よいち誕小説未来捏造
同棲設定
馬狼に初めて誕生日を伝えた時、凄く険しい表情を浮かべて勘ぐるように繰り返して確認してきたのを覚えてる。
どう言った経緯で誕生日を教えたのかは覚えてないけど、そこから別に話も発展せず、反応の鈍い馬狼にガックリした記憶がある。
今思えばまだ付き合ってもない時に誕生日を教えられても何言ってんだこいつ、興味ねぇよ。くらいに思ってたんだろうな…そんな顔してた気がする。
しかも4月1日は俗にエイプリルフールと言われる日で、そんな日に「俺今日誕生日なんだよなぁ」なんて突然言われたらそりゃあ疑うか…。
「あ、きんつば…うぉ、しかも中田屋のじゃん」
誕生日当日に1人家でまったりしてんのもなかなか楽しいかもしれない。
日付けが変わった瞬間、青い監獄メンバーや今のチームメイトからメッセージが送られてきたりしていたけど、昼頃になればそれも落ち着く。
今日は完全にオフで特段出かける予定もなく暇を持て余してたところだった。
お昼ご飯でも作ろうかと開けた冷蔵庫に、好物を発見して気分が上がる。
綺麗に包装されたままのそれを手にとって一度ぐるっと見てみても同居人の名前は書いてない。
"食べられたくない物には名前を書く"
それが同居するにあたって馬狼が示したルールの一つで、一人っ子の俺としてはなんで?と思ったけど、名前を書き忘れて置いていたきんつばを馬狼に目の前で美味そうに食われてからはちゃんと書くようにした。
絶対俺のだって分かってたくせに食いやがった馬狼は何故か得意げだったし、文句も言えない俺を見てドヤってた。
あの悔しさを思い出しながら、きんつばの包装の表面を撫でてどうするかなと悩む。
「絶対馬狼のだよなあ…」
俺は買ってきてないし、存在も今知った。
となると、馬狼が買ってきたか貰ったかで冷蔵庫に入れていた物だ。
でもきっと名前を書いてないのは書き忘れたとかじゃなくて単純に、俺も食べて良いぞって言う意味だと思う。
かと言って、本人のいない時に食べるのは憚れるし、練習中の馬狼にきんつば食べて良い?とメッセージを送るのもちょっと違う気がする。
悩んだ末、ずっしりと重さのある箱をもう一度冷蔵庫に戻してリビングのソファに座れば、お昼ご飯を作ろうと思っていた筈なのになんだか全てのやる気を奪われたかのように脱力してしまう。
別に昼くらい抜いてもいいだろ…夜はどこか食べに行くかなぁー
ぼんやりと考えながら、久し振りにゆっくりと進む時間にぽかぽかと暖かい日差しが気持ち良くてちょっとだけ、と目を瞑る。
「っ…ぃ、おい!起きろ!」
「んぁ、、?」
馬狼の声がすると思って目を開ければ、予想通り眉間に皺を寄せて青筋を立てた馬狼と目が合って、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなる。
「チッ、そんなとこで寝てんじゃねぇよ」
「え、ごめん、寝落ちてた」
「…ばっちいな、涎垂れてんぞ」
慌てて飛び起きた俺に目を細めた馬狼が俺の頬を摘み上げて心底嫌そうに言われる。
そんな嫌そうにしなくても、と内心で落ち込みながらも手で拭おうとする前に馬狼からティッシュの箱を渡される。
「…風邪ひくだろうが」
ありがとうと言う前に馬狼の低くぼやく声が聞こえて、その言葉に驚いて立ちっぱなしの馬狼を見上げれば当の本人はもう踵を返していて表情は見えない。
馬狼がリビングに置いたままのバッグを拾ってスタスタと部屋を出ていくから、行き場のない声を飲み込んで渡されたティッシュで口元を拭く。
「なんだあれ…」
今日の練習で頭でも打ったのかも知れない。
突然なデレは心臓に悪いんだって何度言えば分かるのか…。
きっと風呂に入りに行っただろう馬狼に聞こえないのを良いことに大きく息を吐けば胸の上から軽く心臓を撫でる。
早く馬狼に触りたい…
「何してんだお前」
「あ、馬狼」
悶々とし始めた気持ちを落ち着けようと思ってトレーニングルームに置いてあったサッカーボールを引っ張り出し足で遊んでいれば、風呂に入ってさっぱりした馬狼がリビングに戻ってきて怪訝な顔で俺を見下ろす。
やっと戻ってきた男にサッカーボールをパスすれば、裸足の指先で器用にボールを掬い上げ綺麗にリフティングを見せる。
太腿や足首を使ってボールを跳ねさせた後、チェストパスで綺麗な弧を描いてボールが返ってくる。
リフティングでドヤ顔を浮かべてみせる年上の恋人が最高に可愛い。
「可愛いなお前」
「?」
声に出てたらしく一気に凄む馬狼を曖昧にやり過ごしながら手の中でサッカーボールを転がす。
そんな俺に突っかかるのをやめた馬狼が今度はキッチンに向かうので思わず後をついて歩く。
「んだよ、邪魔だ」
「もしかして作ってくれんの?」
「…今更外に出んのかお前は?なら1人分でいいな」
「え、何でそうなるんだよ!俺は馬狼のご飯が良いんだけど!?」
馬狼の手料理なんて久し振りかも知れない。
最近試合だったり練習だったりでゆっくり落ち着いて会える日も無かったから、まさか今日、食べられるとは思わなくてテンションが上がったのに、何を思ったのかつれないことを言う馬狼に慌ててつっこむ。
「…そーかよ」
「なにか手伝う?」
っと唇を尖らせて黙った馬狼の横に立てば、いらねーとぶっきらぼうに返ってきて、俺としてはちょっとでも馬狼の近くにいたいから何としてでもこの位置は死守したい。
「いつも手伝えって言うじゃん、今日なに作んの?」
「だぁっ、いらねぇっつってんだろ!今日は良いんだよ!ちょろちょろすんな邪魔だ!」
腕まくりをして手伝おうとすれば青筋を浮かべた馬狼が唸って、ゲシっとお尻に衝撃が走る。
こいつ蹴りやがった!
「いてぇっ!」
「良いからお前は座って待ってろ!」
「ちぇー、何だよ、もー」
ガルガルと威嚇する獣のように顔を怒らせてプンスコ怒る馬狼にそこまで言われてしまえば横に立っておくわけにもいかず、蹴られたお尻を擦りながらキッチンから撤退する。
「何だよ今日はっ…て…、え?」
キッチンから聞こえてくる準備の音を背に、馬狼の言葉を復唱すれば、仮説が生まれてきて頭の中でぐるぐると今までの馬狼の様子が思い起こされる。
一度意識してしまうとにやにやと口元が緩んできて思わず手で口を覆う。
嘘だろ…
俺の誕生日だから?
10代の頃は盛大に誕生日を祝ってもらうのが嬉しかったけど、もう20も中旬にくれば忙しさで誕生日を忘れる事すらあった。
今日だって朝の馬狼は特に変わりなかったし、メッセージではみんなも忙しくて集まれないからお祝いは後日になんて話をしてた。
そう思えば、冷蔵庫の中のきんつばだって俺の好物なのは馬狼も知ってるし、つい最近、食べたいなあなんて独り言を言った気がする。
自意識過剰だと言われればそうかも知れないけど、恋人のちょっとしたお祝いに気付いてしまうと嬉しくて仕方ない。
嬉しさを噛み締めながらキッチンから撤退してダイニングの椅子に座れば、カウンターから覗く馬狼が伏目がちに食材を調理していて、時折落ちてきた髪の毛を耳に掛ける。
頬杖を突いてその様子を眺めていれば、何だか人妻感が凄くて、内心で俺のだけどな…、と誰に言うわけでもなく優越感に浸る。
料理してる時の馬狼は眉間に皺もなく青筋も浮かんでない。何となく楽しそうな表情を浮かべていて、普段あまり見ない表情を堪能できる。
言われた通りに大人しく座って待っていれば、次第に良い匂いが漂い始めてぐるぐるとお腹が鳴り始める。
「おら、出来たぞ」
馬狼を眺めながら今日の事を短く話せば、馬狼は律儀にちゃんと返事をしてくれる。
そうこうしてれば時間なんてあっという間に過ぎて、出来上がった料理が食卓に並ぶ。
ほかほかと湯気をたてる白米に綺麗な焼き目のついた焼き鮭、ぶつ切り具沢山の豚汁にほうれん草とおくらの和物…ザ・和食のラインナップに涎が止まらない。
「美味そう!」
「あ?美味いに決まってんだろ誰が作ったと思ってんだ。」
自信満々に言ってのける馬狼が椅子に座ったのを確認して手を合わせる。
いただきますを言った後、ご飯を頬張る俺をちらっと見てくる馬狼に、あんだけ言っておいて俺の反応気になってんのかよ。と内心でつっこみながら、皿から顔を上げて笑ってやる。
「やっぱお前凄いな!めちゃくちゃ美味いよ」
「ったりめぇだろ」
ふんっと鼻で笑った馬狼が心無しか嬉しそうで、俺まで嬉しくなる。
ぐーぐーとうるさく鳴っていた腹の虫も落ち着くほどのボリュームと美味しさに夢中で箸が進む。
綺麗に食べる馬狼を時折見ながら会話もなくただ黙々と口を動かす。
静かだけど凄く久しぶりの空間にじわじわと満たされていく気がして何だか落ち着かない。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さま…、ちょっと待ってろ」
綺麗に空になった食器と満たされた食欲に手を合わせてありがとうの意味を込めて言えば、一緒に食べ終わった馬狼が椅子を引いて立ち上がる。
ついでとばかりに食器をテキパキと撤収してキッチンへと戻ってしまった馬狼を目で追いながら、言われた通りに待っていれば馬狼が白い小さめの箱を持って戻ってくる。
「ん?何だそれ」
「あ?ケーキだわ」
椅子に座った馬狼が何と無しに言った言葉に声が上がる。驚きに固まる俺のことなんて無視して、慎重に箱を開けた馬狼が中からケーキを引っ張り出してきて、トレイの上に乗っている小さめのショートケーキがテーブルの上にちょこんと置かれる。
置かれたケーキにはいちごがたくさん乗っていて、真ん中にはチョコプレートが鎮座していた。
"よいちくんお誕生日おめでとう"と書かれているそれを馬狼がどういう気持ちで注文したかは分からないけれど、ショートケーキにプラスして誕生日プレートを頼むくらいには俺の誕生日を祝ってくれてるのが分かって、最高に気分がアガる。
嬉しさで震える俺に構わず馬狼は包丁でケーキを切り分けて、上に乗っている苺を分けていく。
ご丁寧に俺の分に苺を多めに乗せてくれて、しかもケーキもちょっと大きめ。
馬狼は何も言わないけど、端々で見られる特別感にどうしようもないほど恋人が愛おしくて堪らない。
「おら、お前の分」
最後に避けていたプレートをケーキへと乗せたら皿を俺の方に寄せてくる。
丁寧に切られた断面から覗くフルーツと鮮やかな苺が美味しそうで、ふと思いついた提案を馬狼にふっかける。
「ハッピーバースデー歌ってくんねぇの?」
「あ?…知るか、さっさと食え」
「誕生日って言ったらハッピーバースデーだろ?」
「…っせぇ」
俺の提案に案の定ぐっと眉間の皺を深くした馬狼は自分に配膳した分のケーキにフォークをつきたて大きい一口を掬って頬張る。
もぐもぐと頬を膨らませて食べる癖が可愛くて、じっと見ながらもう一度強請ってみれば面倒くさそうに表情を変えた馬狼のフォークが俺のケーキへと伸びてきて、1番大きい苺をぶん取られる。
「あ!、おま、それ1番でかいやつ!」
「さっさと食わねぇお前が悪い」
「ひでぇ、王様だな!」
「お前(下民)に与えてやったのは俺だ。俺が与えたものをどうしようが俺の勝手だろ」
まさに自己中我儘キングと言わざるおえない発言に開いた口が塞がらない。
ふんぞりかえって当たり前だろ?と首を傾げる馬狼に歯噛みしながら自分の分を奪われないようフォークを突き立て大きく一口頬張る。
くそ…、むかつくのに可愛いんだよちくしょう。
「んま、これふまいな」
「おい、食べながら喋るな」
口に入れたケーキは軽いクリームが甘ったるくなくて、間に挟まってるフルーツがいい感じに酸味を感じさせてくれる。
スポンジのふわふわ感も最高に良くて、切り分けられた分はぺろっと完食できそうだ。
「もう取らねぇからそんな急ぐな…喉に詰まるだろ、ガキかよ」
「……お前のせいだろ」
あっさりと消えた一口分のケーキを惜しみながら、もう一口分を掬い取る。
呆れたように俺を見てくる馬狼をじとりと睨み付けて言えば鼻で笑われる。
たった2歳…今は1歳差だけれど、一生縮まらないそれは俺を焦らせるし、もどかしくさせる。
口の中でプレートがパキパキと砕けて、甘いホワイトチョコレートの味が口腔内に広がっていく。
「食ったなら歯ぁ磨いて風呂入ってこいよ」
「うん」
馬狼は食べ終わってここで寛ぐ気なのか動く気配もなくて俺はデザートを堪能してから席を立つ。
ついでに皿を下げようと思っていれば、すかさず馬狼から良いから早く行けと言われ、言葉に甘えてリビングから出ることにする。
なんだか至れり尽くせりでちょっとむずむずする。
これも誕生日だからだ…。
早く馬狼に触りたくて急いで歯も磨いて風呂にも入って後は寝るだけ。
恋人を探してリビングを覗いてみるも馬狼はいない。
時計を見れば22時が近くて、寝室かと思ってみてもベッドに目的の人物は居なくてスカされた感じにちょっと寂しさを感じる。
折角馬狼に触れると思っていただけに、どこいったんだよと変な八つ当たりすら思てしまう。
仕方なくベッドに乗り上げれば、綺麗にベッドメイクされている布団に皺を寄せる快感にちょっとだけ気分が戻る。
ばふっと勢いを付けてベッドへ倒れれば1日の終わりを感じて、特別な日が終わる寂しさと祝われた言葉を思い出して嬉しさがないまぜになる。
そういえばまだ馬狼におめでとうと言われてないなと思い出せば、きっと恥ずかしくて言えないだろう恋人の反応を想像して口元が緩む。
それでもいい。
今日、馬狼と一緒に過ごせただけで大分満足してるし言葉にはしないだけで十分なほどお祝いされてる。
ふーっと息を深く吐いて脱力していれば、寝室のドアが開いてやっとこさ恋人が入ってくる。
「馬狼!どこ行ってたんだよ…早く来いよ」
身体を起こしてぽんぽんと隣を叩いて見せれば馬狼がのそりとベッドに上がってきて、俺に右手を差し出してくる。
その手の中にある白と黒のストライプを見て、まさかと思い馬狼を見上げれば、照れ隠しなのか目を伏せて手元を見ていて、ゾワゾワと興奮が湧き上がってくる。
「ん…やる」
「嘘だろ…良いのか?これ、お前がユーヴァースにいた時のだろ…しかもヨーロッパカップで優勝した時の」
「何でそこまで分かるんだ…きしょいなお前」
恐る恐る差し出されていたユニフォームに手を伸ばせば、興奮で口が回る俺の手に馬狼のユニフォームが渡される。
お前のファン1号は絶対俺だからな…
そりゃあずっと見てきたんだから分かるに決まってんだろ。
言いたいことはいっぱいあるけど、渡されたユニフォームを広げて背中に馬狼の名前と13の番号を見て、子供の頃に戻ったみたいに嬉しくなる。
「本当に良いのか?」
「あ?こんなもん欲しがるなんてお前くらいしかいねぇよ」
馬狼がイタリアでユーヴァースに所属していた時にヨーロッパカップで2得点上げて、劇的優勝に貢献した時に着ていたユニフォーム…
今でもユーヴァースから熱烈なお誘いを受けてるらしい馬狼はそれを蹴って日本のJ1でプレーしている。
詳しい理由は教えてくれないけれど、今の方がおもしれぇ。とは馬狼が言っていた言葉だ。
ヨーロッパカップで優勝した時、直接馬狼にユニフォームが欲しいとねだった。
その時は全く聞く耳を持ってくれなくて、俺のユニフォームとの交換を提示してみても素気無くいらねぇと言われて意気消沈したのが去年。
思ってもみなかったプレゼントが嬉しくて馬狼の腕を引いてベッドへと倒れ込む。
「すげぇ嬉しい!ありがとな馬狼」
「cattivo gusto(悪趣味め)」
「あ、それずりぃ」
はしゃいでる自覚はある。
俺に引き倒されて乱れた髪の毛を掻き上げながら馬狼の口から出たのはイタリア語で、何を言っているかは分からないけど絶対良い意味じゃないのは分かる。
それでもやっぱり興奮はおさまらなくて、馬狼にもう一度ありがとうと伝える。
「ふっ…まじでガキだな」
俺のはしゃぎように馬狼が目を細めてふっと笑う。
その笑顔が珍しくて目が離せなくなる。
すげぇ柔らかく笑うから吸い込まれるように気付いたらキスしてた。
「んッ!?」
びっくりして硬直した馬狼の身体をベッドへと押し付けて、マウントを取るように体勢を変えればそのまま逃げようと背ける顔を確保して分厚い唇を舐める。
グッと押される肩の感覚に上から体重をかけながら抵抗して、馬狼の鼻を摘めば息が出来なくなった馬狼の口が開く。
その瞬間に舌を入れ込み噛まれないように下顎を固定すれば縮こまった馬狼の舌をぢゅっと吸い上げる。
「ん…ッ、ふ、」
「んン…っ」
合間に漏れる馬狼の吐息が興奮を焚き付けてきてもう少しだけもう少しだけとキスが長くなる。
キスの合間に馬狼の表情を盗み見すれば、目を瞑ってキスに感じ入っていてもっと気持ち良くなって欲しい気持ちが高まるし、歳上の恋人をどうしようもなく可愛いと感じる。
「はッ…っ、ぁ…」
「はぁ…、これでもまだガキかよ」
ちゅっと音を立てて唇を吸い、唾液で濡れた唇を拭いながら俺の下で息を乱す馬狼に煽るように言えば、ぴきっと青筋を浮かべた馬狼に胸倉を掴まれ、ベッドへと引き寄せられる。
勢い良くぐるっと回った視界に声が上がる。
「ぅ、ぉっ、!?」
「は…ッ、まぜがきが」
肩にベッドのスプリングを感じ、視界が馬狼を捉えれば紅い瞳が俺を見下ろしてくる。
してやったりと口端をあげて笑う馬狼と一気に距離が縮まり、キスされるっ、と思った瞬間、がぶっと頬に噛み付かれて痛みが走る。
「っ!」
「てめぇにはこれで十分だろ…、おら、さっさと寝ろ、おねむの時間だろクソガキ」
ばふっと叩き付けられた枕を受け止めて馬狼を見ればいそいそと布団の中に潜り込み寝やすい格好を取り始めていて、慌てて引き止めるように腕を掴む。
ふざけんな、こんな気分で寝れるかよッ!
「嘘だろ!お前、っ、誘っといて寝んのかよ!」
「?いつ誘ったんだよ…いつまで経っても童貞くせぇガキだな。」
のそっと身体を少しだけ起こした馬狼が自分の枕の形を整えながら呆れたようにガキだガキだと言うからこっちだってムキになる。
いっつもそのガキに喘がされてんのはどこのどいつだよ…。
「こんのッ…」
「ふん」
泣くまで抱き潰して分からせてやろうか。
そんな気持ちが過る。
それをごくりと飲み込んで、このままどっちも折れなければ最悪一緒に寝てくれなくなる気がして、ぐっと堪える。
絶対俺の方が大人だわ…わがままキングめ。
内心で悪態を吐きながら俺の出方を伺っている馬狼を睨み付け、手を挙げる。
「分かった、ヤんないから触らせて」
「は?」
「最近全然時間合わねぇじゃん…、好きなやつに触るくらい良いだろ?馬狼はそのまま寝てても良いし」
訳がわからないと片眉をあげる馬狼に言ってみれば何か思うところがあったのか少し考える素振りを見せた馬狼が舌打ちをして布団へと潜り込む。
無言のそれを許可だと受け止めて、馬狼と向かい合うように布団へと潜り込めばくわっと欠伸した馬狼が眠そうにゆっくりと瞬きして俺に手を伸ばしてくる。
無骨な男らしい手が俺に向けられたかと思えば、いつもの荒々しい所作とは違って、優しく頬に手を添えられて親指の腹で頬を擽られる。
そうかと思ったら直ぐに興味が移ったように髪の毛がサラサラと梳かれる。
「はっ、随分な間抜けずらだな…まぁ、お前に触るのも悪くねぇな」
驚いて固まる俺を他所に、無遠慮な手つきで馬狼が噛んだ場所を撫でられ目元を擦られる。
好き勝手に動く馬狼の指が満足して離れれば、小さく笑いながら言うもんだから言いたい事が溢れ出して声にならず、喉元でぐぅっと詰まる。
あーもー…なんっでそういうことするかなぁっ!?
「おまえ…なぁっ…」
「お前が触るなら俺が触ったって良いだろ。潔、お前は俺に触らねぇのか?」
「っ〜、触ります、触らせて頂きます!」
くったりとベッドへとしなだれた馬狼の色気に堪らず食い気味に言い切って手を伸ばせば今日はよく笑う馬狼が目を細める。
「ふっ、Il mio amante carino…(可愛いやつ…)」
「馬狼、それじゃ分んねぇって」
「お前には教えてやんねぇよ」
馬狼の声で耳に慣れないイタリア語が聞こえたかと思えば、ふんと鼻を鳴らして、俺で遊んで満足したのか本格的に寝る体勢を取って目を瞑る。
手のひらでころころと転がされてるのは落ち着かないけれど相手が自己中我儘王様だから仕方ない。
体勢が落ち着いたのかゆっくりと息を吐いて身体の力を抜いた馬狼の足に俺の足を絡めて、ゆっくりと頬に触れる。
俺の手が馬狼に触れた瞬間、一度だけ向けられた紅い瞳は勝手にしろとでも言いたげで、直ぐに重たい瞼が隠してしまう。
出来るだけ邪魔にならないように首筋や髪の毛をやんわりと触れば、絡めた場所から体温が移ってきて心地良い。
暫くの間馬狼の髪の毛や手を触っていれば、気付いた時には寝付きがいい馬狼は気持ち良さそうに寝息を立てていて、久し振りの恋人の寝顔を眺める。
誕生日の俺の為に、色々考えたんだろうな…
明日は一緒にきんつばを食べよう。
それから出来ればユニフォームにサイン入れて欲しいな…
眠気を感じながら明日のことを考え、馬狼の胸元へ身体を寄せれば、小さな唸り声がしてガッチリとした腕が俺の身体に回ってくる。
「…満足した…なら、ねろ、、」
起こしたかと思って慌てて馬狼の顔を見上げれば、目を閉じたまま、掠れた声でのったりとした声が聞こえてくる。
半分夢の中に居そうなその声色につられて馬狼の胸元に顔を寄せて目を瞑ればどくどくとしっかりと聞こえる馬狼の心臓の音に子守唄みたいな安心感があって身体の力が抜ける。
派手に祝われた訳じゃないけど、やっぱり恋人と過ごす特別な日は別格でいつにない馬狼を見ることが出来て満足した。
来年も続けばいい…
まずはあと2ヶ月後、恋人の誕生日に向けて策を練らないとな。
end.
cattivo gusto = 悪趣味
Il mio amante carino = 俺の可愛い恋人