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    𝕤 / 𝕔

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    ⇢ 凛月+晃牙
    ⚠ !時代
    ⚠ 朔間さんちがガチめの人外設定
    ⚠ うっすらりつまおと零晃をにおわせています

    あいしているものしかたべられない ✦ ✦ ✦

     好きな子ほど、食べてしまいたくなるのはもはや性分なのだと。笑う顔が、やさしく慈しみにあふれていて、けれど。
     ──どうしようもなくさみしそうだと思ったのははたして、自分の勘違いであったのかどうか。


     テメ〜が言うとシャレにならねぇ。
     真っ先に晃牙の口から飛び出してきた言葉は、そんなものだった。そんなことないと思うけど~、なんてのんびりした口調で返した凛月のひとみは夕陽に染まり、朱みを増して宝石のように輝いている。ガーネットよりは、ルビーに近いだろうか。鳩の血と呼ばれる、それに近いのかもしれない。実物を見たことがないからなんとも判じ兼ねるものだったけれど。
     机にだらりと身体を伸べて、幼なじみの帰りを待っているらしい凛月に晃牙が捕まったのはもう小一時間ほど前の話だ。常であれば惰眠を貪っている凛月が起きていること自体稀な話であり、晃牙を捕まえて話をしたがる、なんてことさらに珍しい。明日は雨が降ると肩を竦めても咎める者は誰もいないだろう。

     凛月はそんな晃牙に、なんとはなしに。なんの前触れもなく。
     俺は時々、ま~くんを食べちゃいたくなる、と言ったのだった。

     正直なところをいうと、なに言ってんだこいつ、だった。そんなことを暴露されたところでなんの関わりもない晃牙は、ああそうですかと返すより他にない。凛月がまともな返答を求めているのなら、話を振る相手を始めから間違えている。
     それでも凛月は、確かに晃牙にそう言った。加えて、この話をするのはコーギーが初めてだよ、とも。
     晃牙は盛大に心の中で独り言つ。だからなんで俺様なんだよ。食べたいなら食べちまえばいいだろう、ああでも比喩ってやつなのか? 血を吸いたいとか、そんな。こいつはあの吸血鬼ヤロ〜とは違って、血の味自体を好むぶっ飛んだ嗜好をしているから、だから。だからって俺様に言われたって知らねーよとしか返せねぇけど。
     心の中で文句を垂れられていることを晃牙の渋面から察したのであろう凛月が、のそりと身体を起こして頬杖をつく。コーギーはおバカだねぇと、これまた失礼極まりない発言をしてくれた時点で晃牙の我慢は限界に達した。目にも留まらぬ早業である。そもそも、晃牙の気は長くない。瞬間湯沸かし器と目の前の凛月が宣うほどで、怒るのも一瞬であれば怒りが引くのも一瞬だった。ずるずると引きずることが苦手な性分なのだ。あらゆる面で。
     ンだとコラ、喧嘩売ってんなら買うぞ。
     喉を鳴らして威嚇しながらの言葉も、凛月にかかってはなんのその。猫の子を扱う仕草で晃牙の喉をそのたおやかな指先で撫でながら、怒っちゃやだ、と宥める。まあ、逆効果なのだが。この兄弟は、晃牙の怒りを煽ることに関しては他の追随を許さない天才だ。
     凛月の手指を食いちぎってやろうと、思いきりよく歯をがちん! と噛み鳴らせば、咄嗟に手を引いた凛月がお~やだこわい、とひとつ首を振った。どこまでもバカにしてくれる男だ。
     うーうー唸り始めた晃牙にごめんて、なんて笑いかけて、凛月はとろんと目を細めた。途端に、あまったるい、子どもが好きそうな。安っぽいいちごの味がする飴に似た色になる。大人が子どもを慈しむみたいな視線はひどくやさしくて、晃牙は落ち着かない。そわそわと気もそぞろになり、なんだよ、と文句を今度こそ声に出せば凛月は笑った。そして宣う。

    「コーギーもわりと、おいしそうだよねえって思っただけ」

     まるごとはいいけど、爪の先くらいなら齧っちゃいたいかも。
     そう言い添えた凛月のひとみがいまだ、あまったるいままなことに背筋が自然と震えた。なぜだろう。普段は決してそんなことは思わないのに、今だけは確かに。目の前の男が、人であらざるものに見える。慈しむ視線は、捕食者のそれだ。おいしく育ったと、いつ食べてしまおうかと、食べ頃を見計らっているときのそれ。
     不意に、鼻に香る。ひととは異なるこの兄弟独特の匂いにぶわりと身体中に鳥肌が立った。

     凛月は、彼の幼なじみを。真緒を、食べてしまいたくなると言う。はたしてそれは事実なのであろう。
     凛月は真緒にべったりと癒着しているといっても過言ではなかったし、真緒もまた凛月に依存していた。そう、凛月が真緒に依存しているのではない。真緒が、凛月に依存しているのだ。真緒のあの病的なまでの面倒見の良さは、反して自信のなさに繋がる。他から承認してもらわなければ生きていけないのだろう。ここにいていいのだと。おまえがいなければダメだと、そういうものがいればいるほど真緒は息ができる。凛月はその筆頭だ。ま~くんが甘やかしてくれなきゃいや。ま~くんは俺の面倒見てくれるでしょ。そういって甘やかしてもらっている体で、真緒を甘やかしているのだ。
     甘やかして、甘やかされて。そうして、絶対の信頼を寄せる真緒は確かに、凛月から見ればかわいいのかもしれない。それはうっかり、食べてしまいたくなるほどに。
     晃牙にはその思考回路自体が理解できないのだけれど、真緒を語るときの凛月の顔が、常にないほどやさしくほどけるのを知っている。微笑む口元はささやかに綻んで、目元はいとおしいものを見るように細められる。仲がいいとは思っていたが、晃牙が思うよりもずっと根が深いのかもしれない。
     真緒といるときの凛月は、吸血鬼ヤロ〜と晃牙が呼ぶあの男によく似た匂いがする。微かに甘く、ほの暗い陰を背負った匂い。
     それでも、今までは。こんなに凛月の匂いに対して身体中が警告を鳴らしているような、そんな反応をすることはなかったのに。なのにどうしてこんなに。鳥肌がおさまらない。ぞわぞわと背筋をはしるのは怖気で、凛月が晃牙を見つめるほどにその度合いは増していく。目の前の男は晃牙より背も低ければ体重だって軽い。晃牙が本気で振り払えば、吹き飛んでしまうかもしれないと危惧するほどに華奢だ。

     でも、きっと。今この瞬間、凛月がひとよりずっと鋭い牙を晃牙の喉に突き立てても、晃牙は抵抗すらできないだろう。

     どうしよう。どうしたら。
     ひとり身動きもとれず、かろうじて瞬きを繰り返すしかできない。冷や汗が顎を伝う感覚さえひりひりと過敏に感じてしまって、うまく息を吸うこともできずに。リッチ~、と。彼のあだ名を、呼ぼうと思って。そうして晃牙がなんとか足掻いていれば、凛月はぱちりと緩慢に瞬いて、苦笑をこぼした。
     先ほどと同じように顎を掬われて、汗も拭われる。そんなに怖がらないでよ、吐き出される言葉がやさしい声色をしていて、少しだけ息がしやすくなった。ひとみの色も気付けば、普段と変わりなくなっている。まだ喉の渇きと寒気を感じるが、身体はなんとか機能を取り戻し始めたようだった。
     凛月は晃牙の髪の先をくしゃりと指先で弄ぶと、最後にひとつ喉を撫で下ろして晃牙から離れた。腰かけたイスの背もたれに体重をかけ、ぎしりと軋ませる。そしてぼんやりと窓の外に視線を投げて、なんでもないことのように言ったのだ。

    「俺たちは、かわいいって思うものほどおいしそうに見えるんだよねぇ。頭のてっぺんから、爪の先まで。そっくりまるごと、食べちゃいたくなるの。俺のこと好きだって一発で分かる甘い匂いは、俺たちを誘惑してやまないし。そんな甘い匂いを放つ子から流れる体液とかさ、本当に目に毒でしかないんだから。もう少し我慢できるようにならないと、ダメだよ」

     じゃないと、コーギーなんか頭っから、食べられちゃうんだから。なんにも残らずにさ。
     言うだけ言っておいて嫌なものでも思い出したように顔を顰める凛月は、相変わらず自分のペースで生きていると思わせるには十分だった。おそらく凛月の脳裏に過ぎったのは彼の兄の顔だろう。凛月の兄が晃牙を食べるだなんてことは、万が一にもないのに。
     そもそも、そんなに晃牙のことをあの吸血鬼は特別視していない。嘘か真か、知っているのは彼だけだけれど、この学園の生徒すべてを愛しいと言っているほどだ。晃牙だって例に漏れず十把一絡げにされているに違いない。
     そう思ったから、晃牙は凛月の言葉を否定したのだった。凛月は晃牙のその言葉に、振り向いた顔で見事な渋面を披露してくれたのだけれど。

    「は?」
    「いや、だから。あのヤローは俺様を食いたいなんて思わねぇよ。リッチ~とは事情が違ぇんだ、さすがにそこまで悪食じゃねぇだろうしな」
    「ねえ、それ本気で言ってる? 兄者がコーギー見て、食指が動かないって……本当にそう思ってるの?」
    「むしろなんであいつが食いたいと思うって思ったんだよ」
    「……いや、いいけどね。コーギーがそう思ってるならそれで」

     凛月は呆れた、といった色を隠しもせずひとみに浮かべて、兄者バカじゃないの、と口の中だけで呟く。そして、俺はもうなにも言わないよ。これは俺の問題じゃないし。と継ぐと、また晃牙に視線をくれた。
     ゆるりと細まっていく、鳩の血の色をした双眸。歳はさほど変わらないはずなのに、どこか永くを生きた寂れた色を見た気がして。晃牙は口を開いた。
    けれど、晃牙が言葉を紡ぐより先に凛月の方が言葉を吐いている。
     凛月は笑った。ひどくやさしくて、すべてを慈しむみたいな、やわらかな笑顔で。

    「でも、これだけは覚えてて。好きな子ほど食べたくなるのは、俺たち一族の性分なの。好きで好きで、堪らなく好きで──だからこそ、食べたくなっちゃうの。……食べたら、そこまでなのにね」

     にんげんは、儚いから。かわいいけど、好きだけど。苦手だよ。
     そう長い睫毛を伏せる凛月がどうしようもなく、さみしそうで。ここにいない真緒ならきっと、今すぐにでも凛月を抱きしめて頭を撫でてめいっぱいに甘やかすのだろうにと思いながらも。
     己を犬と呼び頭を撫でてくる、あの吸血鬼の笑顔と同じ笑い方だと、それだけが晃牙の頭から離れてくれなかった。

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