まだ始まったばかり『最近、物騒ですから』
年上の男は帰り際にそう言って駅まで送ってくれた。幼い頃からケンカで負け知らず、いまやヒプノシスマイクを操るイケブクロ代表になんてことを言うんだろう。二郎はそんなことを思いながら男の同行を許した。
「これが恋愛脳……なのか?」
「なにか?」
「い、いや! なんでもねぇよ!」
となりを歩く男が柔らかく尋ねてきた。二郎は咄嗟に頭を振り、聞こえていなかったことに安堵した。
二郎は誕生日にこの男に告白された。二時間ばかりの中華三昧の後、仕事に戻る男から。かなり悩んでいたらしい。出会ったときに興味を惹かれ、ラップバトルやそれ以外でも顔を合わせるたびに感情は加速していく。おとなとは思えない熱情に二郎は圧倒された。弟に近いよくわからない言葉の弾丸を撃ちまくる男とは思えない熱。
二郎は悩んだ。それこそ知恵熱を出して寝込むほどに悩んだ。悩んでもわからないからシンプルに消去法で考えた。最初はいけ好かなかった男だけれど、兄とは違うおとなの余裕があるし、彼なりの正義もある。今の自分に慣れたのも彼が一因なのはわかっている。『嫌い』である要素がない。付き合ってみたら新たな一面が見えるかも、彼と同じ気持ちになれるかも、と高校生らしく考えがまとまり、いにしえから続く告白イベントでもあるバレンタインデーに返事をした。それがついさっきのことだ。
ふたりは並んで夜道を歩く。ビル風が冷たく、手袋を失念した二郎の皮膚を刺していく。マフラーは彼が自分のを貸してくれた。ヘビースモーカーなのがよくわかる。しっかりと煙草の匂いが染みついていた。彼のようにオシャレに巻けるわけがなく、グルグルと巻いたから首は暖かい。そこが暖かいと剥き出しの手の冷たさが増す。
「……!」
「あっ! 手ェ握っちまった!」
二郎は思わず声にした。口にするつもりはなかったのだけれど、密着したところからじんわりと熱が伝わる。突発的な二郎の行動に驚いた男は愛用の赤い革手袋に男らしい指が絡んでいるのを凝視したいた。嫌だったかも、と二郎が手を引き抜こうとしたけれどガッチリと掴まれていた。勝手に手を握ってしまったこと、その手が抜けなくなったことで目を白黒させている二郎に男は吹き出した。
「こっちの方が温かいですよ」
二郎の手を解放した男の手が冷気に晒される。そして、脱いだ革手袋は空いている二郎の手に嵌められ、晒された手同士が絡み合った。自分がやったものは小中学生レベルだ。冷たい指と指の間に温かな指が嵌まる。それだけで二郎は急激な体温上昇を感じた。
(やばい! 俺も恋愛脳かも!)