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    旧端谷

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    旧端谷

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    昴+神 /2018.06.24/
    現代パラレル(弁護士と事務所スタッフ)

    そのうち昴神になるふたり を書きたかったものの、途中でくじけた習作です。

    未完短文 ペン皿に万年筆を置いた昴流は、ふと、こぶりの紫陽花が紙の山中にひそやか咲いていることに気づいた。
     一度でも心に留めてしてしまえば、慎み深く佇む一朶を、無情に無視することはどうにも難しくおもえる。
     タスクのうえではいましがたサインを入れた書類で今日の仕事はすっかり区切りがついている。昴流はデスクに点々と積みあがった雑事をいっとき脇に寄せ、飴色のデスクに咲いた花を眺めることにした。
     やわらかな生成りにほのかな虹色──しとやかな二色をまとう紫陽花が、みずみずしい朝露で輝いている。目を楽しませるものめずらしい季節の便り。そぼろ餡と琥珀糖で模られた繊細な夏の訪れは、皇室ご用達の老舗和菓子店が出している季節菓子だ。懐紙かわりにしかれたアジサイの葉が、本日の八つ時の主役を風雅にひきたてる。
     新緑のみどりが映える仲夏、アジサイの旬とも言える梅雨は未だ小さな島国へ来訪していない。ほんのわずかな四季の先取りが、忙しなく充実した日々の片隅でいつの間にやら過ぎ去るばかりだった情緒のかけらを、不意に強く感じさせた。
     ひとしれずの感慨深さに胸を温めていると、視界の隅にそっとカップがそえられる。和菓子の甘味とマッチングするダージリンの香りがやわらかくたゆたう。ふくよかな印象が鼻腔をふわりとおりすぎた。
     夢から醒めたような顔つきで昴流は顔をあげた。かたわら、給仕に勤しんでいた青年が、ネコ目をゆるりとまたたき、ふたりの視線がかちあう。
     青年・神威が薄い唇の口角をほのか笑みに近づける。
     まぼろしめいた一瞬の表情を見た昴流は、優秀な事務員の働きに感心した。青年は雇用主の集中力が途切れるタイミングをただしく計ったのだろう。周囲を蚊帳の外に置くきらいがある弁護士・昴流の〝仕事ぶり〟をよくよく理解している間柄でなければ、ほんの一呼吸の間で常套句──疲れた際には甘いものがいいといったような──に倣ったサービスをふるまうなど、空振りをみるにちがいなかった。
     やさしい香りにさそわれてカップに口をつける。かわいた唇を紅茶で癒しながら、腕時計をのぞきこめば、ランチタイムは一時間ほどまえにラストオーダーを迎えていた。
     なにごとをなすにも、必要最低限のエネルギーは不可欠だ。が、コーヒーとクラッカー一枚の朝食では存外と限界がはやくくるものだ──などとぼうっと思考をまわし空腹の具合をさぐっていた昴流は、はたとみずからを省みた。
     仕事柄、他者の信用を得るために必要な堅苦しさは神威とふたりきりであればこだわる意味もさほどないとはいえ、ぼんやりとしたなさけない姿を好きこのんでみせたいわけでもない。年上としてのささやかな矜持を保ちたいのはもちろん、多様な好意を向けている相手には、長所をみていてほしいといった男心がある。
     自覚した失敗を振り払うよう、気持ちまるまっていた背筋をのばした昴流は、ただしく椅子に座りなおした。
     ふだんからだらしなさとはほど遠く、生真面目な態度を崩さない昴流へ、ちらり流し目をよこした神威は、一見のところ不愛想にも見える表情に朴訥した口ぶりで、「気が抜けたついでの休息」をすすめる。皮肉じみた冷ややかな言葉選びは他者に誤解をあたえる響きがあるも、デスクに積みあがった書類を捌きはじめている神威の、一風変わった相手への気遣いを素直にうけとった昴流は、かすかなほほえみとともに礼をかえした。
     神威のやさしさは他者に伝わり難い。こまやかな気遣いや純朴なやさしさ、加えて自身のポジティブな感情表現が不得手な青年の──彼自身にも問題はたぶんにあるといえるが──不器用でつたない態度を公平な形でうけとれる者は稀だった。昴流は、神威のそうした性質に対して、不器用な生き方はお互い様だとおもっている。許容でもなく従順でもなく、自身との単純な共通点に仲間意識にも似た同情を寄せている。
     ふたりの付き合いは、長い年月のうえに成り立っているとは言い難い。けれど、互いの人柄を理解するには事足りる時間を重ねてきた。相手のふるまいなど関係を変化させていくなかでは魅力のうちにすぎないものだ、それがいっとき短所と呼ばれるものであろうと──過去のひところ、神威が何気なくつぶやいたやさしさは、以来、昴流の胸裏をあかるく灯し、ときおりの不安を慰撫した。いまでは、互いの不慣れな愛情表現に愛着をおぼえてすらいる。
     どちらへの言い訳なのか、建前を用意してみせた相手のお膳立てにしたがった昴流は、肩の力を抜いた。
     黒文字を手にとり、餡に楊枝の先を沈める。艶やかな葉に琥珀糖のしずくが一つ散った。
     電灯をすかす影をみおろした昴流の脳裏で、事務所の玄関で出迎え役をになうアジサイがおもいだされた。
     所用で外出していた神威が、外出先で出会った幼馴染にもらったのだと、新聞紙にくるまれた枝を事務所へ持ち帰ったのがきのうのことだった。自宅から持参した硝子の花器に活けられ、来客の目を楽しませる受付嬢として事務所の一員に迎えられたのが今朝方である。
     懐紙に使われている葉は、青紫の装いがうつくしい〝かのじょ〟のものだろうか。
     古今東西、うつくしいものには秘密がある。
     アジサイのうつくしい青は、シアン化水素が作り出す色彩だ。園芸種のアジサイはたいはんに有毒性がみとめられ、国内外とわず、摂取による中毒事例がある。シアン化水素は猛毒だ、アジサイの花弁は紫が濃いほど土壌の酸性の含有量が多くなるが、毒性物質は明らかにされていない。現段階では花弁の紫が濃いほどシアン化水素の含有量が多いなどといった複数点にとどまるばかりだ。
     漢方薬に使用されるヤマアジサイは食せるため、そうした風俗が残る地域もあるときくものの、園芸種のアジサイはシアン化水素を含むので未加工で食べることはまずしない。
     アジサイ属の種は葉のみの区別が難しい。わずかな情報で有毒性を判じられるほど、昴流も勤勉家ではなかった。
     思案のひと瞬き。
     昴流は切り分けた『紫陽花』を舌にのせた。味覚を楽しみ、食感を味わう。甘い余韻にほっと吐息が漏れる。
     これが体内に〝毒〟を取り入れる甘美であるならば、ひどく贅沢な一瞬だ。
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