ワンライ:寝言 ワンライ 寝言/花束
体をガチガチに固めていた武装を解除した。
指輪を外し、ジャケットを脱ぐと、比喩ではなく体の力が抜ける。震え始めた指先で胸ポケットの薔薇を抜き取れば、ひらりと黄色い花びらが床へと落ちた。一日中俺っちのダメージを胸元で肩代わりしていたそれは、女の子に押し潰されたり揉みくちゃにされて、今日は特に痛手を負ったらしい。
きっと、ジャケットで押さえつけた俺っちの心も、この黄色い花弁のようにひしゃげているのだろう。
まるで自分を可視化したかのようだと思った。
「お疲れさま」
戦友の生花を、水のたっぷり入った花瓶に生ける。萎れていた薔薇は活気を取り戻したように見えた。
それを見て、俺っちも満たされたいと思ってしまった。
「失礼しま〜す」
細心の注意を払って、同居人の部屋への扉を開ける。
暗がりに浮かび上がった肩は規則正しく上下していた。不眠症の彼にしては珍しく、眠りについているらしい。俺っちの当ては外れてしまったようだ。
ベッドの横に座り込み、硬いマットレスに両腕を乗せた。夜が明けて日が昇れば、大好きな瞳が開いて俺っちをその瞳に映し出すかもしれない。
圧迫感のある暗がりで長いことぼんやりしていたら、慣れた闇に目が見慣れたフォルムを捉え始めた。
薄い体。ふわふわの髪の毛。眉間に寄った皺。カサついた唇。────独歩だ。
そう思ったら、もう駄目だった。
「……俺っち、女の子に抱きつかれちった。ジャケット脱がされそうになって、背筋がヒヤッとして……こ、怖かった」
絞り出すようにして言葉を吐き出す。神への懺悔のように、聞き手が反応をくれなくても構わない。ただただ、聞いて欲しかっただけ────。
「ひふみ」
やけにはっきりとした声が聞こえて、俺っちは息を詰めた。恐る恐る独歩の顔を覗き込む。
良かった。瞼は閉じられたままだ。寝ぼけているらしい。
むにゃむにゃと動いた口が不明瞭に言葉を紡ぎ出す。
「常に……生花を胸ポケット…………仔猫さんに抱きつかれ……阻止でき……じゃないか? ……だから、これ、やる……」
ほっそりとした指が拳を握り、シーツを掻いた。夢の中の独歩は、新米ホストの俺っちにそうしたように、薔薇を一輪手渡しているのだろう。
「……ありがと」
俺っちは見えない薔薇を受け取った。