100日後にくっつくいちじろ35日目
「あれ絶対に山田一郎だよね?」
「やめなよ、マスクしてるし、変装してるつもりなんだよ……ジロジロ見たら悪いって」
某イケブクロの大手アニメ公式ショップ。
書籍コーナーで神妙な顔をした山田一郎が新刊を物色していた。
今のご時世、電子書籍という選択肢もアリだろう。事実、一郎もいくつかの作品は電子書籍で購入している。しかし紙媒体として手元に置いておきたい作品も多い。それに店舗限定特典や初版版を手に入れたい気持ちもある。というか前に電子書籍でいいかと買った作品をいたく気に入り、結局、本も購入した経験があるので基本は紙で持っておきたいのが本音であった。
と、いうわけで一郎は集めているシリーズの最新刊発売日であるからして、そのお目当ての本と、他にも何かないか物色しているのである。変装(と言ってもマスクだけだが)をしているのは何もアニメショップでちょっと露出度の高いキャラクターが表紙になっているラノベを見ていることが恥ずかしいとかそういう理由ではなかった。ただ単純に、オタク達が楽しくショッピングをしている空間で騒ぎを起こさず、自身も静かに落ち着いて買い物に集中するためであった。
「ポイントカード失礼します」
土日は長い列になるレジも平日の昼間ということもあり待ち時間なしで進むことができてノンストレス。結局お目当て含め五冊ほど本を購入し、持参したトートバッグへ仕舞う。今日は長い夜になりそうだ。まァいいだろう。明日はオフにしてあるし。
会計を終え、首に引っ掛けていたトレードマークよヘッドホンを被ってスマホで曲を流しながら足取り軽く階段を降りる。この店のエレベーターはなかなか来ないし狭いし混んでいるので大抵いつも階段だ。オタクは足腰が強い。
「おっ……」
数階分の階段を降り終え、一階の入り口。なんとなくガチャガチャコーナーを物色していると、今界隈で爆流行りしているSFアニメのガチャガチャを見つけた。一番下段にあるので一郎はその大きな体をしゃがめて覗き込む。小さいミニキャラになったアクリルスタンドだ。五種のキャラクター達が冬っぽい服を着ている。可愛いじゃねえか。絶対欲しいとまではいかないが、ちょっと回してみるか。五種の中に一郎の推しと、そして二郎の推しもいる。打率は五分の二。
二回だけ回そう。一郎はそう決めてコインを三枚入れてハンドルを回した。
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「ただいま帰りました」
「おう、三郎おかえり」
「一兄、今ちょっといいですか?」
「おう、どした?」
夜の春巻き(もちろん椎茸抜き)を包みながらテレビを見ていると三郎が先に帰宅した。何やら見せたいものがあるらしく、鞄をゴソゴソと漁って、クリアファイルから三枚のプリントを取り出す。春巻きを包んでいるので手では受け取れない兄を察してテーブルにそれを置く。
「英語、国語、数学……全部満点……だと」
「へへ」
すげえじゃねえか!思わず立ち上がり、いそいそとキッチンで手を洗うとそのまま弟の頭をわしゃわしゃ撫でた。嬉しそうに照れ笑いする三郎。可愛いー……。目に入れても痛くない可愛い弟の、昔より少し高くなった頭をいつもより多めに撫で回していると「ただいまー……って、何してんの?」と間延びした声。
「二郎、おかえり。見てみろよ、三郎のテスト」
「うわっ、相変わらずヤベェなお前……」
「ふん、お前が逆立ちしても拝めない点数だろ」
「何で逆立ちなんだよ」
「そういう言い回しがあるんだよ!」
少し前までのように、三郎に張り合って自分も頭を撫でてもらおうだとかそういうムーブは最近とんとなくなった二男。それが少し寂しくもあり、成長と捉えて嬉しくもある一郎。
「うっし、さぶちゃんにはご褒美やらなきゃなー」
「え!何ですか?」
「ほらコレ」
一郎は冷凍庫を開けると、そこから海外のアイスを取り出した。単価が高いので普段はあまり買わないのだ。
「スーパー行ったら特売しててさ、アホみてぇに安くなってたんだけどそれラスいちだったんだよ……だから俺と二郎はいつものやつ」
「え、いいんですか……?」
「おう、ご褒美だからな」
「ありがとうございます」
嬉しそうにニッコニコの三郎。お風呂上がりに食べるか暫し悩んで今食べることにしたらしい。スプーンを持ってきて、一口ずつ兄二人に分けてやってから着席して食べ始めた。末っ子かわいいな。二郎までもが内心でそう思った。
「あ、そうだ二郎」
「ん?あっ、俺は直近でテストないよ…!?」
「ちげぇよ。これ、お土産な」
「お土産?どっか行ったの?」
「おう、メイト」
ほれ、と置いてあった例のミニアクスタを手渡した。
「ガチャガチャしたんだよ。俺の推しは出なかったけどお前の推し出たから。やるよ」
「え……まじ……?」
「おう、この子も俺より最推しの二郎に大事にされた方が嬉しいだろうしな……」
大事にしてやってくれ、と娘を嫁に出す父親のような台詞を吐いた一郎。一方で二郎はアクスタを震える手で受け取りながらプルプルと震えて俯いた。アレッ、思ってた反応と違う。
「もしかしてもう持ってたか?」
もしくは『推しは自分で出したかった』だろうか。恐る恐る顔を覗き込む一郎。すると二郎はバッと顔を上げ、そして兄にガバリと抱きついた。急にかかってきた体重に思わず「うおっ!」と声が上がる。
「これ俺が50000回ガチャ回したの知ってたの!?」
「いっ、いや知らねえけど……」
「物欲センサーで一生来ねぇと思って諦めかけてたやつなんだけど!ありがとう!兄貴マジで愛してるわ!」
ぎゅぎゅぎゅーっと力一杯抱き締められる。
アイスを食べながら「うるさ……」と迷惑そうに三郎が冷ややかな視線を向けている。当の一郎は両手を宙に浮かせたまま固まっていた。首に腕が回されていて、癖っ毛の跳ねた髪が一郎の頬と首筋をくすぐってくる。喉の振動が伝わるくらい近くで声が聞こえて、温かい体温が服越しにも伝わってくる。はわ……と萌え系アニメヒロインのような声が漏れそうになった。
「お、おう。そんな喜ばれるとはな」
「何回やっても兄貴の推しも俺の推しも出なくてさァ!ほんとありがと!」
「はは、どーいたしまして」
努めて兄の声色を意識して、宙に浮いていた手を回してポンポンとその背中を叩いてやった。ガバっと体を離し、早速ビニールからアクスタを取り出して土台に組み立てる二郎。最高!と三郎のいるテーブルに置いて撮影会がはじまった。
「見ろよ三郎ォ、いいだろ」
「ふん、アイスの方がいいね」
「アイスは食っちまえばなくなるけどコレはなくなんねぇからなー!」
「きも」
「何とでも言えや」
オタクを貶す、それすなわち長男まで貶すことになる。ので賢い三郎はあくまでも二郎を貶すスタンスであった。そんなやり取りをキッチンから眺めながら、中途半端になっていた春巻きの存在を思い出す一郎。妙にドクドク言っている心臓を抑えながら再び夕飯の支度に取り掛かったのだった。
2024.11.27