原作雑土で連載してみる02 そこから何月かが経ち、雑渡との関係は続いている。
土井は頭を抱えていた。
雑渡の考える事がわからない。
元より思惑の読み辛い人物であるというのはあるが、今回の件に関しては、土井もお手上げ状態だった。
単に内に溜まった欲を発散したいのか。
なくはないだろう。だが、それだけでは土井を選ぶ理由としては弱く思える。
だが、土井を気に入っているという風でもない。会っていても、身体を重ねていても、雑渡から土井への情らしきものを感じた事はない。
土井は雑渡に何も渡しはしなかった。物も、情報も、恋情以外の土井の心も。
雑渡に、土井から学園から何かを引き出そうとする動きを感じれば、いっそ簡単に切れた。だが身体を繋げるだけの関係性は、それ以上にも以下にもならなかった。
それゆえに、土井は雑渡との関係を断ち切れない。明らかに有害なものならば切ればいい。だが今の所、雑渡は無害だ。
それに、惚れた相手との性行為は、土井にとって新鮮だった。身体の相性も良かったから、尚更だ。
会ったところで、別段、優しくされるという訳でもない。相変わらず油断ならない曲者の顔をするし、甘い言葉もない。
それでも、顔を見ると嬉しかった。
土井から雑渡を誘った事はないが、誘われれば、余程でなければ行ってしまう。土井が雑渡に向けるのは恋情であるが、雑渡に同じものを返して欲しい欲しい訳ではない。
「それでは、また」
雑渡は去り際、いつもそう言う。
土井はそのたびに、次があるのかと憂鬱になる反面、次もあるのだと嬉しくなる。相反する心の動きに対応するのは、とても疲れた。
雑渡に意図はある。それは確かなのに、何なのかが掴めない。
ある日。
雑渡に呼ばれた。呼ばれる場所は毎回異なるが、今回はタソガレドキに程近い場所にある小屋。
おそらく雑渡が人目を憚かる事で使用する場所なのだろう。土井を呼ぶのだから、たいして大事なものではないだろうが。
雑渡と会うたびに、考えることが増える。裏を読む癖が、裏目に出ている。
毎日の授業と補習で疲れていた土井は、情事の後、雑渡の涼しい顔を見て、我慢ができなくなった。
「どうして私に会いに来られるのです?」
直接聞いた所で、本音など出て来るはずもない。わかっているのに、口にしてしまった。
「突然だね」
「口にしたのは突然でも、前々から思っていましたよ」
「なるほど」
不信感を露わにして尋ねる土井に、雑渡は笑っただけで、答えなかった。
「あなたのお相手を務めたい者など、タソガレドキにはいくらでもいるでしょうに」
「配下のものに手を出すと、面倒な事にしかならないのでね」
理屈はわかる。雑渡は部下たちからの敬愛を一身に集めており、そんな彼らの誰かへ手を出せば、そこに不公平感と序列が生まれてしまう。
外部の者へ手を出す理由にはなる。
だが、土井を選ぶ理由にはならない。
「しかし、私は忍術学園の教師です」
「何か問題が?」
「大有りですよ」
敵とは言わないまでも、警戒対象であるタソガレドキの組頭。決して大きな声では言えない。少なくとも、信頼にヒビは入る。
だが、土井の信頼を損ねて教師から引き摺り下ろしたいのなら、逆にこの手では弱い。
中途半端なのだ。
「土井先生は、自分の魅力に自信がないとみえる」
「私は己を知っているだけです」
閨事には慣れている。欲を発散させるのならば、それなりの相手ではあるという自覚はある。この身体への執着を受けた事もある。
だが、そうではない。雑渡からは、土井に対する熱を感じない。ただ、観察するような冷静な目があるだけだ。
それは不快なものであり、惚れた相手でもなければ、土井はとっくにこの関係を終わらせていただろう。
「あなただって、私に何も不満がない訳ではないでしょう」
「ふむ」
雑渡は真面目くさった顔で、考え始める。別に具体的な不満が聞きたい訳ではないのだが。
「閨で乱暴なのはどうかと思う」
「おや。ああいうのが、お好きなのかと思っていたのですが」
「性交のたびに生傷を作る趣味はないな」
「それは失礼。次は気をつけますよ」
失言というのは、口にしてから気付くものだ。
「そうだな、『次』からは気をつけてくれると助かる」
次は、首にでも噛み付いてやろうか。
物騒な考えが湧き出す程度には、腹の立つ笑みを向けられる。
「善処しますよ。なるべくね」
普段から生徒たちに鍛えられているというのに、言い合いで雑渡に勝てた試しはなかった。
土井は腹立ち紛れに立ち上がる。
「もうお帰りかな?」
「ええ。あなたと話していると、疲れるので」
「身体だけでも休めた方がいい」
どの口が言っているのか。毎回、土井の身体を好き勝手して消耗させているのは、雑渡だというのに。
「失礼します」
「ああ。またね、土井先生」
雑渡はやはり今日も「また」と言った。
土井が同じ言葉を返した事はない。今日も同じだ。
また、なんて口にしたら、雑渡に縋っているように思ってしまう。雑渡がではない。土井自身が。
だから土井は、黙って去る事にしていたし、その日もそうした。
雑渡の顔は見ないまま。