視察(未完)前置き:
ジェターク社は米国のTSを作ってる超一流企業。
スミスは母方の名前で、ジェタークに関する権利はすべて放棄しているため、ジェタークを継いだのはグエル。ラウダは共同CEO(ジェターク姓)(3兄弟全部母親が違うという…)。ルイス24、グエル・ラウダ21。
グエル達が18の時に父がテロリストの凶弾に倒れ、後を継いで傾きかけたジェタークを必死に守ってきた。ルイスはそれを離れた場所から見ていて手を貸せなくて悔しい思いをしていた。兄弟でメールなどのやり取りはしていたが、ルイスはジェタークに関する権利は全て放棄していたし、自身は海兵隊に入ったばかりなので何もできなかったという負い目があった。グエル達はそんなことは気にしてなく、兄弟仲は超いい。
水星とブレバンの両方知ってないと分からないと思いますし、J兄弟かなりおかしいです。本編よりはむしろ居酒屋時空に近いかも。アドステラ時空じゃないのでこんな感じで。
***
世界各国の部隊がハワイ諸島に集結し、合同演習を行っていた。各国のティタノストライドが集まっているということで、世界中のTS製造メイカーの視察も行われていた。本日日本の自衛隊にも視察の予定が入っていた。
「今日はどこのお客さんなんだ?」
デモンストレーションをする度に呼ばれるイサミ・アオ3尉は、連日の視察を非常に迷惑に感じていた。彼の不機嫌そうな様子に、同僚のヒビキ・リオウ3尉は気持ちは理解できるが宥めるしかない。
「まあまあ。今日はね、アメリカの大企業のCEOサマだよ」
「CEOサマねぇ」
「えっと、なんて言ったかな……ジェ……」
するとティタノストライドの整備を終えたミユ・カトウ3曹が2人の会話に加わってきた。
「ジェターク社です! アメリカのティタノストライドの製造を請け負っている大企業ですよ」
「そうそうジェターク!」
ヒビキがそれだ!と言わんばかりにミユに人差し指を突き出す。ミユはティタノストライドの整備をしているだけあって製造メイカーについてもいろいろ知っている。あまり知らない様子のイサミとヒビキに説明をした。
「アメリカのジェターク社。もともとは欧州にあった企業だったんですが、先々代から米国に拠点を移して活動をしています。最近ではかなり経営状態が厳しかったようですけど、先代が3年前にテロに遭って代替わりしてからだいぶ持ち直したんです」
「3年前のテロってもしかして」
米国の首都圏で起こり、多くの人が犠牲になった有名なテロを連想し、ヒビキが小声でミユに聞く。ミユは頷いて肯定した。
「そうです。例のあのテロです。しかも代替わりしたCEOって、当時まだハイスクールの学生だったって話で」
ヒビキとイサミはそれを聞いて驚愕した。
「ハイスクールって、高校生でってこと? 噓でしょ!?」
「すげえな、それ……というか他に継げる奴がいなかったのかよ」
「ここだけの話……経営状態が傾いてた会社だったので、誰も継ぎたがらなかったみたいですね」
「って、じゃあ、いま、そのCEOって」
「21歳だそうです。なんと私と同い年です」
「若っ!」
「……マジかよ……」
ヒビキは23歳、イサミは24歳であり、自衛隊の中でもかなり若手に分類されるのだが、そのCEOはさらに若いという。その社会的責任の重さは想像すらできない。
そんな話をしていた3人だったが、ふと、見慣れない男性がティタノストライドの傍にいることに気づいた。エンジ色のツナギであるため、もしかして他国のメカニックかもしれないと思い、ミユが男性に声を掛ける。
「あの、何か御用でしょうか?」
声を掛けられた男性はミユに返事をする。
「ああ、すみません。こちらへ行けと言われたので……少し早かったでしょうか?」
男性は流暢に日本語で答えてきた。
「え……?」
「本日こちらを視察させていただきます。グエル・ジェタークです。よろしくお願いします」
まさに今3人が話題にしていた人物が目の前に登場して、3人はお互い顔を見合わせる。
「ええええええええ!?」
驚愕の声を上げる3人の元に、彼らの上司であるリュウジ・サタケ2佐がやってきた。
「おまえ達何をしている」
「隊長、こ、こちらの方が……」
ヒビキが事情を説明しようとした時、背後から大声で呼ばれた。こちらは英語であった。
『兄さん! 勝手に行っちゃダメだって言われてたよね!』
『ああすまんラウダ。いや、日本の機体が見えたから気になって』
『いろいろ段取りがあるんだよ、もう、兄さんはいつもそうなんだから……』
もう1人やってきたのは、同じく若い男性だった。こちらはばっちりスーツを着込んでいる。後からやってきた男性は、日本人4人を見て、頭を下げた。
「大変申し訳ありません。本日視察させていただくジェターク社の者です。本日はよろしくお願いします」
こちらも流暢な日本語であった。サタケは当然話は把握していたので、挨拶をする。
「お話は伺っております。陸上自衛隊特殊機甲群、2等陸佐のサタケです」
サタケの前に、最初に姿を見せたツナギの男性が立った。
「ジェターク社CEO、グエル・ジェタークです。こちらは共同CEOで、私の弟であるラウダ・ジェタークです。本日は楽しみにしていました。よろしくお願いします」
サタケと並んでも遜色ないほど長身のグエルに、ヒビキやミユは感嘆の溜息を漏らす。イサミもこいつでけえな…と内心びっくりしたほどだ。もしかして190センチくらいあるんじゃねえか…と思ったくらいだ。
そこからはサタケが説明をし、グエルが質問してくる点には、メカニックのミユやパイロットのイサミやヒビキが答えていった。サタケが説明している間、少し離れた所でヒビキがイサミを肘で突く。イサミはそちらを見ずに、小声で答えた。
「なんだよ」
「ねえ、あのCEOさん、お兄さんの方、どこかで聞いたことある声って思わない?」
「……お前もそう思ったか? 俺もそう思った」
視察が始まってすぐに、イサミもヒビキも聞き馴染みのある声だと思った。最近よく聞く声に驚くほど似ている。イサミがヒビキに自分の考えを話した。
「スミスの声に似てる」
「だよね! やっぱりそう思ったよね!」
ヒビキも同じことを思っていたので、思わず大声で激しく同意をした。その声は説明をしていたサタケ達にも届き、不審な目でこちらを見てくる。ヒビキは慌てて「なんでもありません!」と答えた。
「めちゃくちゃスミスの声に似てるよねぇ。いやぁそういうことってあるんだねぇ」
「ああ」
スミスが声を落として真剣な話をする時が、まさにあんな感じの声色で、イサミも驚いてしまった。それが日本語をあんなに流暢に話すものだから、違和感で混乱する。さすがに大企業のCEOともなると語学も堪能なんだなぁなどとどうでもいいことまで考えてしまう。
「アオ3尉!」
サタケがイサミを呼ぶ。イサミは返事をしてそちらへ近づく。ティタノストライドのデモをやれということなのだろう。グエルがこちらを見て穏やかに微笑む。そういう顔をすると、年相応に年下に見えるから不思議だ。
「こちらの方がパイロットですか」
「アオ3等陸尉です。ティタノストライドのデモンストレーションをさせていただきます」
サタケがイサミを紹介する。イサミはぺこりと頭を下げた。
「その前に、コックピットの中を見せていただくことは可能でしょうか?」
グエルがそう質問してきたので、イサミはサタケを見る。サタケが頷いたのを見て、イサミも了承する。グエルは日本語で礼を言った後、英語で呟いた。
『日本製のティタノストライド……乗ってみたかったんだよなぁ……』
『兄さん』
『分かってるって。視察だからな。乗り心地を見てみたいんだよ』
『運転させてくれって言いだすかと思ってヒヤヒヤしたよ』
『さすがにそれは無理だろ』
サタケもイサミもヒビキも英語は当然分かる。今の兄弟の会話は当然理解できた。本来英語でやり取りするところを、グエルとラウダが日本語を使ってきたのでそれでやり取りをしていたまでだ。しかし気になることを言っていた、とイサミはつい英語で聞いてしまった。
『ティタノストライドの運転ができるんですか?』
非礼かとも思ったが、つい口から出てしまった。イサミが誤魔化そうとする前に、グエルがイサミを見て頷いた。
『もちろん。我が社の製品ですから、当然運転できます』
『運転してみます? 視察なんだから大丈夫ですよね、隊長?』
『まあ、構わないが……』
『本当ですか!?』
サタケが許可を出すと、明らかに嬉しそうにグエルが確認をしてきた。弟が止めようとしたが、無意味だった。
『ちょっと兄さ……』
『運転させてもらえるならぜひお願いします! やった!』
(っていうか、あわよくば乗る気マンマンな格好じゃねえかよ……)
イサミはグエルの格好――明らかに作業着であるツナギ――を見てこれは確信犯だ、と思った。しかしその嬉しそうな声は、スミスと本当によく似ていて、イサミはなんだか親近感を覚えた。
***
その頃。ルイス・スミス少尉は上官からちょっとしたお使い――書類を日本のサタケ2佐に渡し、その場で内容を確認し受領印をもらってこいという超簡単なお使い――を頼まれていた。こんなお使いは本来少尉である自分が行うものではないので、内心スミスは怪訝に思ったが、表情には出さす任務内容を復唱した。
「では早速行ってまいります、sir!」
「頼むぞ」
足早に去って行くスミスの後ろ姿を見送り、
「……まあ、ゆっくりしてこい……」
上官は誰に言うともなく小声で呟いた。
(なぜこんな任務を俺に……?)
疑問を抱えながらスミスはイサミたちのいる場所までやってきた。これを持って行く相手のサタケ2佐はイサミたちの上官だ。恐らく同じ場所にいるに違いないという予想してスミスはティタノストライドのある場所までやって来たのだが、そこに来てスミスはこの任務の本来の意味を悟った。
本日日本では視察があるようで、イサミや彼といつも一緒にいるヒビキ、ミユ、そして目的の人物サタケ2佐がそこにいるのだが、それに加えて、本来この場にいないはずの人物をスミスは視認した。ツナギを着た背の高い男性と、スーツを着たそれよりも小柄な男性。男性――というよりはまだ社会に出て間もないくらい若い2人。
(まさか……どうしてここにあの子たちが……そうか、そういうことか)
グエルとラウダ。2人は自分にとっては大切な大切な、半分だけ血のつながった弟たちである。海兵隊の一部の人間、隊の仲間や上官には、自分たちの複雑な事情は説明済であるため、上官が気を利かせて彼らがいる時間・場所に自分を向かわせてくれたのだろう。
自分の母親は自分を身ごもった時に、自分の意思で父親の元から姿を消した。自分には決して父親の名を明かさずに亡くなった母親の意思を汲み、自分も父親の姓は名乗らず、母親の姓のスミスをずっと使っている。
だがミドルティーンの頃、突然父親を名乗る男がやってきた。その時に事情をいろいろと聞いたのだ。父親が重工業を扱う大企業のCEOであること、自分に3つ下の弟が2人いること。3人男兄弟ですべて母親が違うという事実は、さすがの自分も苦笑せざるをえなかったのだが、その時に弟2人、グエルとラウダに会った(その頃、ラウダは母親の姓のニールを名乗っていたのを記憶している)。
3人のうち、正式な正妻の子はグエルだけで、彼が父親の跡を継ぐことは周知されていた。そんな複雑な関係の弟たちだが、不思議と本人たちの仲は良好なのだという。それを聞いただけで、2人がいい子なのが分かってしまって、会う前から楽しみだった。
だが、また腹違いの兄がいるのだと聞かされる弟たちの心境はどうなんだろう…と心配半分、期待半分で実際に会ってみたところ、なんだかめちゃくちゃ懐かれた。特に上の弟のグエルは、兄ができたという喜びのオーラがすごかった。下の弟のラウダは最初複雑そうな表情で自分を見ていたが、話しているうちに次第に打ち解けた。自分としても仲が悪いよりは全然いい。
ただ、ハッキリさせておかないといけないことがあった。父親の跡継ぎは正妻の子のグエルで、そこは揺るがない。そこに弟ならともかく、兄がいるというのはいろいろと体面や何やらが悪い(今更という気もしなくはないが)。ということで人目がある場所では、自分は彼らの家族であるとは決して名乗らないということを強く約束させられた。自分としては全然構わないし、その頃から海兵隊への進路を希望していたので全く問題はなかったのだが、弟たちは最後まで父親に抵抗していた。家族が一緒にいられないなんておかしいと。子供のまっすぐな気持ちがとにかく嬉しかったのだが、世の中は存外複雑でままならないものだ。長い時間いろいろ話して、最後は父親の、
「おまえ達がもっと勉強や運動を頑張って俺の会社を継いで、会社を大きくすれば、誰も文句は言わなくなる。だからその時まで待つんだ」
という、宥めているんだか奮起を促しているんだか分からない言葉で2人は納得していた。
そしてそれから月日が流れ、自分は希望通り海兵隊へと入隊し、弟たちがハイスクールに通っていた頃、あの悲惨なテロ事件が起きた。父親が亡くなり、上の弟がその後を継ぎ、下の弟がそれを支える形で、どれだけ苦労したのか、軍人の自分には全く分からない。そもそも家族の名乗りも出来ない自分だが、2人を案ずることしかできなかったのは辛かった。しかし現在、傾きかけた会社は持ち直し、業績は上向きなのだという。弟たちの会社が製造しているティタノストライドにまさか自分が乗ることになるとは、これもまた奇妙な縁なのだと感じた。
(本当に立派になって……)
上の弟に至っては自分よりも上背があるくらい立派だ。下の弟はそこまでではないが、立派な大人の男に成長しているのが見て取れる。2人を遠目で見られただけでも嬉しいというのに、使いがあるため、さらに近づくことも出来るとは。
(感謝します、sir)
スミスはそんな風に思いながら、動いているティタノストライドに注意を払いつつ、サタケの元へ足を向けた。
「失礼します、サタケ2佐」
「ん? どうしたスミス少尉?」
「あー、こんにちはスミス少尉」
「やっほースミス。珍しいね」
サタケの傍にはミユとヒビキもいた。ということはあのティタノストライドを運転しているのはイサミだろう。視察のためのデモンストレーションといったところか。それを横目で見ながら、スミスはサタケに敬礼をする。
「サタケ2佐にこれを持って行けと」
そういってスミスは持っていた書類をサタケに渡す。
「その場で内容を確認し、受領印をもらってこいとのことでした」
「ああ、聞いている」
サタケは受け取った書類の束を1枚めくり、中を確認する。
「すまないスミス少尉。少し内容確認に時間がかかるので、ここで待っていてもらえるか?」
「了解です」
(多分そう言われると思った)
中に何が書いてあるのか分からないが、視察が終わるまで自分がここにいてもよい、ということなのだろう。スミスはそう理解した。するとサタケが書類を手にしたまま、スミスに伝えた。
「スミス少尉。伝言がある」
「は? 伝言ですか? 小官に?」
「『貴官が今いるのはステイツではない』と。そう言えば君に意味は伝わるとメモが入っていた」
「……了解です」
そこまで配慮してもらえるとは、どういうご褒美なのだろうか。確かにここならステイツ本国で気にしなければならない目は存在しない。いるのはイサミやサタケなど、信頼できる人間だけだ。
「では少々待っててくれ、少尉。恐らくだいぶ待たせることになるから、よければ、アオ3尉の手伝いをしてもらえないか?」
「それは喜んで」
「ではリオウ3尉、後を頼む」
「ハッ!」
ヒビキに後を任せ、サタケは書類を持ってその場を後にした。