と付き合ったら、水戸は不幸になってしまうだろう。そして俺は、水戸を不幸でいさせ続けようとしてしまうだろう。


     だから、無理だ。
    意気地なしの俺には、そんな事ができない。責任が、持てない。

     口を開いて、すっとぼけの台詞を口にする。
    その、間際。


    「……ごめん三井さん。出てなかったね、月。見間違いだった」


     くしゃり、と。
    闇夜でもわかるくらい寂しげに笑うものだから。
    水戸が、答えも待たずに。いつもの調子を保てないくらい、さみしげだったから。


    「好きだ」


     なんて。
    こぼれ落ちてしまった。

     水戸の目が大きく開いて、あたりに静寂が落ちる。
    こんなに驚いているのを見ることも、めったに無いことだ。もしかしたら初めてかもしれない。
     逃避のような思考をしても、回りに回っている頭は自分のしでかしたことを無慈悲に突きつけてくる。

    ああ、水戸に告白をしてしまった。
    みっともない、余裕もない告白。
    沈黙が痛い。水戸はまだ何も言わない。言えないのかもしれない。俺たち揃って意気地なしだから。
    そして、意気地なしの俺は、ついに耐えきれずにみっともなさを上乗せしてしまう。


    「……月が。」
    「……つき」
    「うん、好き、月が」


     馬鹿だ俺。もう、逃げ出したい。
    早く水戸と別れて、家に帰りたい。そうしたら明日には遠方の県だ。新天地。場所も伝えていないのだから、今しがた無様な姿を晒してしまった水戸に会うことは、ない。多分一生。俺は避けるし、水戸も避けるだろうから。
     もうダメだ。告白は失敗した。他ならぬ俺の弱気な逃げによって。
     水戸の方を向いていられずに、体の方向を変える。家に帰ろう。帰って、眠って、そして忘れよう。


    「あの、俺もうそろそろ、帰んなきゃ。あした早いし」

    「三井さん、好き!」


     ぎゅ、と服の袖を引っ張られ、大声で。
    閑静な住宅地に何度か反響して、静寂が訪れる。
    ぎぎぎ、と振り返ると、水戸は真っ赤な顔だ。多分、焦りと羞恥とでどうにかなっている。俺もさっきそうだったから。そしてさっきの水戸の気持ちもわかってしまう。動揺。声も出せないほどの。
     固まっていると、水戸の腕から力が抜けて、袖が開放された。水戸が顔を上げて、ヘラリと笑う。

    「……その、月が。」
    「……つき」
    「うん、つき。……あの、住所教えてよ。話したいし。……月のこと」
    「あ、うん……」

     月のこと話すってなんだ。それで住所教えるって、一体。
     ツッコミどころは双方にあったが、大人しく頷いてしまう。今までの葛藤とか、その他諸々吹っ飛んだ。頭はもう回ってない。ピタリとストップした。

     住所も大学も教えたあとで、顔を見合わせる。
    なんだこれ。
     おかしくて、笑ってしまった。

     俺たちは信じられないほど意気地なしだ。でも、それでもいいんじゃないかと思えた。今出たのは紛れもない本音と意気地のない本質だったし、それを見てもまだ愛おしいと感じてしまったから。水戸もそうなんだろう。
     これからもたくさん不安なことはあるし、大変なことだって今までの比じゃなくなる。
     意気地無しも、多分一生治らない。けれど、互いの意気地のなさを知っているなら、なんとかそれでも生きていけるんじゃないか。少なくとも、告白はできたわけだし。
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    DONEラブレターの日ということなので。同棲洋三でラブレター小ネタです。恥ずかしがり屋のラブレター


    いつもより、少し遅めに起きた休日の朝。
    リビングのテーブルに置かれた封筒へは【水戸へ】と書かれた三井さんの文字。
    なんだろう?と思いながら中を取り出せば便箋が一枚。
    二つ折りにされたそれを開いて目にしたものは。
    【俺はお前が思ってる以上にお前に惚れてるし、愛してんだかんな。あと、この気持ちはお前のと一緒にお前と俺ごと墓場まで持っていくつもりだから覚悟しとけ】
    「・・・・・」
    まったくもってこの人は・・・
    俺との関係を全然周囲には隠しはしないけど、変なとこで恥ずかしがり屋で、俺に面と向かっては「好きだ」とか「愛してる」とかはなかなか言わない。
    それなのに、こんな熱烈なラブレター寄越してくるなんて。
    「・・・マジで、何回惚れ直させたら気がすむの、あの人・・・」
    三井さんの文字をなぞりながら、俺は口許が緩んでいくのを止められない。
    きっとこれを書いてる最中も、封筒に入れ込む時も、顔を真っ赤にしてたんだろうなと、想像できてしまう。
    「帰ってきたら、三井さんにどんだけ嬉しかったか教えてやんなきゃな」
    真っ赤な顔して涙目で逃げを打とうとするだろうけど、逃がしてやる気 551