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    hocoricha

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    hocoricha

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    幽霊になった男と生涯を過ごす男の話。

    #2俺が彼と初めて話をしたのは、小学生の夏休みだった。
    俺の名前はソウジュ、幽霊になった友人、もとい俺の恋人の名前はサラ。
    「サラ、なんて女の子みたいじゃない?」
    初めて名前を聞いた時、サラは尖った口でそんなようなことを言っていた。



    「俺と合わせたら『娑羅双樹』じゃないか!」
    「なにそれ」
    「音読の宿題してないの?」
    「してない」
    サラと俺は同じ小学校に通っていて、同じ学年。クラスは違うから話をするのは今日が初めてだ。もしかしたら平家物語の音読は俺のクラスだけしかやっていないのかもしれない。
    夏休みに入ってからずっと、俺はだだっ広い公園で毎日遊具や砂場で目一杯遊んでいた。毎日一人で。緑も豊かでいい場所なのだが、いかんせんちょっとばかり僻地にあるからかほとんど人が来ない。
    でも、サラも毎日公園に居た。やっぱり彼も一人。いつもブランコにただ座って、ぼーっとしていた。その時の俺はシーソーがやりたいけれど一人ではできないから、と声を掛けた。
    「サラ、俺とシーソーやらない?」
    「やらない」
    彼は冷たい声色で、オレに一瞥もくれず断る。
    「じゃあどうしたらいいかなぁ」
    オレも彼の視線の先を、彼に倣って見つめてみる。白っぽい土があるだけで蟻1匹も見つからない。見上げてみると大きな入道雲が遠くにあって、蝉の鳴き声がやけに大きく聞こえた。
    本当はエアコンが効いている涼しい自室で宿題をして、飽きたら漫画でも読んで、ちょっと眠くなったらお昼寝したい、そんな気分なのだ。実は外で遊ぶのはあんまり得意じゃない。
    下も上も見つめたので、今度は横を見つめてみる。直射日光が当たっているというのに彼はあんまり汗をかいていないようだった。彼は俺の視線を特に気にしていない様子で、やはりずっと地面を見つめていた。
    「ねえ、やっぱりシーソーしない?」
    「なんで」
    「……シーソーじゃなくても、俺のおうちでもいいけど」
    「はあ?」
    彼の視線が土から俺へ。彼の目は自分よりも色が薄くて、まつ毛は長くて、髪はとても短い。なんだかお腹の辺りがそわそわする感覚がして、逃げ出したい気分になった。空を改めて見てみると、さっきよりも入道雲が大きく見える気がする。彼の視線はずっとオレへと向いている。背中から汗がどっと出る。
    別に俺はシーソーが好きなわけではない。シーソーのある場所は木陰になっていて、直射日光の当たるブランコは灼熱のように暑いのだ。ブランコの座板はプラスチックでできているからなんとか座ることができるけど、吊るすための部分が鎖でできているから触ったら熱さで火傷してしまうだろう。こんなの漕げたもんじゃない。
    「キミの家には何があるの」
    セミだけがうるさかった沈黙を破ったのは彼だった。
    「植物の図鑑とか、いろんな色がある色鉛筆とか、魔法使いみたいな木の棒とかかなぁ。他にもいろいろ、全部見せてあげるよ」
    「そう」
    彼との間に再び沈黙が訪れる。
    ……オレのアプローチはダメだったかもしれない。
    足だけを動かして、少しだけブランコを揺らしてみる。キィキィと金属が擦れる音する。汗が顎から滴り、地面に落ちる瞬間を見届ける。一瞬だけ染みができたけど、すぐに蒸発した。
    「それは、いいね」
    「え」
    視線を横に。彼は柔らかい笑顔をこちらに向けていた。
    「見せてよ、キミのもの全部」



    俺たちの日々はここから始まった。幼い俺の、拙いアプローチを彼が受け入れたあの日から。
    「そんなことあったんだねぇ」
    「思えばあの頃から俺はお前のことが好きだったのかもしれない」
    「なにそれ本当? いや、嘘でもいい。僕が嬉しいから」
    ずい、と彼の顔が自分の顔と触れられる距離まで近づく。実際は彼は幽霊なので触れないけれども。彼の表情があまりにも真に迫っていて、気圧される。
    「……嘘かも。あー、気には掛けていたけど、うん、恋ではないな」
    「じゃあ一目ぼれしてたけど気づかなかったってことだね!」
    「違う。ああ、余計なことを言うんじゃなかった」
    後悔で頭を抱える。そんな俺の言動が癇に障ったらしく、やだやだ好きって言ってよと喚かれる。なので、はいはい好きだよ愛してると返す。嘘でもいいとか言っていたクセに、適当に言わないでとまた騒がれる。無視して早歩きで家へ向かう。夏真っ盛りでただでさえ暑いのに、更に暑さを感じて頭が沸騰しそうだ。
    「嘘つき! ソウちゃんのばか!」
    嘘というか、サラのことが好きすぎるあまりに思い出補正が加わったというか、錯覚に陥ったというか。というか、いつお前に恋心抱いたかなんてどうだっていいだろうとブツブツと言い訳のようなことを呟いてみるが、彼は怒りのポーズを見せたままだ。全部聞こえてるくせに聞こえないふりをしている。
    「もう勘弁してくれ」
    根をあげて許しを請うと、彼はいつも通りの笑顔に戻った。
    「じゃあ久しぶりにえっちしよ!」
    「できるか! もう70歳の老体だぞ!」
    「え~、じゃあおうちついたらいっぱい愛してるって言ってくれる?」
    宙に浮いている彼は俺の腹の下から通り抜けて、上目遣いで俺を見つめる。
    「わかったわかった」
    彼はやったーと嬉しそうな声を出して俺の周りをくるっと一周した。

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