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    きなこ

    @nae_purin

    🔶と💧に狂ってる

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    きなこ

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    鍾タルに息子がいる話。
    長くなったのでこちらにもまとめておきました。

    父親が岩王帝君なんて聞いてない!「と、父さん! 父さん!」
     早朝。手洗い場から廊下を駆け抜け、香ばしい匂いを漂わせるリビングの扉を開く。ダンッと激しい音が鳴った気がするけど、それどころじゃない。
     朝食の準備をしていた父が「なに、何々どうしたんだ」と慌ててこちらを見るより先に、俺は叫ぶ。
    「変なの生えた! これどうしよう!」
     バゴンッ!
     叫んだ瞬間、背後に設置されていたキャビネットに今朝生えたての尾?が突撃し、粉砕した。
     ウワアッという情けない声をだして、慌てて尻の付け根から生えたそれを抱え込む。ぎりぎり地面につくかどうかという長さのぐねぐねしたそれは自分の意思で動かせそうなのに、勝手に動いて気持ちが悪い。
     どうしよう、これは何だ。というか家具壊しちゃった、父さんに叱られる。あの人この家に落書きとかしたらすっごい叱ってくるのに、粉砕って俺どうなっちゃうんだ。
     まとまらない頭でそんなことを考えていると。少し驚いた顔をしていた父親が「あー、そっちだったかぁ」とつぶやいて頭を搔いた。やけに落ち着いた態度で、一抹の希望を見出す。これは、病気の類なのだろうか?それとも、よく言う呪いとか?
    「父さんはこんなのが生えた理由に心当たりがあるの?」
     そろ、と頭に手を伸ばす。そこには確かに、細く硬い手触りがあった。昨日の夜にはなかったものだ。それに父親はあいまいな顔で頷いて。それから、俺をもっと大きな混乱に突き落としてみせたのだ。
    「あぁー、えっと、そうだな。今日はお前の……お父さんに会いにいくか」
    「……???」

     ◇ ◇ ◇
     
     俺のたった1人の親族である父は冒険者をしている。今朝も、仕事に行くときの軽装備をしていた。その姿のまま器用に朝食を用意し、二人で食べてそれぞれの仕事や学び舎へと向かう。それがいつものルーティンなのだけど。
     朝、いつもよりなんだか重たい頭を抱えて置きあがった俺は顔を洗いに一階へと降り、そこで鏡を見たのだ。そうしたら、昨日の夜にはなかったものがそこにあった。額から伸びる、角としか言いようのないそれ。そして、あさのひかりを取り込んだだけの少し暗い室内で、爛々と輝く黄金のひとみ。
     元々、俺の瞳は父親とは似てもつかない色をしていた。父の瞳は深い深い海の色をしていて、ひかりの差し込まないそのいろに柔らかく見つめられることが、好きだった。本人には言わないけど。対して俺の瞳は父親がなんども「蜂蜜みたいだね」と言ってキスを落とすもので。きっと会ったこともない母親とおなじなのだろうと思っていた。そんな瞳が、鏡の中でいやに目についた。
    「なあ父さん。仕事は良かったの?」
    「今日一日明けた程度では問題ないよ。それよりお前のそれ、どうにかしないとだろ」
     そうだけど。歩きながら、うしろに生えたばかりの尻尾を抱きしめる。
     あの後、俺の状態を知った父はすぐさま仕事場? 仕事仲間? に鳩を飛ばして一日の休暇をつくってくれた。そうして、問答無用とばかりに朝食を詰め込んで、璃月の山へ登るぞと言い出したのだ。
     父に鍛えられているから、体力に不安はない。けれど、山をぐんぐん登っていく父親の背中を落ち着かない気持ちで追いかけていた。
     まだ、角や尻尾が生えた理由の心当たりは聞けていないし、それよりも気になることもある。聞いてもいいことなのか、聞いちゃいけないことなのか。父は早朝こそ驚いていたけどそれ以降はいつも通りの様子で察することは難しかった。
     ただ、朝食を食べるときに口の中を覗いて、「あはは、牙もすごいよ。舌を噛むと痛いぞー」とどこか上機嫌だったくらいか。
    「ねえ」
    「ん?」
    「……おれって、本当の息子じゃないの」
     ――お前のお父さんに会いにいくか。つまりは、そういうことなんだろう。俺は生まれてこの方、男手一つでこのひとに育てられた。ひとみの色は全くと言っていいほど違ったが、髪色や顔立ちで親子関係を疑ったことはなかったのだけれど。
    「いや? 血は繋がってる」
     ケロッとした顔で父が振り返る。
     育ての親が生みの親ではなかった、というそれなりに衝撃の事実を、俺なりに受け止めようとひそかにつばを飲み込んだというのに、その雰囲気は全く持って軽かった。
    「……??」
     やっぱりわからない。父親が二人ってどういうことなんだ? そういう特殊な結婚形態のひとではなかったはずなのだけれども。わからないまま首をひねって顎に指を添える。いつもの癖だ。
    「ははっ、そのしぐさ、先生にそっくりだよ」

     父の足取りに迷いはなかった。普段冒険者をやっているからだろうか、港を出て魔物がいるエリアであってもマップを一度も見ることなく先に進む。
     璃月港から離れ珉林の方に近づくにつれて魔物の数は多くなる。最近では少しずつ数が減っているらしいが、人の生活区域から離れればそこはやはり危険なエリアだ。道中ヒルチャールの群れに遭遇したが、すべて父が吹き飛ばしていった。
    「俺も戦闘できる」
     とは言ってみたものの、その尻尾と角で体のバランスも変わっているし今日はやめろと言われてしまって。父ばかり楽しんでいてずるい、と後ろでぼやくだけだった。
     戦闘を負え、さあ行こうかと振り返った父に問いかける。
    「ねぇ父さん、父さんって元素視覚?が見られるんだろう?」
    「そうだね」
    「……思ったんだけどさ、この尻尾と角、岩元素でできてたりする?」
     父は水元素の神の目を授かっている。水流を操り、武器として戦う姿はいつみても軽やかだと思う。
     幼いころから間近にあった元素のちから。ぎゅう、とポケットにしまい込んだそれを握りこむ。
    「うん、さすが俺の息子だ。あってるよ」
    「じゃあこれって岩元素の神の目を授かったから?」
     大切に持っているように、と言い含められたそれ。岩元素に輝く神の瞳。手のひらと同じくらいの大きさの瞳は、昨日授かったばかりのものだった。まだ一度も使ったことがなく、自分が父のように元素が扱えるだなんてピンともきていないのに。
    「それは……俺にもわからないんだ。おそらくきっかけの1つではあるんだけど、それだけが原因じゃないというか……」
    「なんでそんなに濁すんだよ。教えてくれたっていいじゃん」
    「いや、多分言ったところで簡単に信じられない話なんだ。それにここを登り切ったら最後だから、な?」
     疲れたなら少し休もうか。そう問いかける父にムッとしたまま、早く行こうと急かす。気になることだらけだった。
     それに、この先を進むというが、ここから先は立ち入り禁止とされている場所なのだ。
     璃月には仙人がいる。彼らは確かに人の生活に寄り添うように存在していて、だが璃月人にとっては近寄り難く高貴な存在。その仙人たちの住まう山頂へと続く道が、いま父が向かおうとしている場所だった。
    「ここ、入っていいの? 学校で慶雲頂の山頂付近は立ち入り禁止だって教えられたよ」
    「うん。大丈夫」
     そう言って慣れたように進んでいってしまう。その背を追いかけて足を踏みだしたとたん、あたりの空気が変わるのが分かった。
     シンと静まった空気に、どこからともなく鳥の声が聞こえる。ひんやりとした空気に、体感で1、2度ほど温度が下がった気もした。清涼な山のにおいをかんじる。今まではどれも気にしていなかったことなのに、五感が、透き通った情報を伝えてくる。
     ――安心するな、ここ。
     内心ほっと息を吐く。仙人の住処だというのだから、身構えていたのかもしれない。
    「おーい、行くぞ」
     はっとすると父がずいぶん先に進んでいた。道の真ん中でぽけっと突っ立ったままだった俺は急いで追いかける。もうひとりの父親にあえるまで、もう少し。

     ◇ ◇ ◇
     
     慶雲頂の山頂付近にできた小さな洞窟の中に扉があった。そこまで俺を案内した父はおもむろに手を差し出してきて。
    「え?」
    「ほら、手」
     ……たぶん手を繋げって言うことだろうけど。こんな山奥で誰も見ていないこともわかっている。けれど手を繋いだのなんて数年も前の話だ。少しの恥ずかしさでためらっていると、それを見た父がにやにやと笑っているのが分かった。
    「最後につないだのは数年前の海灯祭だったかな。あの時お前が迷子になって、見つけた後もぐすぐす泣いてたからはぐれないようにって手を繋いで回ったなあ、」
    「っ、忘れてよ」
    「あはは、かわいいお前との大事な思い出だよ。忘れるわけないじゃないか」
     笑っているけど、それがばかにしたものじゃないから文句も言えない。男手一つで育てられたけど、愛情が足りないなんて感じたこともないのだ。惜しみなく与えられるそれが、今ではすこし、いやかなりくすぐったい。
    「なんでつながなきゃいけないの」
    「最初は酔うとおもうからね。まあとにかく、ほら」
     ぐ、と言葉を飲み込んで差し出された手を見つめる。傷の多い手だ。いくつもたこができている。年若くみられがちな父の、ごつごつした手を取る。
    「うん、じゃあ行こうか。この先に、あのひとが住んでる」
     そうして扉を開けた瞬間。目の前が白い光に包まれた。思わず空いた手をかざし、光が収まったころ瞳に飛び込んできたのは荘厳な空間。
    「え、わ、なに、うわ……」
    「あはは、最初は気持ち悪い感じがするだろう? 気分は大丈夫?」
    「う、うん……」
     目の前の光景に圧倒されていた。黄金にひかる空、遠くで浮かぶ島々。教科書で見た様な古くもうつくしい宮殿。仄かに甘い香りを漂わせるこの空間が突然現れたのだ。
     いくつもの浮島があるなか、俺たちの目の前にはこぢんまりとした、それでも目を凝らせば細かい意匠が施されているとわかる家が建っていた。この家に、おれの父親がいる?
     心臓がどくどくなっていた。体温が上がっている気がする。緊張した俺を置いて、父が家に近づいたとき。
     とびらが開いた。

    「よく来てくれた、待っていたぞ」

     そこにいたのは、己と同じひとみを爛々と輝かせたつくりものみたいにうつくしい人だった。



    「……」
    「……?」
     ――よく来てくれた、待っていたぞ。
     そう言い、出て来たばかりの家に手招きをするひとに、ひゅ、と鋭く息を吸い込んだままうごけなくなった。瞳孔が鋭く光る、黄金のまなこ。頭部から伸びる対の角は雄々しく、先端に行くにつれてひびの様な金の線が走っている。ゆるやかに流れる風が長い髪を攫っていった。
     金をドロドロに煮詰めたような瞳に見つめられて、指先一つうごかせない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
     露出した自分の足首になにやらふわふわした感覚があって、視線だけを動かせば今朝生えたばかりの尻尾が右足に巻きついていて。
    「とうさん、」
     無意識だった。一歩、後ろに下がる。そうしてすぐうしろに立っていた父親に体がぶつかって、ぽすりと受け止められた。頭上で、ため息が聞こえる。
    「ちょっと、先生。息子にかっこつけたいのはわかるけど怖がらせるなよ」
     めずらしいな、と頭の隅っこで変に冷静な自分がつぶやいた。父親の不服そうな声。家族、というか俺以外には基本的に物腰が柔らかいところだけを見せるひとだったので。
     まとまらない頭で考えていると、家の前で首を傾げていたひとがふはっと息を吐いて笑った。その目線は父を見ていており、つられてそちらを見れば確かにあんまり見たことない顔をしていて。むすっとしてるのに、どこかちょっとだけ嬉しそうな顔。
     
     俺とこのひとが出会うこと。それが普段の父らしくない行動をさせてしまうほどうれしいのかな、と、思う。
     
    「ははっ、すまない。年甲斐もなくはしゃいでしまった」
     積もる話もある、家に入りなさい。そう話す姿に、先ほどまでに感じた圧倒的なプレッシャーはもうなかった。
     まばたきのうちに消え去った圧倒的な威圧感。ほっと息を吐いてめのまえのひとを見つめる。
     お前のお父さん、と父は何度か言っていたから男性に違いないのだろう。実際、質の良い服のしたには父に劣らない鍛えられたからだがある様に見えたし、顔立ちも美丈夫という言葉がこれ以上当てはまるひともいないだろうというもので。このうつくしい人間を一からデザインした存在がいるならば頗るセンスがいいのだろう。
     ――このひとがおれの父親。うん、全くのみこめない。顔立ちだけじゃなく、その立ち振る舞い、神々しさすら感じる雰囲気、背景の異様な空間。どこをどうとったって現実離れしている。
     彼の動きに合わせてさらりと流れていく艶やかな涅色の髪を眺めていたら、ぽんと肩を叩かれてハッとする。
    「びっくりした? ああ見えても、あのひとお前のことが大好きなんだ、。言葉通りほんとにはしゃいでるだけだから。……ほら、いこう」
    「う、うん」
     とびらを開け、部屋の奥へと消えていった父親らしき人。立ったままの俺を追い越して、見慣れた父は勝手知ったるとばかりに家の中に入ってしまう。ちょっとまって、巻きついたしっぽのせいで動き辛いんだ。「抱っこしようか?」うるさい、もう歩ける。

    「せんせー、張り切るのはいいけど待たせすぎないでくれよ」
     父の茶化す声を聴きながら、俺はふかふかのソファに小さく座っていた。部屋の中はどれも質の良いものばかりで、なにやらいい香りもする。すん、と鼻を鳴らした。やっぱりどこか安心できるにおいだ。えぇと、そう、たしか父がこの匂いを纏っているときを知っている――…
    「すこしは落ち着いた?」
     部屋に戻ってくるなり、父が隣に腰を下ろした。俺よりもずっと大きくてたくましいからだに柔らいソファが傾く。父の言葉にうなずいて、それから少しだけ声量を落として父に問いかける。
    「……父さん、あんなにきれいなひととどこで出会ったんだよ」
    「綺麗かぁ、お前も面食いになったなあ」
    「しみじみと言うな……」
     今もお茶の準備をしているであろうあの人を思い浮かべる。俺のまだ短い人生のなかで出会った誰よりもうつくしい人だと思う。それくらい衝撃的だったのだ。
     
     ……ところで、俺は父の年齢を知らない。生まれたときから毎日顔を合わせる家族だと顔の変化がわからないということも知っている。
     いるのだけれども……父の見た目は俺の幼いころの記憶から何一つ変わっていない。何も知らない人に何歳に見えるかと聞けば、20代半ばと言われるだろう顔立ちをしているのだ。
     冗談で不老の薬のありかを聞いてみたことがあるけれど、仙人様ならできるかもね? と濁されたし。俺の友人たちやその両親(特に母親の方々)はいつも若くて、いわゆる顔の良い父を褒めそやす。
     見た目から行くと相当若いころに俺を産んだ計算になるのだけれど、話を聞いている感じそうでもなさそうで。父の年齢は俺にとっていつもうっすら気になっている程度の問題だった。
     何が言いたいかというと。あの男性はそんな父と並んでそんなに歳の差を感じなかったということである。二人が並べば同年代の若者同士、たとえば友人にでもみえるだろう。
    「父さん、あの人とどんな関係なんだよ……」
    「結婚相手」
    「……………………そっか」
     にこにこ、笑顔で答える父に頭を抱える。その言葉に嘘偽りは含まれていないのだろう。友人じゃなくてカップルだったか。
     そんな俺をみて声を上げて笑った後、父は調理場があるのであろう部屋の奥を見つめる。あんまり見ない横顔だった。やわらかくて、俺を見るときともちょっと違う顔。
    「あのひとね、すっごい凝り性なんだよ。放って置いたらお茶を待ってる間に日が暮れる」
     親の恋愛事情を間近で見る、のはなんだかくすぐったい。座っている尻がむずむずして、尻尾が揺らめく。
    「……ここって暮れる日はあるの??」
     口から転がり出た可愛げのない疑問に父はふはっと息を吐いて軽く笑った。それから、隣に座った肩より下にある頭を混ぜるみたいに撫でてくる予感がしたので慌てて身を引く。
    「ははっ、それもそうだ。お前、ここがどんな場所かわかる?」
     逃げるな、こら。楽しそうな父の、空を掻いた手を前に鼻を鳴らす。いつまでもおとなしくなでられてばかりだと思うなよ。
    「全然わかんない。……でも、璃月には仙人様がいて、仙人様たちはそれぞれ自分だけの空間――洞天を持っているって。授業で習った」
    「じゃあ、あのひとは仙人だと思う?」
    「まぁ……少なくとも、ただの人とは考えにくいし。でもさ、俺、仙人様なんて雲の上の話だと思っていたから、あんまり実感が……」

    「いまの璃月ではそのような教育が施されているのだな」
     ひぇっ。慌てて姿勢を正した。
     耳に心地の良い穏やかな声とともに、あのひとが部屋に入ってくる。そうして机の上に、今淹れていたのであろうお茶が並び、途端に香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。お茶って、こんなに香り立つものなんだ。
    「待たせてすぎてしまったか」
    「いや? おれは久しぶりにゆっくり息子としゃべれて嬉しいし、もうちょっと遅くてもよかったかな」
    「それは良かった。だが俺も彼とは話したいんだ、混ぜてくれ」
     お茶を受け取って両手で持っている間に頭上でテンポよく交わされる言葉たち。……このひとたちすごく仲がいいな。ぽけ、と眺めていたら金と青のひとみがこちらを見た。
    「っ、なに……ですか」
    「はは、そんなに固くならないでくれ。そうだな、まずは自己紹介をしよう。俺の名は鍾離、血縁関係で言えばきみの父親にあたる」
     ちちおや。面と向かって放たれたその言葉がうまく呑み込めない。しょうりと名乗った男性は俺が落ち着くのを待っているのか何も言わなかった。うろ、と視線を彷徨わせてから青いひとみに助けを求めると。
    「えっと。そうだな。これからお前にとってすごく衝撃的なことが沢山あるだろうから、まぁ。一番でかいところからいこうか」
    「……うん」
     つばを飲み込む。この非日常な空間で、人とは思えないうつくしいひとに見つめられて。俺、この先どうなっちゃうんだろう、知ってもだいじょうぶかなとか。
     決して口には出せないけれど。父のことはずっと尊敬してきた。忙しい仕事をこなして、男手ひとつで愛情をたくさん注いでくれて。誰がなんと言おうと、彼は俺にとって大事な家族で、それさえあれば何を言われたって大丈夫。ぐ、と胸の前でてのひらを握りこんだ。
     ……あぁもう! この際なんでも受け止めてやる!
     父親――アヤックスが口を開いた。

    「おまえのお父さんは、元岩王帝君なんだよね」
     
    「それから。細かい説明は省かせてもらえると嬉しいんだけど……産んだのは俺」
     
     ??????

     ◇ ◇ ◇

     ――何から話せばいいと思う?先生。
     ――どう話し始めても長くなるだろうな。まずは俺たちの馴れ初めから……
     ――それってあの送仙儀式の話してる?さすがに寝ちゃうだろ。
     ――ふむ、では大戦あたりからでいいだろう。
     
     かつて、とは言っても十数年前のはなしだ。大陸全土で巻き起こった大戦争があった。
     人と神がぶつかりあった戦い。曇天に覆われた空からはいくつも終焉の光が差し込み大地は汚染され、街には魔物が襲い掛かった。それぞれの7国を収める神の庇護が届かなかった人間は姿を変え、同胞に喰らいついたという。
     壮絶な戦いは1か月に及び、天空の島にたどり着いた”旅人”によって終止符が打たれたといわれている。そのあいだ、人々は神の目を持つ原神たちを中心に戦線を張り戦いを続けていた。けれど、テイワット全土の汚染された土地から湧き出る魔物は無尽蔵に増え続け、被害の規模は想像を絶するものであったそうだ。規模の差はあれど一国も欠けることなく現在までテイワットが存続していることが奇跡ともいえる惨状。

     ――この戦争で人々が何を手に入れたか知ってる?
     ――……そうだ、よく勉強しているな。七神制度の廃止、神からの解放。大戦が終わって、ひとの時代が来たんだ。

     あの戦いで一番の被害を受けたのはスネージナヤだったと言われている。氷の神を筆頭に神の心をすべて集めたファデュイによる天理への先制攻撃。これが大戦のはじまり。
     ファデュイには執行官と呼ばれる11人……いや、開戦のときには数人欠けていたけれど。彼らは常に最前線で戦った。戦いの中で命を落とすものもいた。

     ――で、このとき女皇様と共に天空の島セレスティアに殴りこんで旅人が最奥にたどり着くまで場を荒らし続けた執行官第11位・タルタリヤが俺ね。
     ――その場には俺も同行していた。璃月を仙人に任せ、黄金屋を中心に結界を張り……ん、気になることがある顔だな。質問はあるか?

    「ちょっ…………と待って?」
    「うん」
    「えっ父さんのなまえ、アヤックスだよね」
    「それは本名。20歳のころは女皇様から賜ったタルタリヤを名乗ってた」
    「……天空の島セレスティアって最終的に激しい爆発とともに墜落したって聞いたけど」
    「あははしたした! あのときはさすがに死を覚悟したよねぇ。俺はもう身体中傷だらけで血も流すだけ流してたからさ、ぎりぎり先生が連れだしてくれなきゃあの場で終わってた」
    「セレスティアに乗り込んだのは旅人をはじめとする神の目を所持した少数精鋭と七神だけだ。あの爆発で直接死亡した人間はいないぞ」

     ……ちょっと待ってくれ。
     えっ、まずもって父さんファデュイだったの? いやスネージナヤ人だとは知ってたけど、知ってたけども、執行官って何?! うん、冒険者にしては腕が立ちすぎるし腹に穴が開いた人みても動じないあたりいろんな経験してきたんだろうなぁって思ってたけど! あの残酷非道として語れるファデュイと父の想像は結びつかない。ていうか今まで一言もそんなの言われたことないのに!
     というかそれもあるけど、もっと衝撃的なのは目の前の人の正体である。岩王帝君? えっじゃあ俺今神さまの前にいる? 契約の神、商業の神、武の神エトセトラ。璃月では没して尚信仰深くあがめられている尊い存在。ひとの姿を取って俗世を歩くこともあった、みたいな逸話はいくらでもある神だけれど、ひとまえに出るときは半龍半麟の生物の姿を取ったとされている――龍。

    「あ、だから……」

     そういう事か、とすんなり納得してしまった。いや、相変わらず理解の範疇は超えている。のみこめない事実ばっかりでおなか一杯だ。あれ、なんか頭があつくてぼうっとする。
     俺のこえに二人がうん、といらえる。優しい顔だった。このひとたちが、あの恐怖と絶望とともに語られる戦争で最前線を生き抜いた英雄だってこと? ねえ、じゃあ俺って。朝起きたら突然生えてたこれらってさ。
    「おれ、龍になっちゃう?」
     くら、と頭が揺れた。目の前がちかちかする、これあれだ。風邪の症状に似ている。後なんだか頭と、腰の下の方がずきずき痛む。
    「ッ突然なんで、先生!! 元素が暴走してる!」
    「わかっている、任せろ」
     慌てた二人分の声が聞こえる。それから、キィンという音共に視界にうっすら黄金の膜が張って。意識が途切れた。
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