ワンライ お題:スパダリの条件『スパダリとは、スーパーダーリンの略です。女性の理想を詰め込んだ、何でもできる完璧な男性のことを指します』
ネット上で調べた単語の意味は予想通りのものだった。文脈でなんとなく理解することはできたが、文字となって画面に表示されると現実を突き付けられたように錯覚する。
「……アイツは女性にとって理想の男だもんなぁ。周囲が放っておくはずがない」
俺が中年のサラリーマンに似つかわしくない言葉を知ったのは、歌舞伎町のネオンきらめく街頭だった。
「一二三ってさ〜」
耳慣れた名前が聞こえて、俺は思わず耳をそばだてる。アイツは良くも悪くも目立つ奴だから、好意も悪意も人より多く向けられやすい。ひ弱な俺の武力は皆無だが、営業職で鍛えた記憶力を駆使し、危害を加えるような輩を遠ざけるくらいはできるだろう。
「一二三って、まさにスパダリだよねー! 顔良し、スタイル良し、稼ぎ良し! おまけにすっごく優しいし、料理もできちゃう! 完璧超人って感じ!」
「分かる〜! 私、一二三を知ってスパダリって本当に存在するんだ!? ってびっくりしちゃったもん!」
内容は一二三を褒め称える物だった。キラキラした服装は仔猫さんっぽいし、これ以上警戒はしなくて良さそうだ。
「一二三への告白、成功するといいなぁ。スパダリが彼氏って最高じゃん?」
「脈アリだと思うよー! 一二三、アンタのこと意識してるの丸わかりだし」
「でしょー? 私もそう思う」
「美男美女でお似合いじゃん」
俺は詰めていた息を吐こうとして、思い切り失敗した。突然むせ込んだ俺を、周囲の人々は奇異な目を向けながら避けていく。
呼吸が落ち着く頃、華奢なシルエットはいなくなっていた。
「はぁ……」
一二三はすごい奴だ。血の滲むような努力をして、新宿ナンバーワンホストとなった。たくさんの人間が一二三を求めて、一二三に愛されたいと願う。
「女性恐怖症だったから、家族離散で孤独だったから、たまたま俺なんかと付き合ってくれただけで……」
現在は、美男美女、お金持ちから権力者まで、よりどりみどりな状態だろう。女性恐怖症が薄らいだ今、俺と付き合っている利点も、一二三が心変わりした際に引き止めるだけの材料も、俺には何一つない。
たどり着いたfragranceの裏口に佇む。ここから出てきた一二三に、新しい彼女ができたと振られてしまったらどうしよう。
ぼんやりとガラケーの画面を覗いていたら、背中に慣れた重さがのし掛かった。
「スパダリ、かい? 珍しいものを調べているね」
どうやら俺は後ろから抱き込まれたようだ。スーツを着た一二三が素に近い行動を取るのは珍しい。
「仔猫さんがお前をスパダリだって言ってたんだ。それで……」
察した声は落ち込んでいると丸わかりな物で、俺は二の句が継げなかった。良いところがないばかりか、些細なことですぐに心が揺らいでしまう。こんなのが恋人だったら、面倒臭いことこの上ないだろう。仔猫さんの告白が成功していなかったとしても、呆れられてしまうのではないだろうか。
「独歩君、スパダリはスーパーダーリンという言葉の略語だろう?」
突然一二三から話を振られて、マイナス思考のループが止まった。意図も分からず頷くと、後ろから手が伸びてきて、俺のガラケーを操作する。手が止まった先で表示されたのは、辞書の検索結果だった。
「ダーリン。夫婦や恋人どうしの間で相手に呼びかける時などに用いる用語。……僕に対してダーリンと呼びかけることができるのは生涯独歩君だけだ。僕は君のためだけのスーパーダーリンでありたいと思っているよ」
心臓がうるさいくらいに早鐘を打つのが分かった。一から十まで説明しなくても、俺の考えていることは全てお見通しらしい。
「まぁ、閉店後に来た厄介な仔猫ちゃんに辟易して君に甘えている僕は、現状スパダリに程遠いのだけれど」