ストロベリー事務所を少し空けると留守をアニエスに託し用事を済ませ戻ると、甘ったるい造られたような香りが鼻を掠める。
「妙に甘い香りがするな」
「あ、今キャンディが……」
もごもごと話し辛そうに頬を膨らませ、口元を押さえるアニエス。
口内に食べ物があるのに話してしまい行儀が悪かったとでも言いたげな顔で、目を逸らされた。
「悪い悪い。俺が話しかけた所為だな」
控えめに首を横に振り、何かを思い出したかのようにポケットを漁り始める彼女。キャンディでもくれるのだろうかと期待していると、彼女の表情が徐々に曇っていく。どうやら彼女の口にあるもので最後だったらしい。
そこまで欲しいという訳ではないものの、深く落ち込まれるとどうにも惜しくなってくる。
不意に邪な考えが頭を過り、キャンディで膨らむ彼女の頬をつい凝視してしまった。
「?」
アニエスの首が僅かに傾く。もしも可視化されていたら頭上に疑問符がたくさん浮か上がっていた事だろうと笑みが込み上げた。
「アニエス」
自分は悪い顔をしていたのだろう。何かに気付いたアニエスは、座っているソファーから不自然に立ち上がろうとした。それを制止して、先程よりも深く座らせ肘掛けと己の身体で挟むように端へと追いやる。
彼女の顔が赤いやら青いのやら名状し難く様々に変わり困ったように目を泳がせ、遂には顔を逸らしてしまった。
そんな風にされては、せっかく頭の片隅へと追いやった邪な考えが顔を出してしまう。
軽く顎を掴み、いまだに舐め終わらぬキャンディーで微かに動く口元をこちらに向かせる。彼女から香る甘い匂いに誘われる様に唇を近付けると、ガリッと何かを砕く様な音が聞こえた。
もしやと顔を離し、彼女を見やる。
「もう、キャンディはありませんから」
キリッという音が聞こえてきそうな表情と共に放たれた言葉に吹き出す。その勝ち誇った様な顔が可愛らしくて、もうどうにかしてやろうと意気込んだ。
急いで噛み砕く彼女も大変面白くて可愛いが、そこまで恥ずかしがられては期待に応えなくてはならない。
「キャンディはなくともできるだろ?」
「へ、ヴァンさっ」
先程触れる予定だった唇を自身の唇で塞ぐ。思った通りの甘さに、深く深くとアニエスの口内を味わった。
時折、噛み砕いたキャンディの破片が舌を掠め柔らかな舌を刺激する。痛さはないが、ざらりと舌が刺激される度に慣れぬ感触に戸惑いを隠せないのか肩が跳ねていた。
彼女の唇を貪りながら、何味のキャンディだったのかと考える。彼女から香る甘ったるい匂いは、もう既に彼女の心地の良い甘い香りと混ざってしまい、分からない。
味を確認しようにも、彼女の唇が極上の甘味なのだからその甘味を味わっている以上分かる訳がなかった。
アニエスの唇も舌も時折漏れる声も鼻を掠める匂いも、全部が全部甘くてどんなお菓子よりも長く深く味わっていたい。
ソファーの隅に追いやったことを今更ながらに後悔しながら彼女を求め続ける。今すぐにでも押し倒して、満足のいくまで味わい尽くしてしまいたかったのに。
機会があれば、この次は砕かれていないキャンディで試したいものだ。
胸元を強く叩かれ、我に返る。もう少し堪能していたかったが限界ならば仕方がない。唇をゆっくりと離して、蕩け切ったであろうアニエスの顔を覗き込む。
瞳は潤み、頬は桃色と言うには火照ったように少し赤みを帯びていた。
ああそうか、キャンディの味は。