100日後にくっつくいちじろ17日目
「ただいまー……って誰もいねえ」
二郎は依頼で受けたダイナーでのバイトを終え、そのまま友人達と軽く滑りに行き(※スケボー)、技を決めたところで夕飯当番だったことを思い出してエコバッグ片手にスーパーへ。タイムセールで賑わう店内をぬってなんとかお目当ての食材をゲットして二郎は帰宅した。しかし家には誰もいる気配がない。一郎は依頼だが夕方には戻ると言っていたし、三郎は小難しそうな映画をひとりで見に行っている。まだ二人とも帰宅していないようだ。
「今日は塩焼きそばでーす、はーい」
誰もいないが自身で献立のコールアンドレスポンスを行いつつエコバッグの中身をテーブルに並べていく。冷蔵品は冷蔵庫へ、野菜はこの後すぐ切ってしまうから出しっぱなしにして……面倒くさいからホットプレートで作ろう。そしたら一気に出来るし、なんなら具材だけ切っておけばみんなで作れるし。ちょっとセコいけど。
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「あ、キッチンペーパー切れた……って、ああっ!洗濯物!」
山田二郎、ひとりで大変騒がしい。
具材を切って黙々と下準備を進めていた二郎だったが、新しいキッチンペーパーを取りに行くタイミングで窓の外へふと目を向けた。すると、もうすっかり日も落ちているというのに洗濯物を干しっぱなしではないか!忘れていた。やばい、夜に雨か降るかもなんて今朝のニュースで言っていた気がする。
二郎は慌ててベランダに出ると冷たくなった洗濯物を取り込んだ。バサバサと音を立てて洗濯物を叩きながらカーペットの上に投げていく。
「ふー、セーフだな」
皺になるし、料理の下ごしらえは完了したし、先に畳んでしまおう。二郎はそう判断するとカーペットに正座して、膝の上で洗濯物を畳み始めた。使い古してペラペラになったバスタオル、靴下、パンツ。
「三郎のジャージ、まだ湿ってんな……」
夏と打って変わって秋は少し洗濯物が乾きにくい気がする。触りながらまだ完全に乾いていないものは穿けていく。後で干し直しだ。部屋干しでかけておけば乾くだろう。あー、ホットプレート使うから臭い移っちまうかなァ。でもまあ体操着から美味そうな匂いするくらいなら良くないか?駄目か。あいつ煩いからな。そんなことを考えながら着々と畳んでいたとき。
「兄貴の……これクリーニング出せばいいのに……」
兄のトレードマーク、スタジャンが山の中から姿を現した。これもはやり若干まだ湿っている気がしないでもない。さわさわと全体を確かめて、やはり部屋干し行きだなと横へ穿けた。……しかし、ここで二郎の好奇心がむくりとツノを立てた。
着てみたい。山田一郎のファンなら誰しもが憧れるであろうこのスタジャン。いや、分かる。ファッションから入るなんて浅すぎると。しかし推しと同じ格好をしてみたい、その上、本人の服だ。こんな特権、家族だけだろう。
「ちょっとだけ……」
すいっ、と気付けば二郎は袖を通していた。
重めの素材で、ガタイの良い兄でもオーバーサイズに羽織るスタイルのそれは、二郎では多少大きく、あまり格好がつかない。腕の長さは同じくらいなので萌え袖だとか、女の子が着るみたいにダボダボにはならないが、どこか不格好だ。しかし二郎は高揚しながら立ち上がり、鏡を確認した。
「おおーっ、いいじゃん。悪くない悪くない」
ふむ、と顎をさすり、くるりと回って格好をつけてみる。前髪が違うんだよなー、兄貴や三郎みたいに前髪つくってみるかあ。ちょいちょいと前髪を下ろすようにいじってみるが癖で言うことをきかないし、二人よりも長さがあるので前に持ってきても完全に視界の邪魔である。くそー、と文句を垂れながら髪を寄せるのは諦め、ポーズを取ってみる。ヘッドホンあればもっといいんだけど。キョロキョロと探すが辺りにはない。
「兄貴のジーンズとかないかな……お、あったあった」
山の中に兄のジーンズを発見。洗濯物を畳まないまま着るのは縁起が悪いらしいので適当に畳んでからいそいそと履いてみる。ダボっとしたシルエットのそれは二郎だとなんだか着られているようで不恰好だ。はは、兄貴ってやっぱりカッケーな、なんて笑えてきて、それっぽく振る舞ってみてもやはり兄とは似ない。ポケットに手を突っ込んでみるか、そんなことを思いついた、そのとき。
ジャーッ
水音。えっ、と振り返る。洗面所の方だ。
二郎は慌ててスタジャンとジーンズを脱ぎ、自身のスキニーを履き直すとリビングを出た。すると。
「あれ、帰ってたんだ兄貴」
「……おう」
「気付かなかった」
「……ただいまって言ったんだけどな、聞こえなかったか」
「うん、聞こえなかった。おかえり……ってか」
「……」
「何してんの?」
洗面所にいたのはいつの間にか帰宅していた兄だった。しかし何故か手を洗うでもなく、洗面台に両手をついて俯き、項垂れているではないか。
「え、具合悪い?吐く?」
「いや……めっちゃ良い。すこぶる良い」
「そ、そう……なら良かった」
じゃあその態勢は何だ。
不思議に思っていると兄はむくりと体を起こして二郎へ顔を向けた。どことなく顔が、ほんのり赤い気がする。走って帰ってきたのだろうか。そんな急がなくても今日の夕食当番は俺なのに。二郎はそう思いながらも、兄に先程の姿を見られずに済んだことに胸を撫で下ろしていた。
「メシ、ホットプレートにしたから三郎帰ってきたら焼き始めるわ」
「おう……ありがとな」
「?うん」
未だ項垂れている兄を不思議に思いつつリビングへ戻る二郎。
……危ねえ、もう少しで推しの服を内緒で着るキモオタムーブを本人に目撃されるところだった。ふーやれやれ、間一髪だぜ。
二郎は額にかいた汗を拭って、何食わぬ顔で再び洗濯物を畳み始めたのだった。
2024.11.9