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    iduha_dkz

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    iduha_dkz

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    高3の綾が群馬から帰省する日の朝の話
    前半は綾と大和、後半は綾と桃吾
    綾がやめると伝えてから時生と仲が拗れたまま別れたという幻覚を見ている割には、穏やかで優しい話になっていると思います

    高3だと大和の綾の呼び方が変わってる可能性もあるものの、わからないので綾瀬川くんのままにしています

    里帰りの前に朝食を食べ終わり今から練習というタイミングで、珍しい人から電話がかかってきた。普段はメッセージの応酬なのに急に通話がかかってくるのはたいていなにか文字に残したくないことが相手にある時で、それを知っている大和は迷わず通話に出る。
    「綾瀬川くん、朝からどうしたん?」
    高校に進学した直後は頻繁にかかってきていた通話も、進級するに従って頻度が落ち着き急な通話は高三になったらほぼなくなっていた。寂しいようなチームでうまくやれているのならそれにこしたことはないような、寂寥感と安堵が混ざった気持ちでいたので、最後の甲子園で戦った後に初めてかかってきたそれに、大和はすぐ反応したのだ。
    「今日、帰省するんだ」
    「そうなんや」
    「それで、リトルとシニアん時のチームで夜同窓会あって……」
    「うん」
    「行ってくる」
    「……不安なら無理して顔出さんくてもええんやない?」
    「やだよ……一個上の先輩達も来るしやっぱ会いたいもん。それに……」
    「それに?」
    「同窓会の連絡くれたの、時生からなんだ」
    その名前は、大和の記憶している限りでは、足立フェニックスで一番綾瀬川と揉めていた同期だった。大和にホームランを打たれて辞めるのをやめてから、彼のピリピリとした感情が会う度に自分にも向いていたことを大和は覚えている。感情が真っ先に向く先だった綾瀬川とはどれだけこじれていたのか、渦中にいなかった大和に本当のところはわからなかったが、彼の綾瀬川への声かけは同じチームの同期に試合中にかけるものとして普通はない感情がこもっていた。
    そんな彼から、高校で離れた綾瀬川に同窓会の連絡がきたというのは大和にとっても驚きで、何かしら心境の変化がありかつての気持ちを抱えたままではないとわかる。
    「たぶん長近さんとかに言われて俺に連絡したんだろうけど、でも、あいつは会いたくないなら頼まれても連絡なんてしないだろうからさ」
    だから、久しぶりに会ってみようと思って。そう続けた綾瀬川の声は、前までの関係を引きずった緊張の中に、相手に対する期待が混じっていた。高校に進学した直後のような最初から全部諦めたような状態よりも、今の方がずっと好ましいなと大和は思う。
    「なかなおりできるとええなぁ」
    「仲直り……? まぁそっか」
    「上手くいかへんかったら、終わったあと通話してくれたら話聞くんで、またかけてな」
    「ありがと。じゃあ、ちょっと行ってくる」
    「いってらっしゃい」
    大和は切る直前の綾瀬川の声を聞いて、根拠はなにもないが夜に通話はかかってこない気がした。少し緊張しながら東京に向かって元チームメイトに再会して、そして上手くいかなかった時間を上書きできるような同窓会になるのだろうなと思う。
    こんな風に綾瀬川の周りのトラブルが、全部片付いていけばいいのにと大和は思う。綾瀬川からの急な通話がなくなるのは少し淋しいが、大和からかけるのを拒否されたわけではない。
    綾瀬川くん、誘ったらプロ野球やメジャーの中継一緒に見たりしてくれるやろか。そんなことを考えながら、大和は今日の練習に向かって行った。

    ===

    帰省するというのに荷物を置いたまま寮の部屋を出て戻ってこない綾瀬川に、桃吾が実は荷物を忘れて出発してしまったのではと考えはじめたタイミングで部屋の扉が開く。
    「どこ行っとったん? 荷物忘れて出たかと思ったわ」
    「ちょっと電話してた、もう行くよ」
    戻ってきた綾瀬川はまとめていた荷物を持つと、扉にとんぼ返りする。忘れていたわけではないならこちらが気にする必要はないかと、桃吾は綾瀬川に向けた目をおろしながら、気いつけて行ってきーと口にする。
    普段出かける時と変わらないテンションの一言だったが、それを聞いた綾瀬川の足が止まった。
    荷物をその場に置いて、桃吾のところまで歩み寄ってくる。
    「どしたん? のんびりしとると新幹線乗り逃すで」
    「うーん、あのね……」
    のんびりしているとその分遅れるというのに、綾瀬川は何かを迷ったまま桃吾の隣にいる。
    「なんやねん!」
    焦れて言葉が荒くなり始めた桃吾を見て、綾瀬川は仕方ないとばかりに微笑んだ。
    「うん、やっぱり言っとく。ありがとう」
    言いたいわけじゃないんだけど、言わないといけない気がしたから。しぶしぶ言っているのにその表情は晴れやかで、桃吾は綾瀬川の真意がまったくわからない。こんな風にお礼を言われるような心当たりが桃吾にはまったくなかった。
    「……は? おまえほんまにどうしたん?」
    「……俺だって遺憾なんだけど、でも桃吾が俺のとこ来てなかったら今日会おうって思えなかっただろうから、一応」
    綾瀬川の中では何らかの必然性があるらしいのだが、桃吾にその論理はさっぱり見えない。
    「はぁ? どういうことやねん」
    「これ以上は黙秘権。じゃあ、行ってきまーす」
    桃吾がいたから会おうと思えた東京にいる人の心当たりなんて桃吾につくわけがないのだから説明が欲しいと要求するが、綾瀬川はこれ以上詳しく語るつもりはないようで、さっさと桃吾から離れると荷物を持って扉に向かう。
    「あ、おいこらわけわからんこと言い逃げすんなや!」
    そうは言うものの、電車の時間があるので引き止められはしない。謎のお礼だけ残されてしまった桃吾は、代わりにスマホを開くと「説明せえや」と簡潔なメッセージを送った。綾瀬川が電車に乗ったら気づくだろうが、先程「ありがとう」と言った時の雰囲気を考えると、理由の説明は永久にされず誤魔化され続ける気はする。それでも疑問でいっぱいにされたからにはこれくらいはしないと気がすまない。どうしても言いたくないなら帰省から戻ってきた時には忘れていてもいいが、今はまだ追及のタイミングなのだ。
    そんな複雑な気持ちがこもった五文字のメッセージには、後ほど「怒って逆方向を向いている青と黄色の鳥」と「仲直りの文字と一緒に羽を合わせて一緒にこちらを笑顔でみてくる青と黄色の鳥」の二つのスタンプだけが返される。
    それを見た桃吾は、なんとなくわかったような、より誤魔化されたような、なんともつかない気持ちになる。ただ、もし誰かと仲直りしにいったのならば良い結果になればいいと思い、けれども言葉では何かを伝えにくく。
    結局、パンサーズのマスコットが応援している様子が描かれたスタンプだけを送信して、桃吾は日課のトレーニングを始めることにした。
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