【空蝉日記 短編】Hohe Liebe.〜♪ 〜♪ 〜♪
(……ん?誰か音楽室にいるのかな?)
放課後、部室へ向かう道中で僕の耳に聴こえてきたのは、優しく響き渡るピアノの音色だった。この音使いには、聞き覚えがある。
もしかしたら彼女が居るのだろうかと、覗き込むようにして音楽室の中の様子を伺うと……やはりそこには見知った姿があった。
「素敵な演奏だったよ。」
僕が軽く拍手で称えながらそう言葉をかけると、先程までピアノの鍵盤を打ち鳴らすことに集中しきっていた彼女はようやく僕の存在に気が付いた。
「あっ、光葉〜!これから部活〜?」
「ああ、たまたま通りがかったらティアナの演奏が聴こえてきたから。」
部活まではまだ時間がある。もう少し彼女と……彼女の演奏を聴きたかった僕は、凭れるようにそっとピアノに腰掛け、口を開いた。
「じゃあリクエスト、いいかな?」
「うん良いよ〜!何々〜?」
「リストの『愛の夢』。知ってるかな?」
「ふふ、知ってるも〜ん!完璧に弾いちゃうよーっ!」
そう口にすると、途端に表情が変わった彼女は再び鍵盤に向き合う。そして僅かな静寂の後、彼女の演奏が始まった。
相変わらずティアナのピアノは素晴らしい腕前で、音楽室はさながら僕の為だけのコンサートホールと化していた。
暖かな音色に浸りながら、僕は真剣な眼差しで鍵盤を鳴らす彼女の瞳をじっと見つめた。
朱い夕焼けに染まった教室の窓から吹き込んだ風が、彼女の艷めく金髪をなびかせる。その姿に、僕は思わず見惚れてしまった。
そして演奏が終わり───僕は大きな拍手と絶賛の言葉で讃えた。
「えへへ〜!どうだった?結構上手く弾けた自信はあるんだ〜♪」
「───うん、綺麗、だったよ。」