衣川での話衣川の戦いは源氏・清原氏の圧勝で幕を閉じた。
衣川は血に染まり、安倍の兵の屍が転がっていた。
意識のある奴は飛び出た内臓を抑え呻き声をあげる。
更に戦慣れしていない清原の兵は戦場の惨劇と血の匂いにあてられ、嘔吐している地獄絵図であった。
その中、源頼義は冷たい目で正面を見つめ、兵に指示を出していた。
「意識が残っている奴は介錯してやれ、己の刀は使うな。そいつの近くに落ちてる刀を使え」
散らばった源氏の兵が念仏を唱えながら敵兵の心臓を1突きする。
源氏の流儀であり、せめての情でもあった。
「義綱、転がってる刀を使え。」
「あ?」
「血の脂で刀は錆びる。」
頼義の嫡男八幡太郎義家は敵の心臓を突き刺しながら傍で同じように介錯を行っていた弟の加茂二郎義綱に声をかけた。
義綱の手には父から受け継いだ名刀が握られており、雑兵に使うような品ではなかった。
義綱は意識を失った兵から刀を抜き取ると己の袖で血で染った白刃を拭った。
「んなの知ってる上で、自分の使ってんだよ馬鹿にすんな」
弟とは思えない態度に義家は苦笑した。
昔からこうである、何かと自分を敵視し素直な態度をとった覚えがない。
見かねた父が注意しても改めることは無かった。
「何故?」
「…今自分が持ってるブツ見ろ、だいぶ錆びてるだろ。介錯ってのはこれ以上苦しませないためにするもんだ、まぁ…なんつーの…俺なりの源氏の流儀」
確かに、今己が握っている刀も傍に落ちている刀も全て戦の惨状を物語っている。
刃というのは欠けているほど切れ味が悪く、苦しみが大きい。
それでも、自身の刀の命を削ってまでの意義を雑兵への介錯は持ち合わせていなかった。
義家は魂のない体に手を合わせる義綱の後ろ姿を軽蔑するように眺めた。
「黄海での戦は、我らがこちら側だった。
傘下の武士の遺体五百が転がった。経範も景季も死んだ」
「だから情を持つなって?棟梁様はもっと懐が広くないと、いざってとき痛い目にあうぜ。それとも、俺が代わってやろっか」
義綱は立ち上がって義家に近づくと血で濡れた指を義家の胸の絵葦に滑らせた
「……」
「そんときゃ苦しまないよう1発で仕留めてやんよ」
ギャハハと義綱は笑い長い三つ編みを翻した。
どう考えても、反逆宣言だ。この性分だから、傘下にも慕われ、将来自分の壁になるだろう。
今、後ろから刺し殺せば後の得だろうか。
不意を突かれて死にかけていた敵兵にやられたとか、言い訳なんていくらでもできる、いや
「…義綱、楽しみにしてる」
「うわ気持ち悪っ」
こいつなりの源氏の流儀がどこまで通るか見てみようじゃないか。