女神はすぐそばに「走れアニエス!」
「っ、は、はい!」
「ヴァンさん、アニエスさん!!」
「っ、アニエス!!」
「え?」
フェリの掛け声共にアニエスを突き飛ばす。天井が目の前で崩れ、出口が瓦礫で塞がれた。あのまま走っていたらアニエスは下敷きになってだろうと、その恐怖にゾッとした。
「大丈夫か、アニエス!?」
「は、はい、ヴァンさんが助けてくれたので」
「ヴァンさんこそ怪我はありませんか?」
「ああ大丈夫だ!俺は他の出口を探すから、お前らはさっさと脱出しろ!!」
瓦礫の向こう側にいるアニエス達に向かって声を上げる。彼女たちが無事ならそれでいい。
***
「出口はない、か」
何処を探しても出口などない。建物が徐々に崩れていく音に、もう無理なのだと悟り始める。何度呼び掛けても反応しないメアに、もう彼女はどこにもいないのだと自分には必要がなくなったのだと、妙な寂しさを感じた。
「呆気ないもんだなぁ、最期ってのは」
いつだって覚悟はしていた。それでも惜しいと思ってしまうのは、生きたい理由が出来てしまったからか。
「なあ、女神さま。俺はうまれてこない方が良かったか?生き続けない方が良かったのか?……人を愛しちゃいけなかったか?」
答えなど返ってくるはずがない。ただの独り言に、ため息が出る。
何もかもを諦めたままに生きていれば良かったのか、それともあのまま宛もなく彷徨った子どもの頃に死を選んでいれば良かったのか。
「俺はアイツが好きだ、愛している。それをきちんと伝えたい。だからどうか、俺にチャンスをください……」
ガラにもなく女神に願い、目を閉じる。そんな奇跡など起きるはずがないと分かっていながら。
「ヴァンさん!!」
「アニエス……!?」
突然何も無い空間からアニエスが飛び出し、ヴァンへと覆い被さった。あまりの意味の分からなさに唖然とし、そこに本当に彼女がいるのかと思わず手を伸ばす。
頬に触れる前に手を掴まれ、彼女の手に包まれながら頬の温かさを感じる。
「迎えに来ました」
「ああ、アニエスだ」
たった数分、数時間離れていただけだというのに懐かしさを感じ床に横たわったままでは彼女を実感できないと起き上がり、アニエスを抱き締める。
「っ、ヴァンさん?」
「頼む、ちょっとだけ」
抱き締め返され、アニエスの温かさを実感する。
小さな腕で精一杯に包み込もうとする彼女が愛おしくてたまらない。
自身の女神は腕の中にいる少女だったのかと、訪れた奇跡(チャンス)に涙が出そうになる。
「ねえヴァンさん。女神様じゃなくて私に言ってください、私に願ってください。貴方の当たり前のような想いを、精一杯の我儘を」
「お前、まさか……」
「ごめんなさい。でも貴方の目を見て、ちゃんと聞きたいです」
聞かれてしまっていたのなら仕方がないのかもしれない。こんな時でもなきゃきっと自分は一生彼女に伝えられないのだ。
「好きだ、好きだ、お前が好きなんだ。お前と生きたい、お前と笑っていたい、お前と未来の話がしたい。アニエス、愛している」
「はい、はい、私も貴方が好きです。貴方の願いも我儘も全部叶えます。貴方を愛しています」
同じ気持ちなのだとアニエスは泣きながら笑っていた。
「敵わないな」
「はい?」
「いや、こんな無茶をしたんだ。帰る方法があるんだろ?」
「はい!一緒に帰りましょう、ヴァンさん」
そう微笑み手を差し出す少女がたまらなく愛おしいくて、彼女の手を取り引き寄せる。
可愛らしい桃色の唇に触れるだけのキスをして、真っ赤になったアニエスに笑みを向けた。