覚悟と信頼と 空母から蹴り落された後、大事を取って部屋で身体を休めていたイサミ・アオの元に、ビールを2本持ってルイス・スミスが詫びにやって来ていた。ビールはありがたくいただくことにして、しばし雑談をしていた2人だったが、次第にイサミをこんな目に合わせたルルの話題になった。話題が切れたタイミングで、
「なあ、イサミ……ルルのこと、どう思う?」
声のトーンを落とし、スミスがイサミに問い掛けてきた。質問の意図が分からず、イサミはスミスに問い返す。
「どうって?」
「俺があの子を拾った経緯は聞いているんだろう?」
「ああ、まあ」
この空母内にいる者でそれを知らぬものはいない。ハワイを強襲したデスドライヴズの1体、スペルビアを倒した直後に、ルイスが海辺で発見し助けたのだ。検査をしても尋問しても(そもそも尋問は意味がなかったが)彼らとの繋がりは全く分からない。だが、デスドライヴズの情報を地球にもたらしたブレイバーンがルルのことを知っていたという点で、彼女への疑いを晴らすことが出来ないのである。
スミスは真っ直ぐイサミに向き合って、真剣な声で告げた。
「もし、もし仮に、ルルがデスドライヴズの連中の元へ行ってしまうことがあれば、『敵』として我々の前に立ちはだかることもあるかもしれない」
「なんで今、そんな話……」
「そうなったら、キミはどうする?」
「……」
それは決して否定できない、あり得るかもしれない想定。
「キミは敵ごと、ルルを攻撃できるかい?」
「……俺は」
イサミはスミスの突きつけた仮定の話を想像してみた。あのスペルビアと同じようなデスドライヴズと、そこにいるルル。
今までは敵のことなど何も知らなかったから無心で戦えていた。剣を振るうこともビームを放つことも躊躇いはなかった。
だが、もしそこにルルがいるなら――。
想像しただけでイサミは目の前が真っ暗になる気分だった。その時に、これまで同様に戦える自信がない。
イサミの表情を見ていたスミスは、彼が答えられないことで彼の内心が想像できてしまった。スミスはイサミの両手を自分の手でそっと包んだ。
「すまない、変な話をしてしまったな」
「いや」
謝罪をするスミスはイサミを安心させるように微笑んでいる。が、それがイサミを気遣わせないためのスミスの配慮であることは、すでにイサミには分かるようになっていた。それと同時に、彼はずっと、恐らくルルを拾ってからずっと、彼女の世話をしながら彼女が敵かもしれないという不安を抱えていたのだろうことも察してしまった。そして彼の抱えるもう一つのこと――覚悟も想像できてしまった。
「おまえ、そうなった時は、自分がルルと戦おうって思ってるんじゃないか?」
イサミがそう指摘すると、スミスは驚いた表情を一瞬見せ、すぐに苦笑を浮かべた。
「ハハ……バレバレだったかい?」
「分かるに決まってる。自分の手で何とかしようって思ってるんだろ。おまえも大概、一人で抱え込むヤツだよな」
「彼女を拾ったのは俺だ。その責任は取らなければいけない。だからもし、何かあった時は、絶対に俺に任せてほしい」
彼女をここへ連れてきたこと、多くの人と関わりを持たせたこと、恐らく彼女が敵に回ればそれによって敵への攻撃の手が緩んでしまう者もいるかもしれない。それがその者にとって命を奪われる結果となるかもしれない。そうなってからでは遅いのだ。
「だから俺が――」
ルルをなんとしてでも止めると言おうとしたスミスを先んじて、イサミが口を挟んだ。
「ああ、おまえが絶対にルルを止めろ。俺たちを攻撃させないようにルルを説得しろ」
イサミの言葉はスミスの想像を超えたもので、驚いて言葉が止まってしまった。
「イサミ、キミは、ルルを止められると思うのかい?」
スミスも心のどこかでそれを信じている。ルルはずっと自分たちと共にいて、毎日楽しく生活している――そんな未来がこの先にあるのではないかと。だが半面、軍人としての自分はそれを否定する。彼女が敵なのだとしたら、被害が大きくなる前に何とかしなければ――たとえそれが自分の手を汚し心を砕くことになっても――とも考えてしまう。
しかし彼はそれを否定した。
「おまえならできる。絶対に」
「イサミ……」
どうして彼はここまで言い切れるのか。本当にキミはまっすぐで、諦めが悪くて……。
「俺はおまえを信じてる。だから絶対におまえがなんとかしろ」
こんなにも自分のことをまっすぐ信じてくれるんだ、キミは。スミスは目を伏せ、イサミの言葉を受け取った。
「分かった。俺が絶対に何とかする。キミがそう言ってくれると、本当に何とかできそうな気がするよ」
信じてくれる人が傍にいることが、こんなにも心を強くさせられるなんて知らなかった。
イサミはスミスの心が定まったことが分かり、薄い笑みを浮かべた。
「最初からそう言え。全くおまえは本当に……」
「ありがとう、イサミ」
「まあ、そんな状況が来ないことが一番だな」
「それもそうだ」
想像でこんな議論をしていてもな、とお互い笑い合う2人だった。