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    hirata_cya

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    バレ前のきわしのが愉快に温泉旅行へ行く話を書きたい(プロローグ)

    #きわしの

    きわしの温泉旅行編「温泉に行こう。」

     簡潔である。そして直球だ。
     絵文字も飾りも何一つない、絵面だけなら実に色気も素っ気もない。スタンプや絵文字でテンポよく感情を表現するメッセージアプリに慣れた若者世代であれば「マルハラ」だと感じかねないような。
     それでも本人の人柄をあらかじめ承知していれば、文字にはパッションピンクの色がつき愉快に踊り、句点の後には特大のハートマークがついているように感じるのだから、人間の脳とはかくも不思議なものだ。
    「いきなり何スか、と」
     ぽん、と。前置きなく提示された計画に対して至極最もな疑問形で返すと、忍者くんいま電話して平気? とまっとうに社会人をやっている、大人としての気遣い溢れるメッセージが届く。こういうところは実に仕事のできる大企業のサラリーマンらしい。例え第一声が序破をすっ飛ばして急しかない突発的なお誘いであっても。
     さて、とわが身を顧みる。中間テスト明け、金曜日の午後。当然の帰宅部であるからして用事なし。忍者のお仕事もなし。
     かつて、こんなときはよく壊爺の店で駄弁っていたものだったけれど。店の主亡きいまとなっては、無駄遣いに抵抗のある学生としては公園のベンチで糖分補給にイチゴミルクを啜るくらいが関の山。
     緊急出動が入りさえしなければ、長電話をしても問題ない環境である、ということを確かめて、平気ッス、とメッセージを打ち込んだ。
     途端に鳴り響くプリのOP曲をアレンジした明るい電子音。
     パネェ。心理的には危うく端末を取り落とすところだったがそこは忍者の身体能力と制御力を遺憾なく発揮し、表面上滑らかに応答ボタンをタップする。
    「極道さん、キングコブラみてぇな瞬発力っスね」
    『はっはっは、お褒めいただき恐悦至極、ってところかな?』
     張りと艶のある、いわゆる「イイ声」が軽快なテンポで耳に届く。生で聞くより威力は落ちるが、たいていの人間ならたとえ我を忘れて怒り狂っていても顔面が溶けそうなくらいに泣き叫んでいたとしても、動きを止めて傾聴してしまうような、そんな不思議な声だ。
    「で、さっきのメッセの意味は?」
    『では本題に入ろうか。忍者くん、今日で定期考査はおしまいだし、帰宅部だって言っていただろう? もし土日の予定が空いているなら、私と一緒に一泊二日の旅行はどうかなって。友人と温泉旅行に行くはずが、さっきドタキャンされちゃってさあ。代わりに行ける人がいないかなってほうぼうに連絡してはみたものの、前日だとさすがに皆予定があってねえ』
    「予定はねェ、けど、あんまり遠かったり高価いトコは……」
    『場所は隣の県の観光地、とはいっても昔からの日蓮上人所縁の古刹と遊覧船があるくらいの鄙びたトコロかな。個人的に仲良くなった取引先の希望だったから若向けではないかもしれない。そこは御免ね。東京駅から車で一時間。私が車を出すから交通費は無料、宿泊代も取引先がドタキャンのお詫びに全部出すって言ってくれたから無料。集合は土曜日の昼、日曜日の夕方までにはちゃんと君の最寄り駅に送り届けるようにする。ああ、君は未成年だから当然ご家族の了解が必要だよね。電話を繋いでくれれば私が直接説明するし、何なら前に渡した私の名刺を出してくれてもいいよ。まだ持ってる?』
     会話の合間に古刹? と分からなかった単語を繰り返すと、古いお寺、と馬鹿にするでもなくすんなり回答が来る。
    「や、でも、そこまでしてもらうわけには」
    『きみが一緒に来てくれると助かる、というかお泊りでプリ語りができて私としては棚から牡丹餅というか。朝食と夕食はついてるし、お昼は奢る。正直ここまできたらもうキャンセルも考えたんだけど、このタイミングのキャンセルは旅館の人にも迷惑がかかってしまうから、ちょっと困っているんだよね』
     たはっ★と明るく可愛い子ぶってはいても、声の端にほんの少し困惑がにじみ出ている。どうやら本当に困っているようだ。
     オレはいろいろと、それはもういろいろと醜態だの弱みだのを晒しそして受け止めてもらっている都合上、この年上の友人の懇願に弱い。
    「ちょっと保護者に確認してみる。いったん電話切るよ」
    『良いお返事を期待してるよ!』
     告白の返答待ちみたいな台詞だ。
     いつでも電話してきてくれていいからね! と弾んだ声音の余韻を残して電話は切れた。
     続いて送られてきたのはURL。極道さんが送ってくるものだし危険なものではないだろうけど、と国別コードトップレベルドメインとセカンドレベルドメインを確認していると、宿泊先のホームページだよ、と但し書きが追加で届く。
     安心してURLをタップする。
     港に面したちょっとばかり古めの温泉宿のようだ。ただし客室はリニューアル済みで、部屋ごとに付いている風呂が温泉になっている。
     入れ墨があるわけではないから公衆浴場には入ることができるけれど、オレの身体には忍者の鬼死荒行やら任務やら、はたまた仲間によるオイタの制裁やらで刻まれた、一般人にぎょっとされる深い傷跡が幾つもある。忍者の回復力でも虎兄の外科治療でもどうにもならないものはあるのだ。
     ぎょっとされるくらいで済むならまだいい。もし入れ墨のない極道の関係者がうっかり客に居た場合、忍者と露見てしまう可能性がある。だから修学旅行以外の共同浴場は避けていた。実質貸し切りで温泉に浸かれるというのは幸運だ。
     オーシャンビューと銘打っているものの露天ではなく海側に大きな窓が付いているだけのようだし。任務先で見た極道の泡風呂のようにガラス張りで部屋から脱衣所と風呂場が丸見えということもなく、ちゃんと脱衣所と風呂場は壁で仕切られている。いうことなし。
     交通費と宿泊費は無料、しかも極道さんとのプリ語り付き。
    「行きてェ~……」
     むちゃくちゃ行きたい。ここのところ極道は不気味なほど静かで動きがない。この機に乗じて何とか許可がもぎ取れないだろうか。それが使命とはいえ、普段は労働基準法第六章 年少者(第五十六条-第六十四条)が尻尾撒いて裸足で逃げ出す過重労働を強いられているわけであるし。
    「長、説得できっかなあ」
     オレに甘かった壊爺と陽日兄は極道にやられて揃って鬼籍の人となってしまった。色姐が味方についてくれればワンチャンいけっかな、と算段を付けつつ立ち上がり、飲み干した飲料パックを屑籠めがけて放る。
     目論見通り、イチゴミルクのパッケージは綺麗な放物線を描いて屑籠へと吸い込まれていった。
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