ノアイチ③ テープ一枚で抑えられる感情論。そんなものがあるわけないだろう。
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バトルを終えた瞬間に気がついた。最中は、一心不乱に戦っていて、痛みさえ分かっていなかったのかも知れない。切り傷と言えど、出血を目にすると痛みが主張してくる。
「いってぇ」
そう言いながらも、ロビーに常備されている救急箱から絆創膏と消毒液、ガーゼを取り出して、器用に素早く処置をする。
足首よりやや上のところで、他の人には見えない部分。怪我をしている相手に、敵も味方も一歩引くのは普通の人の感情。見えない部分なのは不幸中の幸い。イチにとって、遠慮や同情は好かないものだ。
早々と処置をして、バトルに戻ろうとすると、携帯が振動する。
『イチもしかして怪我した?さっきのバトル見てたけど、右足庇ってたよね?』
もはや、恐怖するほどの観察力。イチもその文字を見た途端に顔が引き攣る。
返信をせず、携帯をロッカーにしまい込むと、そのままバトルへと移動した。
——
ロッカーの前に、赤紫の髪。私物を物色していないだけ、良しとするイチは、そのまま彼に近づく。
「何してんだよ、ノア」
「あ!イチ!もー!遅いじゃん!」
「は?」
勝手に連絡もなしに待っていたのはそっちなのに。不思議な言葉を述べるノアに口をへの字に曲げるイチ。
「さっき、イチに怪我させた人に、バトルでちゃーんと正当にお仕置きしといたよ」
「?」
「全く、命までは取らないんだから優しすぎるね、俺は」
摩訶不思議な発言を、相手にすることなく、ロビーを出ようとすると、笑顔で腕にしがみついてくるノア。このメンタルの強さだけは、配布してあげたいものだ。
「ノア」
「なーに?」
「んなことして、お前が怪我したらどうす……」
その言葉と一緒にノアの腕を見ると、小さな切り傷を見つける。バトルの相手は、意図的でなくても、怪我を負わせてしまうプレイングなのだろうか。同じような切り傷に、イチはため息を吐く。
「おい、ここ、座れ」
「え?」
ノアの腕を引いて強引に座らせ、お世話になったばかりの救急箱を再度開ける。軽い怪我に感じるため、下手に消毒をして化膿をさせないために、血を拭い取って、絆創膏で処置をする。手際の良さは、周りのロビーにいる人が目を向けるほど。強面なイチが器用なのは、意外に決まっている。
「ペン、持ってるか?」
「え?ペン?あ、うん、確かここら辺に作戦練るとき用に常備されたのが……あ、はい、これ!」
油性ペンを受け取り、蓋を口で開けて、そのままイチは不思議な行動をする。
「い、イチ?」
「ん、完成」
普段笑みなんて浮かべないのに、油性ペンの蓋を加えながら口角を上げるイチ。
「まって、イチ?え、俺を悶えさせてどうするの?ねぇ?イチ?」
「悶え……?」
「なんで、そんな、え、待って」
ノアが言葉を失うのも無理はない。絆創膏に施されたのは、可愛いノアの似顔絵。デフォルメ化されているのも、絵が上手いことにも、ノアは困惑するのは当然。
そもそも、絆創膏に絵を描くような性格じゃないはずなのに、理解が追いつかないノアはショート寸前。
「いや、絵描いたら早く治るって、姉貴が」
そう、疑問も持たずに口にするイチ。
「可愛い、無理、無理、可愛い、無理死にそう、イチそんな、可愛いの、お姉さんに言い聞かされてるの、信じてるのも可愛い何もう俺死にそう何これ無理」
言葉の応酬。それを聞いた瞬間、これは一般常識ではないのだと即座に理解して、イチは顔を真っ赤にする。
「っ!」
下唇を噛みながら、ノアから絆創膏を剥がして、投げつけるようにして、ロビーから逃げようとするイチ。
「ま、え!捨てないでよ!イチ!」
「帰る、ついてくんな!」
逃げるように自動ドアから出ると、ノアは置き去り状態に。周りも喧嘩か?と、野次馬が増えるが、ノアは投げつけられた絆創膏を見てうっとりと頬を染める。
「こんなの、一生捨てないよ」
貼り直すのではなく、大事に手に包み込み、目を蕩けさせるノア。もう、この可愛さすら、誰にも見せたくない。そう言わんばかりに。
end