【空蝉日記 短編】生憎心をたっぷり込めて「はい、これ……笹木くんと卯川くんの分!」
「えっ、いいの!?」
「マジっ!?俺、チョコとか初めて貰った……。」
季節はバレンタイン。世間では浮ついた恋愛事情から家族や友人へ送る流行りのギフト等……"人に感謝や好意を示す"という行為の大切さが語られていた。
しかし中には感謝や好意ではなく、自らの社会的地位とステータスの為に甘味を送る者も居り……。
「うっわやってるよ……。」
「日見さんならいっぱい作ってくるんだろうなとは思ってたけど、まさかクラスの男全員に渡すとは……。」
同級生の男子生徒一人ずつに声をかけ、手作りチョコを配り回っているのは一年生の「日見 カサネ」だった。ご丁寧にどれも可愛らしいリボンで包装されており、義理チョコや友チョコというにはあまりに完成されすぎていた。
「ごめんね、どうしても皆に配りたかったからいっぱい作ったんだけど、お陰で時間がかかちゃって……お店みたいなクオリティにはならなかったんだけど……。」
「いーっていーって!貰えるだけでめっちゃ嬉しい!」
もじもじと両手を合わせながら、いつもよりも控えめに、淑やかに、しかし周りの女性陣に聞こえる程度の可愛らしい甘え声でそう口にする。
「何あれ……媚びって奴?」
「いやそれもあるだろうけどさ……ウチらの前で堂々とやってんだから、料理上手自慢とかじゃない?」
一方で周りの女子生徒もまた、わざとなのか悪気は無いのか……カサネに聞こえる声量のまま憎まれ口を叩いていた。"毒には毒を"とはよく言ったものだ。
(ふふ、大した女子力も無い癖に、如何にも"自分は人に媚びません"アピールダッサ。私だって作るの大変だったし、同じぐらい苦労してから言ってよね。あと私に聞こえるように話してるアンタらも、見せつけの内に入るんじゃない?)
それでもカサネは、目の前の男子に微笑を浮かべたまま。そして去り際に、これまた勘違いを生むような意味深な目配せを送り彼らの純真な心を惑わせた後、次に声をかけたのは先程悪態ついていた女子生徒二人組だった。
「はいっ、みんなにも!」
「……は?」
「うわ〜……ありがとう。あたしこんな凄いの作れないもん。よほど暇が無いとさぁ。」
片方の女子はあからさまな嫌味攻撃を開始するが、カサネは特に動じてはいなかった。むしろ、その反応を待っていた……とばかりに口元をニヤつかせる。
「うん、私も忙しい中時間作るの大変だったんだ〜!でも世の中には時短レシピとかもあるから、二人もやれば出来ると思うよ!今度作り方教えてあげるねっ!」
「いや……結構です。」
「あっ、好きな人とか居ないの?それじゃあ代わりに友チョコとか……作るほど居ないか。」
──今回ばかりは決して周囲の人間には聞こえぬよう、目の前の二人だけが拾える声量でぼそっと呟いた。
彼女達を取り囲む男子らも、先程カサネからもらったチョコに浮き足立っていて3人のやり取りには気が付いていなかった。
「んー、日見さんよりは居ると思うよ。」
「ふーん……顔も性格も可愛くないのに友達出来るんだぁ?」
「は?性格はあんたよりかはマシ。」
「クラスの陰で張本人に聞こえるように悪口言うのもどうかと思うし、顔が可愛くないのは自覚してるんだねっ。」
「なっ……!」
「じゃ、それ美味しく食べてねっ!……捨ててもいいんだよ?私への腹いせにさ。」
去り際、片方の女子生徒に接近すると耳元で嫌らしく囁いた。
結局、男子生徒からの好感度を回収し、女子生徒には自身のステータスを見せつけることに成功した彼女の一人勝ちであった───。