「好きです」
富永が言う。一生分の勇気を振り絞って。
「すまない」
Kが答える。
だが、富永はたいしてショックを受けない。
何故なら、これは夢だから。
聞き慣れた電子音が耳に届き、目が開き、意識が覚醒する。
スマートフォンの目覚ましを止めて、ベッドに寝転がったまま、はぁ、とため息をつく。
「またかよ……」
このところ、何度も似たような夢を見る。シチュエーションに差はあるが、富永がKに想いを伝えているのはいつも同じだ。
異なるのはKの反応。上手くいって抱き合う時もあれば、今日のように振られる事もある。
そして結果が出た瞬間、目が覚める。
富永は起き上がる気にもなれず、しばらく寝そべっていた。この夢を見ると、普段のようにさっさと起きる気になれない。
Kへの想いは淡いものだ。村を離れる前の富永は、そう思っていた。
だから、実家に戻って来た当時は、これで忘れるだろうと楽観視していた。
村を離れて何年も経ち、消えるかと期待していた想いは募るばかりで。時たま会うたびに好きだと改めて実感していた。
それが、ここ数年はまるで会えない。世情的に、立場的に、仕方ないとわかっている。
時折、Kから連絡が来る。
同じ医療者として富永病院の様子を案じ、富永や病院のスタッフや富永の両親といった見知った人たちの負担を気にかけ、村の様子を伝えてくれる。
彼の声を聴けることは嬉しくて、聞いているだけで安心して、つい口に出したくない事を言ってしまいそうになる。
弱音、愚痴、泣き言。
そういったものならば、漏れてしまってもKは聞いてくれるだろう。
だが、そうではない。言ってしまいそうになるのは、この枯れない恋心の方だった。
これまでは、何が何でも耐えてたい。
だが、この余裕のない状況で、彼に隠し事をするのは、心情的に辛いのだ。
好きだという直接的な言葉はもちろん、鋭いKには、思わせぶりな事も言いたくない。会いたい、という言葉さえ何度も飲み込んだ。
今の状態で、Kに想いが伝わってしまうのは、本意ではない。
隠し事をしている後ろめたさと、激務による余裕のなさと、本当は伝えてしまいたいという葛藤と、すべてのストレスが混ざり合ったゆえの夢かとは思う。
もうあんな夢を見たくはないが、自分で操縦できないのが夢だ。
そんなこんなで、ストレスが限界に近付いていた、とある日。
「……最近、繰り返し夢を見るんですよ」
富永は、やってしまった。
Kとの電話中で、互いの近況など一通り話した後、一瞬の沈黙が落ちた時だった。
そろそろ日付が変わる時間で、このまま電話が終わってもおかしくない。
まだ話を続けたいなと思って、でも咄嗟に良い話題が思いつかなくて、ほとんど無意識に言っていた。
「どんな夢だ?」
当然の問いかけに、しまったと後悔する。だが、口にした言葉は、取り戻せない。
富永は言葉を選びながら、ゆっくり話した。
「えぇと……いい夢と、悪い夢です。交互に、何度も見てて、いい加減に疲れちゃって」
「ふむ。具体的には、どのような夢だ?」
「うーん……仕事の夢ではない、とだけ」
さすがに口には出せない。ヒントになるような事も言いたくない。
Kも、深く聞いては来なかった。
「悪夢はともかく、いい夢も疲れるのか?」
「夢の中にいる分には、いいんですけどね。起きると、何だ夢だったのかって、がっかりしちゃって。Kはそういうことないです?」
「……ああ。俺にもある」
あるんだ。
そう言いかけて、慌てて飲み込む。Kだって人間なんだから、夢で一喜一憂する事もあるだろう。
そして、夢の話は、さすがのドクターKも管轄外だろう。
「まァ、夢は夢です。最近、気楽に人と会えなくて、寂しいのかもしれないですね」
Kにだって、もう年単位で会えていない。元々、頻繁に会える人ではないけれど。
会えないと思えば思うほど、彼に会えないのが寂しい。これが一方的な想いだとわかっているから、尚更。
「Kとも、ずいぶん会っていませんね」
「ああ……そうだな」
会いたいですねェと、軽く言いたかった。が、言ったら、止まらなくなる気がした。
少しの沈黙の後、Kの声が耳に届いた。
「早くおまえとも会えるようになればいいと、思っている」
富永が飲み込んだ言葉を、Kが口に出した。
驚いて、嬉しくて、
「オレも、そう思ってます」
自然と口に出していた。
「だから、また……落ち着いたら、来てください」
「ああ。必ず」
力強い声に、泣きそうになった。
「じゃあ、次に会った時に、俺の夢の話を聞いてもらえます?」
「そうだな。楽しみにしている」
何も知らないKがそんな事を言うから、富永は笑ってしまった。
「約束ですよ」
声が明るくなるのが、自分でもわかる。
電話越しに話をするだけで、気持ちが引き上げられる。直接会ったら、嬉しくて本当に泣き出すかもしれない。
そんな日を思い描きながら、富永は微笑んだ。
「あ、日付変わりましたね。遅くまですみません」
名残惜しさを堪えて、話を切り上げる。おやすみ、おやすみなさい、と短い挨拶で電話を切る。
大きく伸びをして、息を吐く。
「会いたいなァ…」
勝手に口から本音が溢れた。
この日々の向こうに、彼とまた会える日があるなら、何だって乗り越えられそうな気さえしてくる。
顔を見て話したい事は、たくさんある。
でも、夢の話は、きっとできないだろう。
そんな気がした。