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    fuyukichi

    @fuyu_ha361

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    fuyukichi

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    100日後にくっつくいちじろ57日目


    「………」
    「………」

     煩いほどの沈黙がリビングに流れていた。
    今日の夕食当番である一郎はキッチンで焼きそばに使う人参を切っていて、二郎は大股で三歩くらい離れた位置でキャベツを洗っている。

     シンプルに気まずい。
    二郎は頭の中は朝から、いや昨日から一杯だった。授業中はいつものように居眠りはしないものの先生の言葉は何ひとつ入ってこない。右耳から左耳にすり抜けていく余地すらなく、何かしらのバリアでも張っているように何も入ってこなかった。友達にも心配された。朝から上の空というか、神妙な顔をしているが、時々なにかを思い出したように顔を真っ赤にして奇声を上げたりする。怖すぎる、と優しい友人達は二郎をいつもの調子に戻すため昼休み、サッカーに誘ったが二郎は顔面でボールを受ける始末だった。

     実を言うと昨日、風呂から上がってアイスを食べた後の記憶があまり鮮明にない。テレビを見て、ふと兄へ彼女が出来たのか尋ねて、そしたら……ええと、そうだ。PCを取りにリビングを出たところで兄のスマホがテーブルの上で震えた。別に見るつもりはなかったが、ディスプレイにメッセージが表示されて、その字面を無意識に認識してしまったのだ。『ちゃんと二郎に好きだと伝えて』という三郎からのメッセージ。これが仮に『二郎とちゃんと話して』とか、二郎と名指しせず『好きって伝えて』とか、もっとぼかした書き方になっていれば二郎もそこまで気に留めていなかったのだろう。しかし三郎からの短いメッセージには、二郎をフリーズさせる破壊力がぎゅっと凝縮されていた。短いが端的に分かりやすい内容になっていたのだ。

     家族としての好き、ならわざわざ伝えることもないだろう。だが『どういう類の好き』なのかは、リビングに戻ってきた一郎の表情で流石の二郎も察してしまった。顔面蒼白で、この世の終わりとでも言う表情。「どういうことなのか」と尋ねる二郎に兄はだいぶ、もう取り繕うことが出来ないくらいの間を空けて答えた。

    「……………悪い、二郎」

     謝罪から入る告白ってあるんだ。二郎は思った。
    経験として何度か告白というものは受けたことがある。受け入れた経験はないが。しかしそのどれも謝罪からはじまるものはひとつもなかった。そもそも告白する方が謝ることではないのだ。それなのに兄はとんでもない大犯罪を犯したような顔をして目も合わせず震えた声で謝った。そしてそれは謝罪であると同時に三郎からのメッセージを肯定すると同意であった。流石の二郎も言葉を選ぶ。

    「えと………恋愛的に、ってことで…合ってる?」
    「………すまないと思ってる」

     また謝った。違う、謝ってほしいわけではない。瞬きをしながら頭を左右に振る。

    「謝ることじゃないよ」
    「……気持ち悪いだろ」
    「気持ち悪い……?」

     兄の言葉を反復してみるが、ピンとこない。確かに驚いたし困惑はしているがそういう分類の感情でないことは二郎の中で確かであった。

    「えと、ごめん混乱してて上手くまとまらないんだけど、とりあえず、キモくはない」
    「……優しいんだな、二郎は」
    「いや、優しいとかじゃない。けど、キモいとかは、ない」
    「ん、分かった」

     下手か。二郎は自分でもそう思ったがそれだけ動揺していた。しかしそれ以上、何を言っていいのかが分からない。さて、どうしたものだろうか。普通なら、相手の気持ちは嬉しいという補足を入れつつもキッパリと断って、謝る。だが、これはその通常対応の範疇を超えている。

    「あ………、えと」
    「………」
    「………」

     何かを言わなくちゃ、と口を開くが、言葉が出てこずそのまま閉じる。それを三回繰り返して、二郎はとうとう閉口した。テレビではスタッフロールが流れていて、簓が笑顔で茶の間へ「ほなねー」と手を振っている。二人してそれを眺めながら沈黙に沈黙を重ね、沈黙のミルフィーユがバランスを崩して倒れたところで漸く二郎が言葉を発した。テレビは空撮で世界遺産を映している。

    「歯、磨いてくる……」
    「ああ」

     逃げた。山田二郎、敵前逃亡の瞬間である。
    結局、そのまま二人はその話題に触れることなく「部屋戻るね」「おやすみ」と思春期の娘と父親でももっとマシなコミュニケーションを取るレベルの会話を交わして朝を迎えた。

     朝も結局ロクに会話が成立せず、互いに視線も合わないし、ただ喧嘩しているわけでもないから変な空気であった。学校でもそのことばかり考えてしまい、家に帰ってまだ三郎が帰っていなかったらまたあの空気。二郎は最低だと思いつつも、いつもより遅く帰ろうか、そう思った。しかし、兄は凄く気にしている様子だったし、ここであからさまに避けるような態度を取れば傷付くことは明白だ。なので二郎は三郎がもう帰宅していることを祈りながらいつも通り帰宅した。結果、三郎の帰宅はまだで、二人きりで夕飯の準備と洒落込んでいる。

    「あ………豚肉も切っちゃうね」
    「あー……肉はもう少ししてからでいいんじゃないか?」
    「そか……」
    「ん」

     いや気まずい!全員他人の満員エレベーターで突然大声を上げたくなるような衝動に駆られた二郎だったが堪えた。三郎、早く帰ってこい。二郎はそればかりを祈っていた。そのとき、玄関からガチャガチャと鍵が回る音。ピクっとその音を敏感に捉え、二郎はエプロンで手を拭うとそこで漸く兄を見た。

    「三郎帰ってきた!ちょっと行ってくるわ!」
    「おう、頼むな」

     バタバタと駆け足で玄関へ向かうと、大きめの荷物を抱えた三郎が靴を脱ぎながら顔を上げた。

    「珍しいな、お前が出迎えなんてどういう風の吹き回しだよ」
    「うっせーな!」
    「…………ていうか」
    「な、なんだよ」
    「………はあー」

     三郎は二郎の顔を少し観察するように見つめると呆れたような分かりやすいため息を吐いた。

    「んだよ、そのクソデカ溜息……」
    「お前、一兄とどうなった?」
    「は、はあ!?ななななな何言ってんだよ何もねーよ」
    「世界一分かりやすい動揺をありがとう」

     顔を首まで真っ赤にして動揺する二郎。
    ……こりゃまだ道のりは長いな。三郎は呆れながらリビングに向かって歩き出し、二郎は情けなくも背中を丸めてその背中についていったのだった。


    2024.12.19

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