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    fuyukichi

    @fuyu_ha361

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    fuyukichi

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    100日後にくっつくいちじろ13日目


    「はい、ええ…ええ、…いえ、そんなことは」

     一郎は沸騰直前のお湯の如く、イラついていた。
    接客業ではよくあることだ。厄介な客がしょうもないことでクレームをつけてくる。クレームというよりは最早いちゃもんであった。最初から言葉の端々で面倒な気配を感じていた一郎は、何度も確認した上で行った上で仕事をした。にも関わらず後から愚痴愚痴と文句をつけてくる。これがラップバトルだったらどれほどいいことか。しかしすぐブチギレることが出来ないのがまた社会人の辛いところである。

    「はい、では失礼します」

     特に金を返せだの、何かをやり直せという内容ではなかっただけマシか。面倒くさいという雰囲気を出さないような相槌を凡そ三十分間繰り返し、漸く終話できた。依頼内容通り、仕事をしたまでなので、それについての謝罪は会社として行わなかったが、もっと気を利かせてプラスアルファ欲しかった、だとか言われた部分は「そこまでの配慮が行き届かなかったこと」に対して謝罪をした。

    「怒鳴ってこないだけマシだな……参考になる部分もあった。うん」

     ふう、息を吐いて一郎は椅子の背凭れへ背中を預け、天井を見上げて深呼吸をした。一郎流のアンガーマネジメントである。しかし、ピコン、と電子音。目を開け、スマホを確認すると、SNSの萬屋用アカウントの通知だった。

    『利用しようかと思いましたが、ヤマダさん宅の次男(高校生?)が路上で汚い言葉を使い、ガラの悪い人達と喧嘩をしていました。ラップ?というらしいですが、そんな粗暴な子供が手伝いをしている会社に仕事はお任せ出来ないためやめました。子供にも悪影響なので……(以下、数行にわたって近隣への影響やそもそも子供が運営している会社はいかがなものか、という文句が続く)』

     そのくどい文章を読み切って、一郎は再び目を閉じ、背をもたれ、天井を仰ぎ、深呼吸を……

    「弟は関係ねえだろうが」

     ガンッ、と拳がデスクにめり込んだ。
    山田一郎の地雷であった。せめて依頼してから文句を言いやがれ、ガラの悪い連中との喧嘩なんざ、ラップバトルをふっかけられて応戦したか、いざこざを起こしている奴にお灸を据えてやったか、それかただのサイファーだろう。二郎が理由もないのに周りに迷惑をかけるような問題をブクロで起こすわけがない。ふざけるなよ。アンガーマネジメントなど吹っ飛び、一郎はいてもたってもいられず立ち上がる。屋上でラップしよう。発散しないと駄目だ。そう思ったのだ。ドスドス、と床も打ち抜きそうな勢いで足音を立てながら、怒りに任せてドアを思い切り押し開けた。そのとき。

    「いっ!!」

     ガンッ、と鈍い音と、同時にドアの向こうで上がった声。一郎は一瞬、固まった。しかしすぐ我に返り、ドアの外へ飛び出すと、足元で二郎がしゃがみ込んでいたのだ。

    「じ、二郎……!今、ドア……」
    「へへ……だいじょぶ……」
    「ちょ、見せてみろ…!」

     蹲る二郎に合わせてしゃがみ込む。顔をおさえている二郎の手を優しく退かし、顎の下に手を入れて恐る恐る持ち上げてみた。すると、たらり。鼻血が垂れ、額が赤くなっている。サアッと一郎の血の気が引いた瞬間である。

    「わ、悪い…!二郎、すまねえ…!立てっか?いや、痛ぇよな…!すまん、座ったままでいい」
    「や、大丈夫…けど」

     ティッシュほしい。
    そう言った二郎の言葉で「ティッシュな!そうだよな!」と弾かれたように立ち上がり事務所から箱ごと持ってきて数枚抜き取ると、二郎の鼻に優しく当てがった。

    「上向くな、駄目なんだよ向いたら」
    「垂れてくるから…」

     鼻にティッシュを詰めるのも駄目らしい。
    鼻や口周りについた血を拭いながら、小さな子供に鼻水をかませるようにティッシュ数枚の上から二郎の鼻をつまんで圧迫した一郎。これが一番良いらしい。つまんだ二郎の高い鼻の頭が赤くなっている、というか、鼻血かと思っていたが若干切れている。

    「ごめんな……ほんとごめん二郎」
    「ふがふが」
    「ん?」

     鼻をつまんでいる上にティッシュが邪魔で上手く喋れないらしい。口元のティッシュを退けてやると二郎は元から下がっている眉を更に下げて少し笑った。

    「ダイジョーブだって、このくらい」
    「……鼻の頭、切れてるし、デコも赤くなってる」
    「兄貴のゲンコツの方がいてーよ」

     いひひ、と笑う二郎だったが一郎は笑えず、自分が怪我をした時より辛そうに表情を歪めて弟の顔を見ていた。二郎はきっと自分の気持ちを軽くしようと笑っているのだろう。そう思うと、さっきの、何も知らない他人に、粗暴だと、悪影響のある子供だと言われたことがとてつもなくもどかしくなった。何も知らない癖に、こいつの優しいところを何も。

    「にーちゃん」

     鼻で呼吸ができないから、鼻声で二郎が兄を呼ぶ。ん?と出来る限り怒りやもどかしさを表に出さないよう優しく聞き返すと、しっかりと目が合った気がした。

    「こうしてるとさ、ガキんとき思い出すね」
    「あー……お前よくコケて泣いて、鼻水かませてやってたな」
    「チーンしろって、やってくれたよね。よく」

     あの時は自分で転んで泣いてたんだ。それでも擦りむいて血が出る膝が可哀想で胸が痛かった。それが今は自分が怪我をさせてしまった。余計に申し訳なくて、可哀想で、自分が腹立たしかった。

    「え」

     気付けば赤くなった額が可哀想で、半ば意識なく、目の前にあった二郎のおでこを舐めていた。ぺろ、と親犬が子犬にやるように舐めていた。そりゃあ二郎も固まる。え、何してんの?と目を丸くして固まった。目が合う。二郎、どすん、と後ろへ尻もちをつく。

    「おい、大丈夫か!?」
    「いや、大丈夫か…って、いや、え?」
    「貧血か?」
    「いや、違くて、その、何してんの?」
    「悪い……ちょっとイラついてて、力任せにドア開けちまって…まさかお前に怪我をさせるなんて」
    「そこじゃないそこじゃない」

     ええー…?と困惑している二郎は自分の鼻をつまみ続けている兄の手をゆっくり離させた。

    「もう止まったよ、ありがと」
    「そうか…?もうちょっと抑えておいた方が…」
    「大丈夫だって!ほんと」
    「そっか……でも暫く安静にしよう。事務所のソファー座っててくれ。消毒液とか持ってくるから」
    「大袈裟だよ……」

     二郎をソファーに座らせると兄は立ち上がり、リビングへ救急箱を取りに行こうとした。二郎はハッとしてその腕を掴んだ。

    「仕事でなんかあった?」
    「ああ……ちょっとな。でもドアとかモノに当たるなんて良くなかったな。本当に悪い」
    「いや、イラつくくらい誰にだってあるよ!俺でよかったらいつでも話聞くし…」
    「ありがとな」

     今回はお前にだけは言えないが。そう思いながらも二郎の頭を撫でた一郎。

    「あと、兄貴」
    「?」
    「その、フツーは、舐めないから」
    「え?」
    「普通は、弟が怪我したとしても、舐めてやったりしないからね!?びっくりしたよ!外でやらないでよね!?」

     舐めたっけ?ああ、そう言われたら舐めた気もする。とりあえず分かった(※分かってない)と返事をすると、下手すると死人出るから!と念を押された。そら他人にはやらないだろ。

    2024.11.5
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