家族ですから。「えっ! 山田さんのところって旦那さんも家事育児に参加してるんですか?」
一郎の言葉に最近できたオメガのパパ友は公園近くのカフェのテラス席で驚いていた。どうやら彼のパートナーはそうではないらしい。そういうアルファもいるのかと一郎は不思議に思った。アルファは甲斐甲斐しくオメガの世話をする。弱い立場の者を守るのがアルファの義務であり、宿命でもある。ベータの夫よりも育児に参加しているものだと思っていた。
「うちも忙しいから毎日じゃないっすよ?」
苦笑いを浮かべて一郎は念を押す。そうでもしないとよその家庭を壊しかねない。オメガは立場が弱いからアルファの庇護なしではなかなか生きられない。そういうオメガは目をつぶって石を投げても当たるくらいにこの街にはいる。一郎はどちらかというとイレギュラーな存在だ。アルファがいなくても生きていける。
一郎は成長期にヒプノシスマイクを多用していたためにオメガとしての覚醒が遅かった。闘争心がオメガとしての体質を押さえ込んでいたらしい。紆余曲折を経てアルファである左馬刻と番になり、政府に従ってここへと引っ越してきた。
男のオメガが妊娠、出産を経て子育てをすることは珍しい。出産に適した肉体と臓器ではなく、肉体的にも精神的にも耐性が弱い。約半分が避妊に徹しているという話だ。なかなか妊娠できにくいオメガでも場合によっては一度の性交だけで妊娠してしまうのだ。一郎も左馬刻と番になったときに話し合った。未知の領域のことだからふたりで男性のオメガを訪ねたり、専門の産婦人科も訪ねたりもした。その結果、双子の男の子を出産した。やんちゃな三歳に成長した。
「一郎」
パパ友の彼が口を開こうとした矢先に名前を呼ばれた。左馬刻の顔を見ても大して驚いていない。ラップバトルなどとは無縁の生活をして、パートナーに連れられてここに来たのかもしれない。一郎に対しても子どもたちの親としてしか接してなかった。それはそれでありがたい話だ。あれは知らない方がいい。
「あ、左馬刻」
「チビたちが腹減ったっつってうるせーから先に帰るわ」
「わかった」
双子用バギーの中では喧嘩が勃発している。時間的に空腹もだけど遊び疲れて眠たいのもある。左馬刻はパパ友に会釈してバギーを押していった。
正直なところ左馬刻の登場で子育てトークは終わった。パパ友は幼稚園の送迎バスのことを思い出したのだ。これからが戦争だと彼は苦笑した。なにしろ三つ子だ。旦那は左馬刻の爪の垢を煎じて飲んだ方がいい。これから戦争になる一郎は強く思った。