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    動植物の調査・保護を行うゼルダと現地ガイドリンクの話。
    最後の1人になる寂しさとか、人が何かを選択する時の心の計れなさ、言葉の不確かさみたいなものを書きたくて……続編前に自分の性癖だけを追求して書いてたんですが、楽しいところに辿り着く前に続編発売がきてしまいこのまま放置しそうなので一旦供養。全体の3分の1くらいのとこで止まってます……

    #リンゼル
    zelink
    #Zelink
    #現パロ
    parodyingTheReality

    失われるものたちへ八月の終わりにその地域に向かったのは、そこでしか観察されないという動植物の調査のためだ。やや緯度の高いその国は、短い夏を終えようとしているところだった。空港に降り立つと、乾いた風で景色が白っぽく煙って見える。
    ここから電車で40分かけて市内に移動し、さらにバスで4時間半走ったところが、今日の目的地だ。長時間のフライトを終えた身体は、筋肉が凝り固まって多少の疲労を感じている。しかし、観光に来たわけではないのでゆっくりする時間はなかった。目的地に向かうバスは1日おきにこの街と目的地を往復している。乗車を予定している便を逃すと面倒だから、急がなければならない。それでも足取りが重くならないどころか、浮足立ってすらいるのは、今回の調査を心待ちにしていたからだ。

    きっかけは、子供のころにもらったクリスマスプレゼント。赤い包装紙にリボンがかけられた、立派な図鑑だった。その頃の私にとって動物といえば、ペットの犬と近所の野良猫、田舎の親戚の家で飼育されていた牛や羊などの家畜くらいで、色とりどりの羽や体毛、奇妙な生態や驚異的な身体能力を持つまだ見ぬ動物たちとの出会い(紙面上ではあったが)は衝撃的だった。
    そして、そのほとんどが今や絶滅の危機に瀕しているという事実は、幼かった私にとって率直な悲しみを与えた。「大人になったら動物を守る仕事をしたい」という思いに従って理学系の大学で生態学を学び、野生の動植物の調査を請け負う外郭団体に就職した。
    子供のころの夢をそのまま叶えるのは珍しいらしい。真面目だとか、一途だとかいう評価は誉め言葉なのか疑わしいときもあったが、真面目に取り組んできたおかげか3年目にして海外地域の調査を任された。かけられる期待に応えられるだけの結果を得たいと、意気込んでいる自覚があった。
    だから、4時間半(出国からだと20時間以上)かけて辿り着いたこじんまりとしたバスターミナルで私を待っていた青年を見たとき、肩透かしされたような気になってしまった。彼はどう見ても私と同年代か、あるいは少し年下に見えた。私の一方的で勝手な想像ではあるが、現地のことをよく知っていそうな、いわゆるベテランらしい人がガイドをしてくれるものなのだと思っていたのだ。

    彼はリンクと名乗り、「こんばんは」「はじめまして」と挨拶をし合う。
    「荷物はそれだけですか?」
    「ほとんど、宿に送ってあるんです。さすがに多いので」
    調査期間は数か月を予定している。私が背負っているバックパックを見ていた彼は、納得したようだった。
    「じゃあ、もう宿に行きますか?」
    「そうしようと思います」
    「どこに泊まるんですか?」
    「え?」
    「送ります。もし、嫌でなければ。あんまり、治安良くないので」
    ありがたく申し出を受けて宿の名前を告げると、彼は軽く頷いて、歩き出した。街は小さく、街灯もまばらで駅前ですら薄暗い。寒々しいくらいの雰囲気も手伝って、夜風の冷たさを感じる。会うまでは「最初に食事でもして打ち解けたほうが良いのだろうか」、などと考えていたことも、すっかり頭から抜けてしまっていた。特に案内される見所もないような道を黙って歩いていれば、駅から徒歩7分の宿はすぐだった。
    私を送り届けた彼は明日の迎えの時間を確認すると、それ以上の会話もなく帰っていった。
    フロントでルームキーを受け取り、指定された部屋に向かう。用意されていた部屋は、期待していた程度には清潔だが、当然のように簡素で小さな部屋だった。木製のシングルベッドとシンプルな文机、タイル張りの小さなシャワーブースがついている。敷き詰められたカーペットは、元からそうなのか経年で変化したのか、趣味が良いとは言えない色をしていた。
    部屋の隅に積まれた段ボールには、翌日以降の荷物が入っているはずだ。ある程度荷解きするつもりだったが、部屋に着いた途端に強く感じた疲労でやる気が起きない。
    夕食を食べていないので、道中で見かけたスーパーマーケットの場所を確認しておいたが、一度ベッドに腰かけてしまうと、立ち上がるのも億劫だった。何よりも私の気分を重たくさせたのは、明日からの調査だった。楽しみにしていた調査だったが、彼とうまくやっていける自信がない。自分はあまり同世代に好かれるタイプではないと思うし、異性となると余計に何を話せばよいか分からない……考え込んでいるうちに、疲労も手伝って抗う間もなく眠りについていた。

    :::

    「もう少し登れば、もっと見れると思いますよ」
    「本当ですか?今日、見に行けますか?」
    その日、彼に案内されたのはツルギソウの生息地だった。写真でしか見たことのない貴重な植物を前にして、気分が高揚するのを隠し切れない。
    「天気も崩れないと思うので、見に行けます。でも、少し険しいので、疲れているならまた今度にしましょう」
    「ええ、大丈夫です。ぜひ案内してください」
    ほんの数日過ごすだけでも分かったことだが、彼は良いガイドだった。愛想があるとは言い難いが、ほどほどに親切で、少ない言葉数からも実直さが伝わってきた。もちろんこの地域の歩き方や危険についてよく認識していて、さらに良かったのは、動植物についての知識もあり、暮らしの中での使われ方や付き合い方を話してくれたことだ。書籍には書かれていない彼の話はどれも興味深く、初対面で苦手意識を持ってしまった自分の軽率さを恥じるほどだった。
    山道をしばらく進むといよいよ道が狭く、けもの道のようになってきた。振り返った彼が手のひらを私に向けて差し出す。
    「荷物、持ちます」
    手を貸してくれるのかと思って戸惑っていた私は、彼の意図を理解して気恥ずかしさを感じる。
    「少し滑りそうなので、両手を空けてください」
    お礼を言って、採取したサンプルを入れた鞄を預けると、彼はまた歩き出した。落葉樹の葉の隙間から零れる光の中を黙って歩く彼の背で、さっき手渡した鞄が揺れている。私は彼の、遠回しな表現をしない物言いを好ましいと思っている。

    「ツルギソウは、氷河依存種と呼ばれています。ツルギソウの祖先はもともとは海水域に分布していたんですが、その頃に起こった地殻変動で淡水域に切り離され、生き残ったのが現在のツルギソウの原種です。1万年前まで続いていた氷河期には、広い範囲で分布していたそうですが、氷河期の終わりとともに姿を消していきました。現在は標高の高い地域で分布が確認されていますが、これほどの群生地はここ以外にないはずです」
    山頂にほど近い、少し開けた場所にその群生地はあった。世界中で失われていっているツルギソウが遠目でも分かるくらいに自生していて、尾根から吹き下りてくる山風にそよいでいる。
    「暖かいところにはないんですか」
    「はい。基本的には寒冷な気候を好みます。それに、気候だけではなく別の植物との競争に負けてしまえばそこでは分布できませんから、そうやって追いやられていくうちに生息域が狭まっていったようです」
    「この花は弱いんですか?」
    「繁殖という意味で言えば、弱いのかもしれません。というのも、ツルギソウの繁殖方法についてはよく分かっていないんです。特定の条件を必要としているようなんですが、方法の特定が困難で……今ある数をどう維持していくかというアプローチで、研究を進めていくことになります」
    「貴重なんですね」
    「そうです。とても貴重です」
    私は、喋りすぎている自分に気付きかけるたびに、彼の様子をそっと窺った。彼は、彼の生活においては全く不要であろう話についても一通りの興味を示してくれているように見える。無理に面白がろうとはしない、自然な受け入れ方が有難かった。
    何か感謝を伝えたいと思ったけれど、彼にとって受け入れやすい言い方が思いつかなかった。彼の態度への内心の感情を伝えるほどの、親しい間柄ではない。彼が見せてくれる特別な景色も、あくまでも仕事上の案内の一部でしかないのだ。

    :::

    私がこの地域の調査員として任命されたのは、大学で学んでいた第二言語がこの国の言葉だったことも影響しているだろう。語学力については自信があるとは言い難いが、大学時代に苦しめられたこともあり、日常会話や多少の専門用語は扱えると思っている。
    「えっと、ごめんなさい。なんて言ったらいいか……」
    けれどごく稀に、伝えないことや希望を端的に表現できなくなってしまうことがあった。一度出てこなくなった言葉を絞り出すというのは難しく、粘土をこねるように頭をひねるがうまい言い回しが出てこない。
    こちらの意図を多少は汲み取ってもらえないだろうかという期待を込めてリンクを見る。しかし彼も困ったように、耳をぴんとそばだてて私の言葉の続きを待っていたようで、しばらく見つめあってしまった。
    「……いえ、俺も完璧ではなくて。日常会話くらいならできるんですけど」
    完璧ではない、という不思議な表現に今度は私が一瞬困惑して、そしてそれに続いた発言に、大いに驚かされた。
    「待ってください、あなたはネイティブじゃないんですか?」
    口に出してからすぐに、無遠慮な言い回しをしてしまったことを後悔する。
    「言ってませんでしたか」
    「……初耳です。あの、それなら、あなたの母国語は?」
    彼は少し迷うように視線を彷徨わせて、それからすぐに「××××語です」と言った。××××。はじめて耳にする響きだった。
    「この国では、よく使われている言葉なんですか?」
    「いいえ。正確なところは分かりませんが、使う人はほとんどいません」
    そうだろうと思った。数か月滞在する国のことを、何も調べずに来たわけではない。この国に住む彼が母国語とする、この国でも使われない言語に興味がわいた。
    「もし嫌じゃなければ、何か、話してみてくれませんか」
    頼んでみると、「もうあんまりうまく話せませんけど」と前置きしてから、彼は記憶をたどるように慎重に、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。耳なじみのない調べは異国の歌のように低く響き、唯一「リンク」という彼の名前だけが私に届く。それを聞きながら、私は××××語だけではなく、母国語を話す彼の声を聴いてみたかったのだと気付いた。
    「ありがとうございます。聞いておいてなんですが、あなたの名前くらいしか分かりませんでした」
    ××××語は、私たちが共通で話すこの国の言語からはだいぶ遠い、もしくは全く異なると言えるほど、独特の言語だった。たとえば、私が話す母国語と第二外国語はもとを辿れば同じルーツを持っているため、親戚のような関係にある。そうでない言語は異なる文法や語彙、発音をもち、言語体系の異なる話者同士で通じ合うのは不可能に近く、そして習得は容易でない。彼がこの国の言葉でこうして会話できるようになるまで、きっと苦労したのだろう。
    「何を言うか迷って、いまさらですが、自己紹介をしました」
    「だから名前を言ったんですね」
    はい、と頷いて彼は続けた。
    「あとは、生まれた日を。この言葉では日付を、暦の月で表すことはほとんどありません。俺の誕生日は、太陽がいちばん高い日といいます」
    「太陽がいちばん高い日……夏至ですか?」
    「はい」
    「あなたは、夏至に生まれたんですね」
    緯度の高いこの国で、薄明のまま迎える夏至の夜を想像する。私の言葉に照れたように笑う表情は、いつも以上に若く、少年のようだった。
    この国の言葉を話すときの端的な物言いは、彼の実直な人柄を示しているようだ。けれど対照的にも思える彼の母語の婉曲さもまた、不思議とよく馴染んでいた。それは時々感じ取れるのにまだ不確かな彼のルーツの一端のようで、私はもっと彼を知って、理解したいと思った。

    :::

    ここ数日雨が続いている。北から移動してきた冷たい空気が夏の名残りの暖気とぶつかり、この国の上で秋雨前線をつくっていた。
    雨が続けばフィールドワークには出られない。午前中は、もう夜になった本国で疲れた顔をした上司と報告を兼ねた打ち合わせをしたり、これまでの調査をまとめたレポート作成に励んでいたが、そろそろホテルに籠るのにも飽きてきた。レポートは行き詰まって、彼の手を借りたい部分が歯抜けになっていて落ち着かない。
    通りに面した窓から空を見上げるが、薄いグレーの雲は厚く空を覆い隠して、雨が止みそうな気配はなかった。
    上司とそうしたように、彼ともWeb会議ができれば話が早いと思いかけて、その考えを否定する。彼はパソコンを持っていないだろうし、できれば直接やりとりしたい。けれど、そうする場所がない。こういう時に、ホテル泊は不便だなと思う。
    しばらく悩んで、彼に電話をかけることにした。天気は悪いがそろそろ出かけたかったし、不愛想なフロントスタッフ以外の声を聞きたかった。
    3コール目で彼とつながる。名前を言うよりも先に分かってくれる声に用件を問われた。レポート作成への協力自体は快諾されるが、同じように場所の問題に行き当たる。
    「近くにコワーキングスペースとか、ないですよね」
    「よく分からないですけど、ないと思います」
    「そうですよね……」
    「何があればいいんですか?」
    「机と、あとはそれなりに長居できればいいんですけど」
    通り沿いにいくつかある飲食店は、どこも個人が経営するこじんまりとした店で、とても仕事をしながら長居できるような場所ではない。
    電話越しに共有した雰囲気からは、彼が何かを考えて言おうとしているのが伝わってきて、その言葉が固まるのを待った。
    「俺の家はどうですか?もし、嫌じゃなければですけど」
    きわめて平静に、特別な思いを乗せずに発せられた声は、八月の終わりにはじめて会った夜のことを私に思い出させた。その日からまだひと月も経っていないことと、にもかかわらず、彼をとても信頼している自分の内心に気付いて、思わず断る理由を探してしまう。
    「ご家族とか、恋人とか……気兼ねする人は?迷惑になりませんか?」
    けれどそう言いながら、彼は自分から言い出したことを翻したりはしないだろうという思いが頭の片隅から主張していた。出来ないことは言い出さないし、口に出したことはすべて出来ることで、その線引きはクリアで一貫している。私が行くと言うか、行きたくないと言うか、続きのある道はそのどちらかしかなかった。
    「いません。迷惑でもないです」
    言い切った後で、「狭いし、呼べるような家じゃないですけど」と気まずそうに付け足すのがおかしかった。


    飾り気なく寂れた街は、細く柔らかい霧雨でその輪郭を霞ませていた。彩度の低い街並みの向こうに彼の姿が見えて、電話で予告した通りの時間に来るのが彼らしい。フィールドワークの時にも着ている防水性のあるジャケットの、フードを被ったシルエットが近づいてくる。
    ここ数日で分かったことだが、この国の人はあまり傘を差さない。乾燥した気候のために、こんなふうに雨が続くのが珍しいことや、髪や衣類が濡れても乾くまでそれほど時間を要しないことが影響しているのだろう。
    「ありがとうございます」
    急な依頼に応じてくれたこと、自宅を提供してくれること、迎えに来てくれたこと、数々の親切をなんでもないことのように提供してくれること、彼に示したい感謝はいくつもあった。
    彼と並んで歩くと、見慣れた背中が見えない。薄く水の張ったアスファルトに向けて私と同じ早さで出される脚と、左目の端では肩のあたりが揺れている。水飛沫がはねて、私の足首をわずかに濡らす。
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    最後の1人になる寂しさとか、人が何かを選択する時の心の計れなさ、言葉の不確かさみたいなものを書きたくて……続編前に自分の性癖だけを追求して書いてたんですが、楽しいところに辿り着く前に続編発売がきてしまいこのまま放置しそうなので一旦供養。全体の3分の1くらいのとこで止まってます……
    失われるものたちへ八月の終わりにその地域に向かったのは、そこでしか観察されないという動植物の調査のためだ。やや緯度の高いその国は、短い夏を終えようとしているところだった。空港に降り立つと、乾いた風で景色が白っぽく煙って見える。
    ここから電車で40分かけて市内に移動し、さらにバスで4時間半走ったところが、今日の目的地だ。長時間のフライトを終えた身体は、筋肉が凝り固まって多少の疲労を感じている。しかし、観光に来たわけではないのでゆっくりする時間はなかった。目的地に向かうバスは1日おきにこの街と目的地を往復している。乗車を予定している便を逃すと面倒だから、急がなければならない。それでも足取りが重くならないどころか、浮足立ってすらいるのは、今回の調査を心待ちにしていたからだ。
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