「机、跡、麦茶」 国広兄弟 刀剣男士にも夏休みはある。正確には、主さんがお盆に里帰りをするから、その間は僕らも出陣や遠征はお休み。普段なら長期間の遠征に出ている部隊の刀剣も本丸に集って過ごすから、大広間は賑やかになって、厨はちょっと忙しい。戦に出ることのない日々は、あまりに退屈で、穏やかで、なんだか気が抜ける。それでもこんな日常を、人は平和と呼ぶのだろう。
今日も兼さんは朝から暑い暑いと騒がしい。暑いと言うから余計に暑くなるんだよ、と歌仙さんに嗜められて、だけど暑いんだと口を尖らせる。歌仙さんが気を利かせて、風鈴でも見に行こうか、と言ってくれて、二人揃って出掛けていった。
兼さんが出ているうちにと、そそくさと部屋の掃除を済ませて、洗濯物も畳んでしまうと、僕はすっかり手持ち無沙汰になった。たまには兄弟たちの様子でも見に行こうかな、と思い付いて、コップを三つ、そこに氷と麦茶を注いで、国広の兄弟たちの部屋へと出向いた。
この暑さでは山伏の兄弟は滝行にでも行ってしまったかもしれない、と思ったけど、意外にも部屋に居て、そして瞑想の姿勢のまま昼寝の最中らしい。山伏のあまり見ない姿に僕が目を瞬かせていると、兄弟だってうたた寝くらいする、と山姥切がなぜか得意げに言う。
「今日も布、被ってるの。暑いでしょ」
「知ってるか兄弟。砂漠を渡る旅人は、俺みたいな格好をしている。これは真に涼しい装いなんだ」
「それは太陽の光で肌が焼けるからだよ」
山姥切とそんな気だるい会話をしていると、かくり、と首を落とした拍子に目を覚ました山伏が、おお兄弟、よくきた、と目をぱちぱちさせながら言った。いつもより間の抜けた眠そうな声に、思わず小さく笑う。山姥切も、はは、と、珍しく声を溢して笑った。
「兄弟、麦茶があるよ」
「うむ。頂こう」
そう言うや山伏は、大きな手でコップを掴み、一息で飲み干してしまう。相変わらず豪快な人だなあ、と思う。
ふと、テーブルに目をやると、冷えた麦茶で結露したコップの底が、机に丸く跡を付けていた。僕の前にはひとつだけ。まだ手付かずの濡れたコップから水滴が落ちて、滲んだ濃い丸を描いている。山姥切の前には、細い丸がたくさん。喉を濡らす程度に飲んでは、別の場所に置くからだ。そして、山伏の前には、僕が置いた場所に一つ、飲み干したコップが一つ。三者三様の模様を描くコップの跡が、それぞれ僕たちらしかった。
くにひろー。帰ったぞー。と、兼さんの機嫌のいい声が聞こえて、後でね! と返す。兼さんのことも大事だけど、この本丸で出逢った二人の兄弟と過ごすのもまた、いまでは心地良い、大切な時間だから。