アイチ誕生日おめでとう!@2024(ああ、早く帰らなければ⋯)
先生に呼び止められてしまって皆への近況報告もそこそこに急いで部屋を出た。
もう既に泣いてしまっているだろうか。泣いていなければいいのだけれど。
出来れば泣いて欲しくない。泣くのだとしても独りの時に泣いて欲しくない。泣くという行為はある種のストレス発散だ、なんて言うけれど独りきりだと慰めてくれる人が居ない。居ないとどんどん下向きな考えになっていってしまう。
⋯信号を待つ時間がもどかしい。
この間にも櫂くんは泣いているのではないかと不安になる。彼は存外寂しがり屋なのだ。Я騒動の時から薄々気づいていたけれど確信したのは最近⋯櫂くんの家で同棲しはじめてからだ。
最初は普通だったと思う。おやすみや行ってきますなどの同棲してから増えた挨拶。嗜好の違いから起こるちょっとした喧嘩。家族以外の誰かが居るという環境に四苦八苦しながらも楽しく過ごしていた。櫂くんも毎日楽しそうで、笑っていたと思う。僕がその日のことを話すと穏やかに笑って聞いてくれた。
いつからだっただろうか。気づけば櫂くんは顔を曇らせることが多くなった。笑顔を見ることが減ってかわりにぼんやりと宙を見つめることが多くなり近づいて声を掛けたりして僕に気づく、という事が増えた。
「どうしたの?」と聞いてもなんでもないと首を横に振るばかりで。
それでも、一言だけポツリと零してくれたことがあった。
『幸せ過ぎて怖い』のだと。
エントランスで合鍵を回してロックを解除する。
エレベーターのボタンを押して早く来るように祈る。
いつからか櫂くんは外に出なくなった。最初は体調が悪いのかと思ってたけど3日4日と続くうちに違うと思った。
一度、一緒に買い物に行こうと誘ったことがある。その時櫂くんは躊躇いながら誘いを断った。
「今が幸せだから外に出たくない」「また外に出たら幸せを奪われてしまうから」と。
何に?どうやって?と聞いたけれど櫂くんは分からないと言っていた。分からないけど『また奪われるのだ』と。
櫂くんが幸せになれば世界はその幸せを奪いに来る、と言うのだ。
櫂くんの両親、故郷と幼なじみや友達、引越し先でのチームメイト、そのチームメイトとの縁、かげろうの仲間とその記憶、世界のために封印されようとした僕⋯挙げるとキリがないのかもしれない。
今の櫂くんにとって怖いのはきっと僕が居なくなることと今の幸せな生活、状態が崩れてしまう事なのだろう。
櫂くんにとって世界とは、櫂くんの幸せを奪い壊していく怖くて冷たいものなのだ。
そんなことは無いと僕は否定したい。確かにこの世界は残酷なこともあるけれど、ちゃんと温かくて優しく、希望の光もしっかり灯っているのだと櫂くんに教えたかった。
僕達の住む部屋にたどり着き、鍵を回す。真っ暗だったであろう廊下ににわかに明るくなる。物音は聞こえない。美味しそうな匂いもない。けれど人の気配はする。
「櫂くん!ただいま!」
と普段より大きめの声で呼びかけながらリビングへの扉を開く。朝と変わらずカーテンは閉まりきってるせいで真っ暗な室内。その部屋に置かれたベッドに櫂くんは座っていた。翡翠は潤んでいて瞬きをひとつするだけで一粒、ではなく一筋流れていく。
どれだけ泣いたのだろう。道が出来てしまうほどということは僕が思っていた以上に長い時間泣いていたのかもしれない。きっと、もう帰ってこないのではと不安になり泣いていたのだろう。
その場に荷物を置いて櫂くんを抱きしめに行く。制服でポンポンと涙のあとを拭く。少しでも安心して欲しくて頭を撫でる。
「あいち⋯。」
「ただいま、櫂くん。遅くなってごめんね。ちょっとお水を持ってくるから待ってて。」
「⋯ん。」
普段と違いとろんとした様子に案外寝起きなのかな、と苦笑しつつキッチンに向かう。
後ろから視線を感じるがまぁまずは水分補給だよね、と水を準備する。2人分、コップに入れて持っていく。
「はい、櫂くんお水。」
「ああ⋯ありがとう。それと、おかえりアイチ。」
「どういたしまして。」
ベッドに並んで座って水を飲む。僕も慌てて帰ってきたから正直喉が乾いていた。
「アイチ。」
「なぁに?櫂くん。」
「実は、その⋯今日は寝ていて晩御飯の準備が、」
「あぁ大丈夫だよ。櫂くんも疲れて作れない時があるかもと思って冷凍うどん買っておいたから。」
「そう、か⋯。」
少し安堵したような、それでいて寂しそうな様子で返事が返ってくる。
櫂くんは引きこもっても料理や掃除はしていた。きっと何もしないと僕に失望される捨てられる、と思ったのだろう。料理するのであれば買い物までやってもいいのではと思うが外に出る(世界に晒される)恐怖の方が勝ってしまうようでなかなか外には出られない様だった。
また、料理をしていないことで不安になる櫂くんに正直ムッとした。僕が櫂くんをそんな理由で捨てるわけないのに。櫂くんの隣を勝ち取ってから一生手放さない、手放したくないとさえ思っているのに櫂くんにはほとんど伝わっていないようだ。伝えたいけどこれまでの事を思えば櫂くんは強すぎる想いにきっと怯えてしまう。そう考えると伝えられなくてもどかしいくらいだ。
「あ、そうだ。練り梅もまだあるから今日は冷やしうどんで上に海苔と練り梅とわさびをちょっと乗っけるのはどう?最近暑くなってきたし食べやすくていいと思うんだけど。」
「⋯いいんじゃないか?というかアイチ、お前わさびは大丈夫なのか?」
「ちょこっとだから大丈夫だよ!辛すぎるのがダメなだけだから!」
子供扱いが不満でムッとしながらちらりと横を見るとまた櫂くんが不安げな横顔を見せていた。確かに僕は料理が基本できないけどちょっと付け合せ?を提案しただけで自分はもう要らないのでは、と不安になるのはどうかと思う。もっと僕の櫂くんへの気持ちを信じて欲しい。
でも今は下向きになった思考から櫂くんの意識を逸らすために立ち上がりキッチンへとまた向かう。櫂くんにおいでとジェスチャーをし、櫂くんも来ているのを確認しながら違う話題を持ち出す。
「あ、そうだ。明日三和くん達を呼んで遊ぼうよ。最近会ってないでしょう?それにファイトがずっと僕だけだとマンネリ化しちゃうし。」
「それは⋯そうだが。でも、」
「というか実はもう誘っちゃってて⋯だから明日櫂くんにはお菓子作ってて欲しいなって。カステラボールとかほら、数もいっぱい出来るんじゃないかなって。」
そう言いながら昨日買ってきた薄力粉達を見せて材料はあるとアピールしておく。櫂くんはため息をついてたこ焼き器出さないと、とボヤいている。
「何人来る予定なんだ?」
「んーと、明日予定が合うって言ってたのは三和くんにミサキさん、カムイくんかな?森川くん達もナオキくん達も明日は補習とか塾って言ってたんだよね。」
「充分大人数だろう⋯全員来たら部屋に入り切らない。」
「そういやそうだった⋯。まぁ他の人達はまた別の日に来るって約束してるから大丈夫だよ!」
「別の日があるのか⋯まぁアイチがしたいようにすればいい⋯。」
「あはは⋯ごめんね。勝手に決めちゃって。」
「いい、気にするな。俺のためを想ってしてくれてるのは、わかっている。」
「⋯うん。外に、出られるようになったらいいなって。」
「そう、だな。⋯それより、お風呂に入ってこい。その間にうどんをゆがいて水で締めておく。」
「はぁい。あ、でもお風呂もまだ溜まってないよね⋯うどん食べてしまってから入ろうか。」
「ああ、そうだったな。すまない、俺としたことが⋯皿洗いは俺がやるからその間に入っておけ。」
「大丈夫だよ。じゃあお風呂沸かしてくるね。」
浴室へと足を踏み出しかけて振り返る。材料を出して鍋に水を張りお湯を準備し始める櫂くんに声を掛けた。
「あ、そうだ。櫂くん。お風呂の時に夜の準備もしといてね?ああ、でも別にしなくてもいっか。その時は僕が丁寧に準備してあげる。今日もいっぱい愛してあげるから、ね?」
「〜ッッ!うるさい!早く準備してこい!」
赤面して照れ隠しに怒鳴る櫂くんの圧に押されて浴室へと駆け足に向かった。
なんか、予想してたよりマイルドになった(小並感)
思ったより櫂くん病んでなくてびっくり。いやアイチさんが櫂くんの病み思考を加速させないように頑張って意識を逸らすように誘導しただけなんだけど()
そのうち加筆修正+おまけとか櫂くん視点+レン櫂ver.の監禁話を加えて支部にupします(予定)